狭すぎる台所
「この台所で、客へ売る料理は作れない」
組合の検査員は、入口から一歩も入らずに言った。
「まだ中を見ていません」と宗久。
「見える。狭い」
一号店の厨房は、従業員のまかないと試食を作るための場所だった。炉が二つ。水甕、作業台、食器棚。ネネが立つと、もう一人通るのがやっとだ。
「調理数を少なくします」
「数の問題だけじゃない。生の肉と、客へ渡す料理が同じ台を通る」
検査員が床を指した。
裏口から届いた肉は厨房の横を通り、冷蔵棚へ運ばれる。卵の受け取りも同じ道だ。調理を始めれば、原料、完成品、汚れた器が交差する。
「棚を動かします」とポルカ。
「動かして広くなるのか」
ポルカは黙った。
壁は動かせない。
「惣菜は諦める?」とリリア。
「この場所では作らない方法を考えます」
宗久は売場へ出た。
試食に使っている実演台は、客から見える。鉄板と小さな炉を置き、周りを縄で区切っていた。
「ここで焼けば?」とネネ。
「肉を運ぶ道と客の通路が近いです」と雨宮。
さらに、煙と匂いが青果売場へ流れる。良い匂いでも、果物へ移れば困る。
店の外には、以前行列を整理した空き地がある。屋根はないが、裏口から離れ、客の出入口とも分けられる。
「外で作るなら、露店と同じだ」とロアン。
「店の商品として売るなら、仕入れと会計は一号店が持ちます」
「雨の日は?」
「作りません」
「風の日は?」
「火を使いません」
「毎日売れない惣菜か」
最初から毎日売る必要はない。安全に作れる日だけ、決めた数を作る。
検査員を外へ案内した。
「水は?」
「厨房から運びます」
「手を洗うたびに店へ戻るのか」
それでは汚れた手で扉を触る。
ポルカが、足で栓を踏む水桶を作ると言った。上の桶から細い管で水が出て、下の桶へ流れる。手で触れない。
「排水は道へ捨てないこと」と検査員。
「蓋つきの桶へ集めます」
「湯は?」
「炉で沸かします」
「料理と同じ炉か」
「別にします」
炉が一つ増えた。
「道具を洗う場所は?」
「厨房です」
「生肉の桶と一緒か」
「分けます」
桶も増えた。
売る料理を一品作る前に、売らない道具が売場を埋めていく。
「日本なら、惣菜室があります」と久瀬。
「送れますか」
「門を通る大きさではない」
「では、今ある場所で始めます」
最初の商品候補は、白い卵を焼いてパンへ挟む料理になった。
生肉を使わない。包丁もほとんど使わない。卵は当日仕入れ、パンもその日の物。火を通したことが見た目で分かる。
「白乳も入れる?」とリリア。
「最初は入れません」
「野菜は?」
「入れません」
「しょうゆ」
「一種類増やすたび、確認が増えます」
「卵とパンだけ?」
「塩は使います」
「三つになった」
検査員は、調理の最初から最後まで見せるよう求めた。
ネネが卵を割る。殻は専用の桶へ。手を洗う。鉄板へ流し、黄身まで火を通す。パンを別の板で開き、焼いた卵を挟む。
「パンを触る手袋は?」と久瀬。
「この世界にはありません」と雨宮。
「素手でいいのか」
「手を洗い、パン用の木ばさみを使います」と検査員。
日本の方法を、そのまま持ち込むことが正解ではない。
一つ完成した。
湯気の立つ卵と、温まったパンの匂いが通りへ流れた。まだ販売していないのに、三人が足を止める。
「それ、いくら?」
「今日は検査です」
「明日は?」
「許可が出れば」
検査員は集まった客を見た。
「初回は六個。作った時刻を書き、鐘一つ分で売れなければ下げる」
「許可ですか」
「条件つきだ」
宗久は申請書に、六個と書いた。
その横でネネが、完成した一つを四つに切っていた。
「検査員、店長、副店長、私の分」
「リリアの分は?」
「検査する人じゃない」
リリアは無言で検査員を見た。
「もう一つ作れ」と検査員。
販売数は六個のまま、試食だけが一個増えた。




