塞がれた門
「門を止めている間だけ、冷蔵棚を動かす」
久瀬は設備室の床へ二本の線を引いた。
一方は門。もう一方は冷蔵設備。
両方を動かせば、昨日のように店が落ちる。片方ずつなら足りる。
「門を使う時刻は決まっています」と雨宮。
「予定どおりならな」と宗久。
荷物の遅れ、緊急の連絡、門の点検。今までも時刻どおりに終わらない日はあった。
「魚と肉を冷やしている途中で、日本便が来たら?」
「冷蔵を切る」と久瀬。
「何分までなら切れます?」
「箱の中身による」
「それでは売場で使えません」
設備の仕様ではなく、商品ごとの限界が必要だった。
空の冷蔵棚へ、水を入れた瓶を並べる。魚の代わり、肉の代わり、奥と手前。瓶ごとに温度計をつけた。
「商品を使わないのか」と久瀬。
「失敗すると分かっている試験へ、食べ物は入れません」
ポルカが冷蔵設備を動かす。
低い音が売場へ広がり、透明な扉が白く曇った。日本では見慣れた冷蔵棚だ。それだけで、石と木の店が急に別の場所に見える。
リリアが扉へ鼻をつけた。
「中が見えない」
「開けないでください」
「見てるだけ」
鼻の跡だけが残った。
棚が冷えたところで、門の準備を始める。冷蔵設備を止め、時間を測った。
五分、十分と過ぎる。
リリアは扉へ手を伸ばすたび、雨宮に止められた。
「開けないと、客が買えない」
「今日は商品を入れていません」
「入れた日の話」
門を使う間だけ冷蔵棚を閉鎖すれば、安全は守れる。だが、客には本社の都合など見えない。欲しい商品が目の前にあるのに、店員から待てと言われるだけだ。
「門の時刻も、客に知らせます」とマノン。
「毎日同じならな」とロアン。
宗久は運行表の横へ、三種類の札を作らせた。
冷蔵商品を販売中。
門の使用中につき一時停止。
温度確認中。
単に『販売中止』と書くより、今どの段階か分かる。文字が読めない客のため、扉が開いた絵、青い門、温度計の絵を添えた。
手前の瓶はすぐ温まる。奥は冷たいまま。扉を一度開けるだけで、下段の温度が大きく変わった。
「客が選ぶたびに開けます」とマノン。
「透明なのに、開けてから迷う人もいる」とベラ。
「どの商品をどこへ置くかまで決めないと駄目ですね」と雨宮。
鮮魚は奥。薄切り肉は中段。すぐ売れる商品は手前。扉には中身の絵を貼り、開ける前に選べるようにする。
門が閉じ、冷蔵設備を再び動かす。温度が元へ戻るまで、思ったより時間がかかった。
「毎日これを繰り返すのか」とロアン。
「今のままなら」と久瀬。
宗久は壁の運行表を見た。日本便が来るのは開店前が多い。ただし帰り便は閉店後だ。冷蔵を二度止めることになる。
「帰り便を昼にします」
「客がいる時間に門を開くのか」とガルド。
「冷蔵棚の商品が少なくなる時間です。門の周りは閉鎖します」
「日本側の都合は?」と久瀬。
「合わせてもらってください」
「取締役を配送係に使うな」
「そのために来たんでしょう」
雨宮が平然と言い、久瀬は通信機を取った。
翌営業日、冷蔵棚には何も入れず、運用だけを試した。
入口へ『冷たい売場の準備中』と絵札を出す。客は透明な扉を珍しがり、何人も足を止めた。
「氷を売るのか」
「魚や肉を、今より長く安全に置くためです」
「果物は?」
「冷やすと傷む物もあります」
「酒は?」
宗久が答える前に、別の客が割り込んだ。
「白乳を冷やしてくれ。朝しか買えない」
白乳。
宗久には聞き覚えがなかった。
「どこで売っています?」
「南門の外だ。角牛を飼ってる女が、朝だけ来る」
リリアは知っていた。
「すぐ酸っぱくなる。子どもは好き」
「店では売っていません」とロアン。
「だから置けと言ってる」
冷蔵棚を見た客から、まだない商品の要望が出た。
宗久は紙を出し、白乳の横へ印を一本つける。
昼までに、同じ要望が六つ並んだ。
ほかにも、冷たい果実水、柔らかい乳酪、朝に作った肉詰めを置いてほしいという声が出た。
「全部、冷やせば売れる?」とリリア。
「冷やしたら駄目になる物もあります」と宗久。
「棚が一つなのに、もう足りない」とトト。
商品がないうちから、冷蔵棚は客の頭の中で広がっていた。
宗久は要望を一つの注文として数えなかった。誰が、いつ食べるために欲しいのかまで聞く。朝の白乳を夕方にも買いたい者が多い。酒は冷たければ試したいだけ。柔らかい乳酪は、売っている場所が遠いからという理由だった。
最初に置くなら、冷蔵する意味が一番はっきりした物がよい。
「冷蔵棚があるだけで、売ってほしい物が出てきますね」と雨宮。
「まだ動かせると決まっていません」
「でも、空の棚を見せ続けるわけにもいきません」
閉店後、最後の温度を確認する。門を昼に一度使い、冷蔵を止めた時間も含め、奥の瓶は基準内に収まった。
手前の一本だけが、基準を超えていた。
「ここには食べ物を置けない」とポルカ。
「置けます」と宗久。「すぐ売る物だけです」
「すぐって、どれくらい?」
「それを、白乳を作っている人に聞きに行きます」
空だった冷蔵棚の前に、最初の商品候補が決まった。




