消えた六個
「箱は、門へ入る前までありました」
雨宮が積込記録を開いた。
現地布巾十枚。乾燥香り草五束。青灯果六個。
三箱をガルドとトトが荷車へ載せ、雨宮が確認した。門の警備員も三箱へ印を押している。
「日本へ着いたのは二箱」と久瀬。
「門の途中で落ちた?」とリリア。
「途中は通路じゃない。落ちれば、どこへ行くか分からん」
「先に言ってください」
「荷物が消えたのは初めてだ」
青灯果は販売品ではない。それでも、誰の物か分からなくなったわけではない。一号店が検査用として六個を買い、オルナから預かった物だった。
「門を止めます」と宗久。
「次の日本便は明日だぞ」と久瀬。
「原因が分からないまま、商品を通せません」
日本商品の在庫は減る。魚缶の次回分、乾麺、しょうゆも届かない。本社の売上目標からは遠ざかる。
「止めた損失を説明できるか」
「六個をなくしたまま続ける方が説明できません」
久瀬は宗久を見たあと、通信機を取った。
「日本側の門も止めろ。点検が終わるまで荷物を入れるな」
取締役が命じると、返事は早かった。
異世界側では、積込場所から門までを戻って調べる。
荷車の縄は切れていない。荷台にも青灯果の汁はない。門前の床に、薄青い光の粉が落ちていた。
「果物が砕けた?」とユノ。
オルナが指で触れる。
「青灯果の光じゃない。冷え石の粉だ」
「箱には入れてません」
「門の床に残っていた物がついた?」
果物箱から見つかった冷え石は、証拠として組合へ運んだ。だが、ラウドが以前にも門を使っていたなら、粉が残っていた可能性がある。
デレスが水を一滴落とす。灰色の粉が青く光った。
「冷え石だ。かなり古い」
光の跡は、門の中央ではなく側面へ続いていた。
壁には、荷物一箱ほどの小さな窪みがある。
「こんな場所、ありましたか」と雨宮。
「点検口だ」と久瀬。「門が不安定な時、荷物を一時退避させる」
「自動で?」
「そのはずだ」
点検口は閉じている。日本側から開けようとしても動かない。
「異世界側の魔力に反応している」と門の技術員。
「魔力を使える人は?」
リリアたちが互いを見る。
ロアンがバルガスを呼んだ。組合から来た術師が、点検口へ手を当てる。青い線が浮かぶが、扉は開かない。
「中の物が冷えすぎて、貼りついている」
「青灯果を冷やすな」とオルナ。
「冷え石と同じことになる」
急いで温めれば、果実を傷める。宗久は小芋の発熱を思い出した。
「乾いた小芋を近くへ置けますか」
「濡らさなければ熱くならない」と雨宮。
「土潜りが近づいた時も熱を出しました。弱い振動を与える」
エダンを呼び、販売用ではない小芋を浅籠へ並べる。組合の術師が、土潜りの足音に似た振動を床へ送った。
小芋の葉の付け根が赤く光り、じわりと温かくなる。
「こんな使い方、したことない」とエダン。
「俺たちもです」
熱を直接当てず、籠越しに点検口を温める。
白い霜が少しずつ溶けた。
「今です」
術師が扉を引く。
中から木箱が滑り落ちた。
三つの封印は切れていない。
箱を開けると、青灯果が六個並んでいた。皮は冷たいが、見た目に傷みはない。
一個だけ、皮の青い光が強くなっていた。
「きれい」とリリア。
「それが問題なんだ」とオルナ。
冷え石で冷やした青灯果は、外側の光だけが強くなる。中が傷んでいても、客には新鮮に見える。
オルナが果実を振る。中で、わずかに水が動く音がした。
「畑から取った時は、この音はしない」
「切りますか」と宗久。
「日本で検査する分だ。ここでは切らない」
見た目が良くなった一個へ、特に大きな赤札をつける。六個を一まとめにせず、それぞれの位置と温度も記録した。
「一箱の中でも違うんですね」と雨宮。
「点検口の壁に近かったのかもしれない」と久瀬。
箱のどこに入っていたかまで、検査結果に必要になる。雨宮は六つの丸を描き、並び順をそのまま写した。
オルナは一つを手に取り、すぐ戻した。
「これは検査に使えない」
「なぜ?」とリリア。
「冷やさない条件で送るはずだった。途中で冷えた」
取り戻しても、予定した検査品ではなくなっている。
「廃棄しますか」と雨宮。
「別の検査へ回します」と宗久。「冷えた物として、常温の物と分けて調べる」
「また六個取るの?」
「オルナさんが出せるなら」
「出す。今度は私が門まで持っていく」
翌日、常温の青灯果六個を新しい箱へ入れた。前日の六個は、冷却履歴ありの札をつける。二箱を別々に封印した。
点検口は技術員が手動で閉じ、通過中の温度も記録する。
十二個すべてが日本側へ届いた。
「帰り便を使うだけで、こんなに手間がかかる」とロアン。
「最初だけで終わらせます」と雨宮。
「終わると思うか?」
「思いません」
久瀬が笑った。
門の運行を再開する。
止めていた日本便が、半日遅れで到着した。
魚缶、乾麺、しょうゆ、石けん。それぞれの箱に通過温度が記録されている。冷蔵の必要がない商品まで確認したのは、点検口へ誤って送られていないか確かめるためだった。
「全部あります」とトト。
「数だけでなく、箱の封も」と雨宮。
魚缶の箱にへこみが一つ。乾麺の外箱は無事。しょうゆ瓶も割れていない。石けんだけ、冷えた青灯果と同じ甘い匂いがついていた。
「箱は別だったのに」とリリア。
「点検口の中で近くにあった可能性があります」
石けん自体に異常はない。それでも食品の近くへは置かず、匂いが消えるまで販売を止めた。
「また売る物が減る」とロアン。
「何の匂いか説明できない石けんを売る方が困ります」
久瀬は停止札を見た。
「本社なら、外箱を替えて出せと言う部署もある」
「久瀬さんは?」
「現場を見たあとでは言えない」
来た時より、答えが少し変わっていた。
翌営業日、魚缶が戻った棚を見て客が集まる。値上げ後の価格を見て戻す者もいたが、売場から消えるほどではない。鮮魚四尾、魚缶十缶、薄切り芋十二包みが、別々の理由で籠へ入った。
「輸入品だけの店でも、現地品だけの店でもない」と久瀬。
「スーパーなので」
「その言葉、現地ではまだ通じないぞ」
「店を見れば分かるようにします」
日本からの商品が届き、帰りには現地の商品候補を載せる。初めて、往復とも空ではなくなった。
輸送費を二つに分けると、魚缶の収支は黒字へ変わった。
ただし、布巾も香り草も、まだ日本で売れたわけではない。検査と試験販売はこれからだった。
「これが、異世界へ店を作った理由の一つですか」と宗久。
「一つだ」と久瀬。
「残りは?」
「門を維持する理由と、この世界で最初に見つかった物だ」
「何が見つかったんです」
久瀬は答える前に、冷蔵設備の試作箱を見た。
箱の表示灯が、赤く点滅している。
「その話をする前に、店の電力が切れる」
店内の照明が、一斉に消えた。




