空の帰り荷
「帰りの便に、現地商品を載せればいい」
久瀬が空箱を叩いた。
「何を載せるんです?」と宗久。
「それを探すのも、この店の目的だ」
日本から異世界へ来る便には、魚缶、乾麺、しょうゆ、生活用品、交換部品が入る。荷物を降ろしたあとは、空箱だけを載せて戻していた。
「空でも、門を動かす費用は同じですか」と雨宮。
「ほぼ同じだ。重量による差より、門を開く費用の方が大きい」
帰りへ商品を載せれば、往復の費用を二つの商売で分けられる。
「最初から言ってください」
「売れる物がなかった」
「探してもいなかったのでは?」
「研究部門は標本を持ち帰っている」
「標本と商品は違います」
宗久が言うと、久瀬は黙った。
研究員は珍しい物を選ぶ。店が必要なのは、同じ品質で何度も仕入れられ、誰が作ったかを説明でき、客が代金を払う物だった。
「候補を売場から選びます」と宗久。
小芋は、濡れると発熱して芽が出る。長い輸送には向かない。
紫根は、掘って三日以内。日本へ着く頃には期限が短い。
鮮魚は当日販売。論外だった。
薄切り芋は油と香辛料が使われ、保存日数をまだ調べていない。
「全部駄目」とリリア。
「今売っている物を、そのまま送るならな」とロアン。
乾燥させた香り草、織り目の細かい現地布巾、土潜りが通った畑の土。候補を机へ並べる。
「土は商品じゃない」と雨宮。
「研究部が欲しがる」と久瀬。
「それは研究用です。店の売上に入れません」
研究物と販売商品を混ぜれば、一号店が儲かったように見える。費用を分ける必要があった。
最初の候補は、現地布巾になった。
日本の布巾より厚く、乾くのは遅い。だが、丈夫で鍋つかみにも使える。実際、この店では日本の布巾より現地品の方が売れていた。
「日本で売れるか?」とロアン。
「分かりません」と宗久。
「分からない物を送るのか」
「十枚だけ」
作り手のエナを呼び、話を聞く。
「十枚を誰の名前で送ります?」と雨宮。
「私だ」とエナ。
「糸を作った人は?」
「東通りの三軒から買った」
布巾を明かりへ透かすと、柔らかい物と硬い物があった。現地では手作りの違いで済むが、日本側で同じ商品として売るなら、ばらつきの範囲を決める必要がある。
「全部そろってないと駄目か」
「違いを隠して同じ値段で売るのは難しいです」
「なら、一枚ずつ違うと書け」と久瀬。
「ただし、鍋をつかめないほど薄い物は外します」と宗久。
厚さ、吸水、縫い目。三つだけ基準を決め、十枚を選び直した。二枚が外れ、エナが別の二枚と交換する。
「全部同じにしろと言わないんだな」
「使えない違いと、残していい違いを分けます」
札には、手織りのため一枚ずつ表情が違うと書いた。
「日本へ売るなら、百枚織る」とエナ。
「まず十枚です」
「十枚では糸を買えない」
「店にある十枚を試験用に買います。追加生産は、結果が出てから相談します」
「日本の客は、いくら出す」
「まだ決められません」
「安く売られるなら出さない」
異世界の商品を日本へ持ち帰るからといって、店が自由に値段を決めてよいわけではない。
仕入れ代、門の輸送費、日本側の検査費、販売手数料。すべて入れた価格をエナにも見せる。試験販売で利益が出た場合、追加分を支払う条件を加えた。
「売れなかったら?」
「一号店が十枚分を買い取ったままです。返しません」
「なら出す」
次は香り草。
箱へ入れる前に、輸送中の変化を調べる。
布巾を一枚折り畳み、重しを載せる。半日後に広げると、太い折り目が残った。
「日本の客は、しわを嫌うか」とエナ。
「贈り物なら気にする人はいます」
「使えば濡れる布だぞ」
「その説明も商品になります」
箱いっぱいに重ねず、五枚ずつ互い違いに置く。湿気を吸う乾いた紙を間へ挟もうとすると、エナが止めた。
「その紙の匂いが布につく」
日本側の梱包材は、現地の布には合わなかった。
代わりに、乾燥させた白根の葉を使う。匂いが少なく、布へ色も移らない。梱包材まで現地で用意できれば、帰り便の費用は下がる。
「葉も日本で売れる?」とリリア。
「これは売らない。箱を開けたら処分する物です」
「もったいない」
「日本側で土へ戻せるか、先に確認します」と久瀬。
異世界の植物を勝手に捨てることはできない。布巾より、挟んだ葉の方が検査を増やす可能性があった。
「なら、現地の紙で包む」とエナ。
再利用紙の工房から、匂いのない薄紙を十枚だけ買う。新しい仕入れ先候補まで一つ増えた。
香り草は乾燥させれば軽く、匂いも残る。ただし、日本で食品として売るには検査が必要になる。
香り草は、布巾と同じ箱へ入れられない。匂いが移るからだ。
「帰りは空だったのに、もう箱が足りない」とトト。
「売る物が決まる前に、運び方で場所を使いますね」と雨宮。
香り草は密閉容器へ入れ、商品候補の札をつける。研究標本と混ざらないよう、箱の色も分けた。
「研究部が勝手に開けたら?」とロアン。
「久瀬さんの印をつけます」
「取締役の印なら効くのか」
「日本では、かなり」と宗久。
「鳥を閉まう人の印」とリリア。
久瀬は訂正を諦めた。
「食べ物は時間がかかる」と久瀬。
「だから、先に検査へ回します」
香り草五束を研究用ではなく、商品候補として買い取る。作った畑、収穫日、乾燥方法を記録する。
「青灯果は?」とオルナ。
いつから聞いていたのか、事務所の入口に立っていた。
「まだ安全確認が終わっていません」と宗久。
「日本で調べればいい」
「売るためではなく、検査用なら」
「六個ある」
以前、一号店で認められた試験数と同じだった。
「冷え石を使っていない箱から取ります。オルナさん、組合、一号店の三者で封をする」
「ラウドの箱と違うって証明できる?」
「畑から日本の検査室まで、誰が触ったか残します」
翌朝、青灯果六個を収穫した。
薄青い皮は、日陰で淡く光る。リリアが手を伸ばしかけ、途中で止めた。
「まだ食べない」
「覚えたな」とオルナ。
六個を一つずつ布で包み、木箱へ入れる。冷え石は使わない。箱には三つの封印。
帰り便へ、現地布巾十枚、乾燥香り草五束、検査用青灯果六個を載せる。
「初めて、空じゃない」とユノ。
門が青く光り、荷車が日本側へ消えた。
その直後、通信機が鳴った。
『青灯果の箱が届いていません』
布巾と香り草だけが、日本へ着いていた。
三箱目だけが、門の中で消えていた。
青い門は、何事もなかったように閉じた。




