最初の惣菜
「昨日から欲しいと言っていた!」
六人目の男が、列の前へ出た。
「予約は受けていません」と雨宮。
「なら、昨日の木片は何だった」
「作る数を決める参考です」
「七人欲しいと分かったのに、五個しかないじゃないか」
男の言うことにも理由があった。
木片を置かせた時、予約ではないと全員へ説明していなかった。店には数を知る道具でも、客には順番を取る印に見えた。
「説明が足りませんでした」と宗久。
「じゃあ、売れ」
「前の方を飛ばしては売れません」
宗久は木片を置いた者が何人いるか確認した。列の中に四人。そのうち二人は五番目より後ろだった。
「木片を置いた方だけで抽選する?」とシャルナ。
「今日初めて知った客が買えなくなる」とベラ。
どの方法も、今から変えれば誰かが不利になる。
「今日は並んだ順です」
宗久が頭を下げた。
「次回から、希望を聞く木片は使いません。販売時刻と数だけを前日に出します」
「次はいつだ」
「今日の結果を確認してから決めます」
「また待たせるのか」
「約束できない日を言うよりは」
男は列を離れなかった。買えないと分かっていても、温かい卵パンを見ていた。
最初の客へ渡す。
薄いパンから湯気が上がる。客はその場で一口かじり、目を見開いた。
「卵が甘い」
フェナが胸を張る。
「風尾鳥の白だよ」
二人目は子どものために買い、紙包みごと布へくるんだ。三人目は仕事仲間と半分に分けた。四人目は、店を出る前に食べ切った。
五人目の女性は、受け取ってから困った顔をした。
「家まで遠い。冷めるね」
「冷めても食べられます。ただし今日中に」
「温かいから買ったんだけど」
温かい惣菜を売るだけでは、家まで温かいままとは限らない。
ポルカが布巾を貸そうとしたが、雨宮が止めた。
「商品を包む備品にはできません」
女性は自分の外套へ包み、持ち帰った。
五個はすべて売れた。
列の後ろにいた七人は、何も買わずには帰らなかった。三人が卵とパンを別々に買い、一人は白乳を選んだ。六人目だった男は、冷蔵棚の前で長く迷い、最後に魚缶を一つ取った。
「惣菜がなくても、ほかを買った」とリリア。
「欲しかった物の代わりになったとは限りません」と宗久。
会計後、男が言った。
「次は十個作れ」
「今日の倍ですか」
「俺以外にも買えなかった」
「一度で倍にはしません」
「堅いな」
以前、白乳を買った男と同じ言い方だった。
閉店後、五個分の記録を確認する。
卵一個を外した損失。パン六枚。塩。燃料。包み紙。ネネの調理時間。水と洗浄に使った時間。
材料だけなら利益はある。準備と片づけまで入れると、ほとんど残らなかった。
「売れたのに、また赤字?」とリリア。
「最初の道具代を全部入れれば赤字です」と雨宮。「次回も使える物を分ければ、少し残ります」
毎回かかる費用と、最初だけかかる費用を分ける。
「十個作れば、準備は一回」とネネ。
「でも、売れ残るかもしれません」と宗久。
次回は七個。買えなかった人数と、夕方の客数から決めた。
「八個」とネネ。
「七個です」
「卵が二つ黄身なら、一個多く作れそう」
「量をそろえられません」
「店長は細かい」
「売り物なので」
ネネは不満そうに鍋を洗ったが、口元は笑っていた。
雨宮が、宗久の前へ半分に切った卵パンを置いた。
「これは?」
「形が崩れた試作品です。販売品ではありません」
「雨宮さんは?」
「もう半分があります」
二人で立ったまま食べる。冷めていたが、黄身の甘みは残っていた。
「温かい方がうまいですね」と宗久。
「次は、片づける前に食べましょう」
店内では、リリアが惣菜の札を描き直していた。
卵、パン、湯気。その横に、仕事帰りの客を描く。
青果から始まった一号店に、初めて『すぐ食べられる物』が加わった。
ただし、正式な惣菜売場と呼ぶには、外の調理台一つでは足りない。
久瀬が本社から届いた図面を広げた。
「門を通せる大きさに分けた、組立式の惣菜室だ」
「もう作ったんですか」
「申請書を送っただろ」
「許可が下りる前です」
「本社も、お前に似て待てなくなった」
図面には、今使っている売場一つ分の広さが必要と書かれていた。
惣菜を増やすには、何かを動かさなければならない。




