日本行きの布巾
三十枚目が織り上がった朝、店の布巾棚が空になった。
「昨日まで五枚あった」とベラ。
会計記録では、売れたのは二枚だけだった。
「残り三枚は?」
店内を探す。
一枚は厨房。ネネが熱い鍋を持つために使っていた。一枚は鮮魚台。デレスが水を拭いた。最後の一枚は、冷蔵棚の扉へ掛かっている。
「全部、店で使っています」と雨宮。
「商品を勝手に使ったのか」と久瀬。
「あとで払うつもりだった」とデレス。
「店員が使う分も、在庫から分けていませんでした」と宗久。
売る布巾と、仕事で使う布巾。見た目が同じでも、目的は違う。
三枚を販売在庫から外し、店の備品として買い取る。棚は空のままだった。
シャルナは三枚分を、売上ではなく店内使用の欄へ移した。
「同じ棚からなくなったのに、売上じゃない?」とトト。
「お客さんから代金をもらっていません」
在庫だけを見れば、三枚は売れたように見える。雨宮は厨房、鮮魚、冷蔵棚と書いた札を縫いつけ、閉店後に戻す籠も分けた。
「布巾にも働く場所ができた」とリリア。
「勝手に移動させないでください」
翌朝には鮮魚用が厨房にあり、最初の一日から記録が一行増えた。
「日本へ三十枚送るのに、この町では一枚も買えない」とベラ。
エナの工房には、完成した三十枚が積まれている。契約どおりなら、そのまま帰り便へ載せる品だ。
入口から、食堂の主人が入ってきた。
「布巾を四枚くれ」
「今日はありません」
「工房に山ほどあったぞ」
「日本へ送る注文分です」
「町の店が、町の布を売らないのか」
主人は鍋を拭く布が破れたという。明日の営業に必要だった。
「エナさんから直接買えませんか」
「店に出したから、残ってないと言われた」
三十枚を無理なく作ったつもりで、町向けの余裕まで使っていた。
宗久は出荷を止めた。
「契約違反だぞ」と久瀬。
「四枚だけ、町へ残します」
「日本は三十枚で注文している」
「足りない四枚は、できてから送ります」
「帰り便を二回使えば、輸送費が増える」
「次の定期便へ載せます。四枚だけで門は開きません」
食堂の主人には二枚を売った。残り二枚は店頭へ置く。
午後、女性が残り二枚を手に取った。
「二枚ともですか」とベラ。
「欲しいけど、一枚は戻す。食堂が困ったって聞いたから」
購入制限を出す前から、町では不足が伝わっていた。女性が戻した一枚は、その日のうちに別の客が買った。値段はいつもと同じ。品薄を理由に上げなかった。
「日本へ送らなければ、こんなことにならなかった」とロアン。
「でも、送らなければ糸屋に新しい仕事も来ません」と宗久。
続けるなら、町と日本の両方へ出せる作り方が必要だった。
「四枚欲しい」と主人。
「ほかにも必要な人がいます」
「先に来たのは俺だ」
「一度に買えるのは二枚までにします」
日本向けを優先した結果、今度は町で購入制限が必要になった。
「百枚を断ったのに、まだ作りすぎた」と雨宮。
「見ていたのが工房だけでした」
糸屋の仕事。エナの作業時間。それだけでなく、町で普段使われる数も仕入れ可能量の一部だった。
エナを呼ぶと、機嫌が悪かった。
「三十枚なら作れると言った」
「町の分がなくなりました」
「注文が入れば作る」
「食堂は明日使います」
「なら店の二枚を売れ」
「それで次の客が買えません」
エナは空の棚を見た。
「日本へ売ると、そんなに欲しくなるのか」
「日本へ売れたから欲しいのではなく、最初から使われていたんです。店が把握していませんでした」
今後は、日本向けを作る前に町向けの通常注文を確認する。店頭分、食堂などの業務用、輸出分を最初から分ける。
「作る前に売り先が三つか」とエナ。
「増やしすぎましたか」
「作る布は同じだ。置く山が三つになるだけだ」
工房の床に、三色の枠を描くことになった。
青は町の店。
赤は食堂や工房。
緑は日本向け。
リリアが枠を描き終えると、自分は緑の中へ座った。
「日本へ行く?」とトト。
「行かない。布巾の気持ち」
「どんな気持ちだ」
「遠い」
エナが笑った。
帰り便には二十六枚を載せた。商品札には、洗うと大きさが変わること、手織りのため一枚ずつ違うこと、厚い布は鍋を持つのにも使えることを書く。
箱を閉じる前、エナが一枚を抜いた。
「端が曲がりすぎてる。これは工房で使う」
「手作りの違いとして売れるのでは」と久瀬。
「残していい違いは、俺が決める」
最初に宗久が使った言葉を、今度はエナが口にした。代わりの一枚を入れ、数は変えない。外した布も捨てず、工房の道具になった。
不足の四枚は、次の定期便で送る。
日本側からは、意外な返事が来た。
『欠品ではなく、現地販売分を確保したためと表示します』
久瀬が紙を宗久へ渡した。
「本社が、そのまま書くとは思わなかった」
「久瀬さんが書かせたんですか」
「私は、現地で四枚足りなくなったと送っただけだ」
売り切れを成功に見せず、不足を隠さない。
少しずつ、本社側の報告も変わり始めていた。




