六本の初入荷
透明な冷蔵棚に、白乳が六本並んだ。
陶器の瓶は形がそろっていない。背の高い物、丸い物、口が少し曲がった物。瓶の首には、角牛の名を書いた小札が結ばれている。
「牛の名前で味が違うの?」
開店前から、リリアが聞いた。
「ラダさんは違うと言っていました」
「店長は分からなかった」
「言わなくていい」
売る場所は冷蔵棚の手前にした。門を使う間に温度が上がりやすい場所だが、六本なら午前中に動く可能性がある。奥には薄切り肉。下段には鮮魚を入れた金属箱を置く。
入口の絵札には、白乳の瓶だけを大きく描いた。
開店すると、最初の客は冷蔵棚を通り過ぎた。
二人目は扉を開け、中を見て、閉めた。
三人目が白乳を一本持ち上げる。
「冷たい」
それだけ言って棚へ戻した。
「買わない」とリリア。
「まだ決めていないだけです」
客は売場を一周し、パンを手に取った。そのあと再び冷蔵棚へ戻り、白乳を籠へ入れた。
会計で、シャルナが瓶の代金を説明する。
「次にこの瓶を持ってくれば、瓶代はいりません」
「店が買い取るのか」
「預かった分を返します」
「割ったら?」
「次は新しい瓶の分を払います」
客は瓶を裏返し、底まで見た。
「空で持ってくるのは面倒だな」
「ほかの買い物の時で構いません」
返却期限はつけなかった。急がせれば、白乳を飲み終える前に別の器へ移す客が出る。
「瓶が戻らなければ、次の商品が足りない」とシャルナ。
「その時は新しい瓶を仕入れます。客を急がせて中身を粗末にさせない」
売るのは白乳だ。瓶を回収するために飲み方を変えさせてはいけない。
「一緒に食べる?」とリリア。
「娘の朝飯だ」
「明日の朝までは売れません」と雨宮。
客の手が止まった。
「冷やしてるのに?」
「今日の閉店までの商品です」
「じゃあ、今夜飲む」
期限を短く書けば安心とは限らない。客が使いたい時刻に合わなければ、商品にならない。
「明日の朝まで持たせられないの?」とリリア。
「安全確認は今日までです」
「店は朝、閉まってる」
白乳を一番欲しがる時間に、一号店は開いていなかった。
宗久は六本を売り切ることより、次の営業日を考えた。
「開店を早めますか」とマノン。
「白乳だけのために九人全員は呼べません」
「三人なら?」と雨宮。
本社からは人件費を見直すよう求められている。営業時間を延ばせば逆になる。
「入口の小窓で売る」とポルカ。
以前、荷物を確認するために作った窓がある。売場を開けず、会計台まで客を入れずに白乳とパンだけ渡せる。
「朝だけの売場?」とリリア。
「試すなら、商品を増やさないことです」と雨宮。「白乳と、前日に取り置いたパンだけ」
「野菜は?」
「始める前から増やさないでください」
宗久は思わず笑った。
「何ですか」
「俺が言われる前に止められたので」
「店長なら増やすと思いました」
雨宮には完全に読まれていた。
昼に門を開く時間が来る。冷蔵設備を止め、扉へ封をした。
「開けちゃ駄目?」と客が聞く。
「日本から荷物が来ている間だけです」
残っている白乳は二本。あとから来た客は、透明な扉越しに見えているのに買えない。
「目の前にあるのに」
「少し待ってください」
「市場なら、待たずに買える」
客は帰った。
冷やせることが便利でも、店の都合で売れない時間があれば不便になる。
門が閉じ、冷蔵設備を戻す。温度が安定してから封を外した。
さっきの客は戻らなかった。
代わりに、白乳の瓶を持った最初の客が戻ってきた。
「もう飲んだんですか」
「娘がここで飲んだ」
子どもの口には、白い跡が残っている。
「瓶を返す。代金は?」
シャルナが預かり分の銅貨を返した。客はその銅貨で、小さなパンを一つ買った。
「瓶がパンになった」とリリア。
「もともと客のお金です」
「でも、店に戻った」
返却の仕組みが、次の買い物につながることもある。ただし、それを当てにして白乳の値段を決めてはいけない。宗久は白乳の売上と、返した瓶代と、そのあと買われた商品を別々に記録した。
最後の一本は、閉店の鐘まで残った。
「酸乳にします」とネネ。
売れ残りを厨房へ運ぼうとすると、ラダが来た。
「残ったか」
「一本です」
「全部売ると思った?」
「売れない分もあると思っていました」
「嘘だね。顔が悔しそうだ」
ラダは瓶を開け、匂いを確かめた。
「まだ白乳だ。火を入れて冷やすと、酸っぱくなるのが遅い」
「明日の朝まで確認できますか」
「飲む気?」
「売れる時間を決め直したいんです」
一本を検査用として残し、冷蔵棚の奥へ移す。販売禁止の札をつけ、夜間の温度を記録する。
翌朝、宗久、雨宮、ラダ、治療師が店へ集まった。
瓶を開ける。
白乳の甘い匂いが残っていた。治療師が確認し、ラダが先に口をつける。
「昨日より角牛くさくない」
「それは良いんですか、悪いんですか」
「まだ決めてない」
安全を確認したあと、宗久も飲んだ。酸味はない。冷たさのせいか、昨日より飲みやすかった。
「明日の朝まで売れる可能性があります」と雨宮。
「一回だけでは決めません」
「分かっています」
ラダが空の瓶を見た。
「明日は十二本持ってくる」
「六本です」
「売れたんだろ」
「五本です」
「残りも飲んだ」
「検査です」
「腹に入れば同じだ」
仕入れ数は、また六本になった。
ただし次は、朝の小窓で三本。通常営業で三本。
冷蔵棚より先に、小さな朝売場が動き始めることになった




