朝の小窓
開店の鐘より一つ早く、小窓の外に七人が並んでいた。
白乳は三本しかない。
「足りない」とリリア。
「始める前から増やしません」
宗久は小窓の内側へ白乳を三本並べた。前日に取り置いたパンは四つ。売る物はそれだけだ。
朝売場に立つのは、宗久、雨宮、シャルナの三人。ほかの従業員は通常どおりの時刻に来る。
「七人いるのに、白乳が三本しかないと先に言います」と雨宮。
小窓を開ける。
「本日の白乳は三本です。売り切れた場合、次の入荷は次の営業日です」
四人目以降の客が顔を見合わせた。
「並んだ順か」
「はい」
「子どもに頼まれたんだ」
「うちもだよ」
前の客へ譲るよう求める声は出なかった。だが、白乳を買えないと分かった二人が列を離れた。
最後尾にいた男が、小窓の横へ木片を置いた。
「次の分を取っておけ」
「予約は受けていません」とシャルナ。
「先に金を払う」
「次に同じ角牛の乳が来るとは限りません」
「何でもいい」
宗久は受け取らなかった。七人に対して三本しかない朝が続けば、並べない客ほど不利になる。予約を始めれば便利になるが、今は約束できる入荷数が読めない。
「次回の入荷数は入口に出します。取り置きは、安定してからです」
「今日並んだのに、次も並べと?」
「申し訳ありません」
男は木片を戻し、不満を隠さず帰った。
新しい売場を作ると、新しい不公平も生まれる。
「パンだけでも買えます」と宗久。
「乳がないなら市場へ行く」
白乳を置けばパンも売れる。白乳がなければ、パンまで残る。
最初の客は白乳だけ。二人目は白乳とパン。三人目は、瓶を受け取る前に札を見た。
「この角牛、昨日と違う名前だ」
「搾った牛が違います」
「昨日のは、どれだ?」
ラダが書いた四頭の名から、昨日買った瓶の札を探す。客が覚えていたのは、丸い角の絵だった。
「この牛の乳は、今日はありません」
「なら、次にする」
三本目を買わず、列を外れた。
四人目の女性が買った。
「同じ白乳じゃないの?」とリリア。
「客には違ったんでしょう」
生産者の名前だけでなく、角牛まで選ばれる。商品を細かく分ければ管理は増えるが、それを楽しみにする客もいる。
通常営業が始まると、冷蔵棚には残り三本の白乳、薄切り肉、鮮魚が並んだ。
昨日まで別々の場所にあった商品が、透明な扉の中で一つの売場に見える。
「白い棚」と客の子どもが言った。
「冷たい棚」と別の子が言い返す。
「冷蔵売場です」と宗久。
二人とも聞いていなかった。
ネネは白乳とパンを使った朝食の絵を貼った。隣には薄切り肉と葉野菜。下には鮮魚と香り草。
冷蔵棚そのものが、三つの献立を見せる場所になった。
「野菜も入れる?」とリリア。
「札だけです」
「入れた方が一緒に見える」
「葉野菜を入れたら、冷えすぎます」
同じ料理に使う商品でも、同じ温度には置けない。リリアは冷蔵棚の横へ小さな籠を置き、葉野菜と香り草を一つずつ見本として並べた。
「これなら冷えてない」
「売る分は青果売場にあると書いてください」
「絵で?」
「絵で」
矢印の代わりに、青果売場まで続く葉の足跡が床へ貼られた。
客の子どもが、その上だけを踏んで歩く。母親は冷蔵棚から肉を取り、子どもを追いながら葉野菜も籠へ入れた。
「売れた」とリリア。
「遊んだ結果です」と雨宮。
「売場では同じです」と宗久。
昼前、白乳は売り切れた。鮮魚もなくなり、薄切り肉だけが二包み残る。
朝に買えなかった男が、通常営業へもう一度来た。最後の白乳を手に取り、角牛の札を確かめる。
「何でもいいって言ったけどな。これ、角が曲がってる牛か」
「そうです」
「娘が、その牛の絵を気に入ってる」
並んだ順だけでは見えなかった理由が、売場で初めて分かった。
「次回、この牛の乳が何本来るかは入口に書きます」
「予約は?」
「まだです」
「堅い店だ」
男は笑い、白乳とパンを買った。
門を使う時刻になった。
冷蔵設備を止め、扉を封じる。今日は買おうとする客はいない。白乳と魚が売り切れた分、扉を開けたい理由が減っていた。
「昼までに売れる量なら、門と重ならない」と久瀬。
「売れ残りを前提に、奥の温度も管理します」と雨宮。
「冷蔵棚を増やせるか?」
「今は一台だけです」と宗久。
「本社は成功例を見ると、すぐ二台目を送る」
「止めてください」
「そのために記録が要る」
久瀬は五日分の報告書を机へ広げた。
停電した時間。肉と魚を守るためにしたこと。冷蔵棚を止めても保てる時間。白乳の加熱方法。朝売場へ並んだ客。
「数字だけでは分からないことも書いてあります」と雨宮。
「角牛の名前で買わなかった客か」
「それもです」
宗久は冷蔵棚の前に立った。
最初は青果だけで埋まりかけた店だった。
今は肉、魚、パン、加工食品、調味料、生活用品がある。そこへ白乳が加わった。まだ一種類にすぎないが、冷蔵設備が安定すれば、酸乳、乳脂、柔らかい乳酪も扱える。
「やっと、冷たい売場ができました」と雨宮。
「停電から始まりましたけどね」
「この店らしいです」
夕方、ラダが空瓶を回収しに来た。
「次は十二本」
「八本にします」と宗久。
「六本全部売れた」
「朝三本、通常営業三本でした。買えなかった人はいましたが、別の角牛を理由に買わなかった人もいます。次は朝四本、店で四本」
「十本」
「八本」
「九本」
「瓶を一つ、検査用に使わせてくれるなら」
「九本で決まりだ」
ラダは満足そうに空瓶を積んだ。
その横で、久瀬が通信機から届いた紙を読んでいた。
表情が変わる。
「日本で、現地布巾の試験販売が終わった」
「売れましたか」
「十枚すべて売れた」
店の空荷を埋めるために送った、最初の商品だった。
「追加注文は?」と雨宮。
「百枚」
ボルツが作れる数を、誰も確認していなかった。
冷蔵売場が動いた日、今度は日本側から大きすぎる注文が届いた。




