消せない生活用品
組立式惣菜室の図面は、売場の床一枠を黒く塗っていた。
「ここを空けろ、ってこと?」
リリアが黒い四角へ指を置く。
場所は生活用品の棚だった。石けん、布巾、火口布、革紐。毎日大量に売れる商品ではない。だが、必要な客は、それだけを買いに来る。
「石けんを倉庫へ移せば入る」とロアン。
「倉庫の商品は客が選べません」と宗久。
「言われたら持ってくる」
「店員が聞き取れない時は?」
布巾には薄手と厚手がある。革紐にも長さがある。棚から消してしまえば、客は存在すら分からない。
雨宮が図面の寸法を測った。
「惣菜室そのものより、扉の前に作業する場所が必要です」
「じゃあ二枠?」とリリア。
「売場としては一枠。前を塞がないため、隣の棚も動かします」
宗久は開店後、生活用品の棚の前に立った。
昼までに石けんが三個、薄手の布巾が二枚売れた。火口布は一枚。革紐は売れない。
数字だけ見れば、革紐を外せばいい。
午後、旅装の女が革紐を手に取った。切れた鞄の留め具を、その場で結び直す。
「これがなければ?」と宗久が聞いた。
「市場の端まで戻る。野菜は置いていくしかないね」
籠には葉菜と白乳が入っていた。
一品が売れるだけでも、その一品がほかの買い物を持ち帰らせる。
その後、宗久は生活用品を二時間だけ仮の箱へ移した。
棚の跡へ『こちら』と矢印を出したが、石けんを探す客の半分は矢印の前で止まった。文字が読めない老人は、空の棚を見て帰ろうとした。
「何を探していますか」とポルカが声をかける。
老人は手を洗う仕草をした。
ポルカが箱まで案内すると、老人は石けんだけでなく、隣に積んだ布巾も手に取った。
「案内すれば売れた」とロアン。
「ポルカさんがほかの客を見ている時は売れません」と宗久。
商品を置いてあるだけでは足りない。客が自分で見つけ、比べ、選べることまでが売場だった。
仮の箱は二時間でやめた。戻した棚の前で、老人にも分かるよう石けんの絵札を大きくする。
「外さない」と宗久。
「でも場所がないよ」とリリア。
「棚ではなく、棚の使い方を変えます」
生活用品は背が低い。上には空間が残っている。今の棚は一段ごとの間が広く、布巾の上に拳二つ分の何もない場所があった。
ガルドを呼び、棚板を一枚増やせるか確かめる。
「壁につけなければ倒れる」とガルド。
「動かせるようにもしたいです」
「倒れず、動いて、床も傷つけるな?」
「お願いします」
「本社の図面より面倒だぞ」
ガルドは笑わなかった。しゃがんで棚脚を確かめ、木炭で床へ線を引く。
「下を箱にする。重い石けんを入れれば重しになる。上は浅く作る」
「移動する時は?」
「箱を抜いて、四人で持つ」
車輪は使わない。石床の継ぎ目へはまり、傾くからだ。
「五段にしたら、上は誰が取るの?」とシャルナ。
最上段へ布巾を置いて試す。リリアは届いたが、ポルカは背伸びをした。子どもでは取れない。
「上段は見本だけ。買う分は下へ置きます」と雨宮。
「見本を取って会計へ持ってきたら?」
「取れない高さにします」
上段へ布巾を一枚ずつ広げ、薄手と厚手の違いを見せる。在庫は腰の高さに畳んで置く。石けんは下箱へ入れたが、蓋をせず、匂いと色が分かるようにした。
同じ商品を狭く押し込むのではない。見せる場所と取る場所を分ける。
閉店後、商品を全部出した。
石けんの匂い、乾いた布、油を含んだ火口布。野菜やパンとは違う一角が、床の上に並ぶ。
棚を短くした分、品数を書いた札を作り直す。リリアが石けんを四角く描きすぎ、トトが「石」と答えた。角を丸くし、泡を三つ足す。
「これなら?」
「泡の出る石」
「石けん!」
笑い声の横で、雨宮は通路幅を測り続けていた。
「スーパーっぽくなくなるかと思った」とリリア。
「惣菜が増えても、食べ物だけの店にはしません」
宗久は空になった棚を見た。
新しい物を入れるたび、今ある物を捨てていては、品ぞろえは広がらない。
翌朝、ガルドが短い棚板を四枚運んできた。
「一日でできたの?」
「枠だけだ。問題はこっちだ」
惣菜室の図面を裏返す。
床へ水を流す穴が、店の中央に描かれていた。
「ここに穴を開けたら、地下水路へ落ちる」
商品を減らさずに場所は作れる。
だが惣菜室は、置くだけの箱ではなかった。




