鍋つかみの評判
日本へ送った布巾二十六枚は、店頭へ出る前に半分が取り置かれた。
「誰が買ったんです?」
『最初の十枚を買った客からの追加希望です』
通信機の向こうで、本社の担当者が答えた。
「布巾として?」
『鍋つかみが一番多いです』
宗久は冷蔵棚の前を見た。ネネも、エナの布を二つ折りにして鍋を持っている。
日本と異世界で、同じ使い方が選ばれていた。
「厚い方だけ欲しいという注文はありますか」
『あります。薄い方は食器用、厚い方は鍋用として分けたいと』
「用途を店が決めすぎるなと言ったのは、誰でしたっけ」
宗久が見ると、久瀬は眼鏡を直した。
「客が決めたあとなら、売場に反映していい」
「便利な言い方ですね」
追加分には、薄手と厚手を分けた札をつける。ただし『鍋専用』にはしない。熱さによっては二枚重ねること、濡れたまま熱い鍋を持たないことも書いた。
「濡れてたら、どうなる?」とリリア。
ネネが濡らした端と乾いた端を用意した。熱い鍋ではなく、湯を入れた金属椀へ触れさせる。
濡れた方は、すぐに熱が指へ伝わった。
「冷たい水なのに」とトト。
「水が熱を運ぶんです」と雨宮。
「日本の客も知らないかもしれない」とエナ。
「知っている人でも、商品には書きます」
一号店の生活用品売場にも、同じ注意札を出した。
すると、布巾を買いに来た客が、金属鍋の前で止まった。
「この布なら、取っ手が熱くても持てる?」
「乾いた状態で、二つ折りにしてください」
「鍋と一緒に売ればいい」
客は小さな鍋と厚い布巾を重ねた。
「組にして安くする?」とリリア。
「安くはしません」と宗久。
必要な二つを近くへ置く。買うかどうかは客が決める。
生活用品売場の配置を変えた。
金属鍋の隣に厚手の布巾。洗い桶の近くに薄手の布巾。日本のスポンジは石けんの隣へ移す。
ただ並べ替えただけなのに、売場の意味が変わった。
鍋職人は、その並べ方を気に入らなかった。
「布がないと持てない鍋みたいじゃないか」
「実際、取っ手は熱くなります」とネネ。
「先に言うな」
職人は、取っ手へ細い木を巻いた鍋を持ってきた。少し高いが、布がなくても持ちやすい。
若い夫婦は金属だけの鍋と布巾を選んだ。一人暮らしの男は、木巻きの鍋だけを選ぶ。
「濡れた布を使いそうだから、こっちだ」
同じ売場から違う答えが出た。
「次は俺の名も札へ書け」と職人。
「鍋の商品札へ書きます」
布巾と鍋を無理に一つの商品にせず、選び方だけを一緒に見せた。
「スーパーらしくなったな」と久瀬。
「最初からスーパーです」
「青果売場に屋根をつけた店に見えた時期もあった」
「否定できません」
宗久も笑った。
午後、日本側から試験販売の写真が届いた。
白い棚に、エナの布巾が畳まれている。隣には日本の鉄鍋。商品札には、工房の名と三色の糸の意味が書かれていた。
エナは長い間、写真を見た。
写真の隅には、客の手だけが写っていた。布を持ち上げ、厚さを確かめている。
「顔はないのか」
「撮影の許可を取っていません」と久瀬。
「手だけでも、使う人がいるのは分かる」
エナは工房印の部分を指でなぞった。
「向こうの客は、破れたら直しに来るか」
「来られません」
「なら、直し方も送れ」
妹がほつれた端の縫い方を実演し、リリアが針の動きを絵にした。
「次を買ってもらえなくなりますよ」と久瀬。
「直して使ったあとに、また欲しいと思われる布を作る」
宗久は何も足さなかった。その言葉だけで十分だった。
「俺の布が、向こうの店にある」
「売れています」
「分かってる。見れば分かる」
声はいつもと同じだったが、写真を持つ指だけが動かなかった。
妹と三軒の糸屋にも見せるため、同じ絵を五枚写す。リリアが端に、それぞれの似顔絵を描いた。
「商品札には一つの工房名でも、作った人には全員見せます」と雨宮。
「五枚も通信で送るのか」と久瀬。
「取締役の経費でお願いします」
「会社の経費だ」
「同じです」
久瀬は違うと言いかけ、諦めた。
その日の閉店後、売場を数える。
白乳、肉、魚が冷蔵棚にある。
青果、果物、パン、乾麺、魚缶、しょうゆ、植物油、獣脂。
鍋、石けん、布巾、スポンジ。
まだ品数は少ない。それでも、食卓から洗い物まで、一度の買い物でつながり始めていた。
「次に足りない物は?」とリリア。
「店長に聞くと増えますよ」と雨宮。
「もう聞かれました」
宗久は答える前に、入口を見た。
白い服を着た女性が、大きな籠を抱えて立っている。中には、殻の色が違う卵が何十個も並んでいた。
「冷たい棚がある店は、ここ?」
布巾の次にやって来たのは、割れやすく、温度の違う商品だった。




