五人の作り手
「俺の名前だけで売る」
エナは商品札を突き返した。
札には、布巾を織ったエナと妹、糸を作った三軒の名が並んでいる。
「長すぎる。布より札の方が目立つ」
「誰が作ったか、日本側でも確認できるようにしたいんです」
「糸屋は糸を売った。布巾を作ったのは俺たちだ」
三十枚の製造は始まっていた。
最初の糸が工房へ届き、エナの妹が太さを分けている。同じ白でも、日に透かすと黄みの強い束と青みのある束があった。
「混ぜたら駄目?」とリリア。
「一枚の中では混ぜない」と妹。「縮み方が違う」
十枚の試験販売では、糸の違いまで記録していなかった。たまたま問題が出なかっただけかもしれない。
「日本では、作った人全員を商品札へ書くのか」とロアン。
「普通は会社名や工場名です」と宗久。
「なら、エナ工房でいいだろ」
その方が簡単だった。
だが、追加注文が続けば、糸屋の仕事も増える。代金がエナのところで止まれば、一号店には見えない。
三軒を店へ呼ぶと、名前を出すことへの考えも違った。
「うちは要らない」と二軒目の母親。「息子が作った糸まで、私の名になる」
息子は首を振った。
「母さんの名でいい。俺は手伝ってるだけだ」
「朝から糸車を回してるのは、あんただよ」
三軒目の女性は、自分の名を出してほしいと言った。
「片手でも同じ糸を作れる。隠す必要はない」
一枚の札へ全員の名を並べれば公平になるわけではない。誰の名を、どう出すか。その人自身に決めてもらう必要があった。
「客向けの札と、店が持つ記録を分けます」と雨宮。
商品札にはエナ工房。裏側に糸屋を示す色糸を一本縫いつける。店の記録には、どの色がどの家の糸か残す。
「黄色い糸は嫌だ」と一軒目の老女。
「なぜです?」
「病人の家で使う色だ」
日本側にはただの目印でも、現地では意味がある。
青、赤、緑を使うことになった。三色とも布巾の端に小さく縫い、使う邪魔にならない位置へそろえる。
見本を売場へ置くと、客は赤い印の布を持ち上げた。
「赤い方が丈夫なのか」
「強さの順ではありません。糸を作った家の印です」
「なら、どれを選べばいい」
客は三枚を触り、一番柔らかい緑を選んだ。色の横へ糸屋の家を描いた小札をつける。赤は炉のある家、青は二人で回す糸車、緑は大きな足踏み車。
「名前より分かる」とリリア。
作り手を残す印が、客にとって選ぶ手がかりにもなった。
「三軒の糸を混ぜた布は?」とトト。
「三本つける」とリリア。
「飾りみたいになります」と雨宮。
「きれいなら駄目?」
記録のための糸が、商品の模様になる。エナの妹は三色を並べ、縫い目の間隔を変えた。
「これなら、うちの印にも見える」
エナも否定しなかった。
問題は代金だった。
一号店は、完成した布巾をエナから買う。糸屋への支払いはエナが行う契約だ。しかし三軒目だけは、人を雇うため先払いを求めている。
「店が直接払えばいい」と久瀬。
「そうすると、糸の不良が出た時に誰が負担します?」と宗久。
「糸屋だろ」
「エナさんが織り方で切った可能性もあります」
どちらかを先に悪いと決められない。
三軒目への先払いは、エナへの仕入れ代の一部として店が預かり渡す。受取書を三者で持つ。糸が使えない場合は、エナと糸屋が現物を一緒に確認する。
「紙が増えた」とエナ。
「色糸も増えた」とリリア。
「布巾は増えてない」とロアン。
まだ一枚目だった。
その一枚を三軒へ順番に回し、自分の糸が使われた場所へ触れてもらう。最後にエナが工房印を押した。
「印だらけだ」とロアン。
「これは店が持つ見本です」と雨宮。「客へ渡す布には、小さな色糸だけを残します」
見せる情報と、店が責任を持って残す情報を分けた。
織り上がった布を洗い、工房の外へ干す。濡れた布は重く、風を受けて大きく膨らんだ。
リリアが下をくぐり、向こう側から顔を出す。
「店の旗にできる」
「客の鍋を拭く物です」と雨宮。
「旗にしたあとでも拭ける」
「売る前に土をつけないでください」
乾いた一枚を、最初の見本と重ねる。
新しい方が指一本分、小さかった。
「同じ大きさじゃない」と宗久。
「糸が違えば、これくらいは変わる」とエナ。
「日本の客には伝えていません」
「布は洗えば変わる」
現地では当たり前のことが、日本の商品説明にはなかった。
久瀬が二枚を持ち上げる。
「十枚買った客から、苦情は来ていない」
「まだ洗っていないだけかもしれません」
追加の三十枚を送る前に、最初の十枚がどう使われたか確認する必要があった。
商品札へ載せる名前は一つにまとまった。
その代わり、一枚の布巾の後ろにいる五人を、一号店は記録する。
そして今度は、買った十人の使い方を追うことになった。




