三十二番目の商品を置く棚がない
「多い一枚は、ここです」
シャルナが会計台の下から銅貨を取り出した。
冷え珠の代金を四枚数えたあと、確認用の一枚を横へ置いた。それをトトが袋へ戻したらしい。
「盗まれたんじゃなくてよかった」とリリア。
「多いのも間違いです」と雨宮。
デレスへ謝り、一枚を店へ戻す。確認用の硬貨は本物を使わず、ポルカが同じ大きさの木札を作ることになった。
「魚を増やしたら、会計の仕事も増えた」とトト。
「売場もです」とユノ。
鮮魚四尾を置くため、青果売場の端にあった香り草を動かした。香り草の場所へ塩を移し、塩の場所へ薄切り芋を置いた。その結果、薄切り芋を探す客が生活用品売場まで歩いていた。
「商品は増えたのに、見つからない」と宗久。
取扱商品が二十九品になってから、薄切り芋と紫根を加えて三十一品。鮮魚を正式登録すれば三十二品になる。
許可される品数に余裕はある。
置く棚がなかった。
「奥の売場を開ければいい」とロアン。
「まだ組合の使用許可が出ていません」
「空いてるのに?」
「避難口と照明の確認が終わっていない」
本社へ棚を頼めば、日本から運ぶまで時間と費用がかかる。ポルカへ作ってもらっても、置く床が増えるわけではない。
宗久は全商品を一度、床へ出すことにした。
「閉店後に?」と雨宮。
「明日は非営業日です。出勤は俺、雨宮さん、ポルカ、ユノ、トトの五人だけ」
「全員呼ばないんですね」
「棚を動かすのに九人はいりません」
翌朝、三十一品を空の籠へ一種類ずつ入れ、売場の中央へ並べた。
野菜と果物。
肉と魚。
パン、乾麺、缶詰、調味料。
石けん、布巾、スポンジ、金属鍋、保存容器。
「本当にスーパーみたいになってきましたね」と雨宮。
「まだ少ないです」
「最初は野菜だけでした」
宗久は返事をせず、空になった棚を見た。
青果の経験が長い分、野菜は一番目につく場所へ広く置いていた。一箱に一商品。残数が少なくても同じ広さを使っている。
「店長、青果だけ広いです」とユノ。
「分かってる」
「顔が分かってない」
雨宮が笑った。
葉野菜と白根は量が多い。小芋は通気のため浅く置く必要がある。だが、香り草や黄色い酸味果実は、半分の幅でも足りる。
ポルカが木箱の中央へ仕切り板を差した。一つの台に二商品を置く。間には拳一つ分の隙間を空け、値札を混ぜない。
「近すぎると、また値札が入れ替わります」と雨宮。
「札を箱につけず、上から下げる」とポルカ。
天井から細い棒を伸ばし、商品の真上へ絵札を下げる。客が取っても、札は別の箱へ移らない。
加工食品は、何の商品かではなく、いつ使うかで並べた。
すぐ食べる薄切り芋とパン。
料理する肉、魚、塩、香り草。
長く置ける乾麺、しょうゆ、魚缶。
「魚缶は魚の隣じゃないの?」とユノ。
「魚の近くにも案内を出す。商品は保存食の棚です」
一つの商品を二か所へ置けば、在庫が分かれ、補充ミスが起きる。売るのは一か所。別の売場には絵札だけを置く。
生活用品は、食べ物との間に空の台を挟む。スポンジを菓子と間違えた事故を繰り返さないためだ。
「空の台がもったいない」とトト。
「何も置かない場所にも役目があります」と雨宮。
空の台には大きな手の絵を描き、『ここから先は食べ物ではない』と示した。
昼過ぎ、売場が完成した。
三十二番目の鮮魚は、入口から見える冷え石台へ置く。水が床へ流れないよう溝を作り、その先に受け桶を置いた。
「あと一品増えたら?」とユノ。
「また全部動かす?」
宗久は奥売場を見た。
扉の向こうには、今の売場と同じくらいの空間がある。照明は不安定で、避難口には荷物が積まれている。
「次は、奥を開ける準備です」
その前に、客役を一人入れて試すことにした。
選ばれたのはガルドだった。
「なぜ俺だ」
「字より絵を見る。説明を最後まで聞かない。籠を持つと通路の半分を使う」とユノ。
「悪口か」
「お客様の特徴です」と雨宮。
ガルドは入口で籠を取り、魚の絵へ向かった。鮮魚を一尾入れるふりをして、次に塩を探す。
頭上の札を見ず、以前の場所へ歩いた。
「塩がない」
「保存食の隣です」とユノ。
「客へ答えを言わない」
宗久が止める。
ガルドは三度同じ棚を回り、ようやく塩を見つけた。
「札が高い」と言う。
大人の目線に合わせた札は、ガルドには近すぎて視界に入らない。少し離れて見る客には分かるが、棚へ近づいた客ほど見落とす。
ポルカが札の棒を短くし、胸の高さにも小さな絵をつけた。
次は生活用品売場へ向かう。
食べ物ではないことを示す空の台で、ガルドが止まった。
「ここは通れないのか」
「区切りです。通れます」と雨宮。
「手の絵が止まれに見える」
大きな手の絵を、口へ入れる手に斜線を引いた絵へ変えた。
「スポンジを取ってください」と宗久。
ガルドは布巾を取った。
「違います」
「鍋を洗うなら同じだ」
「客が商品名を間違えた時、用途を聞く必要がありますね」
売場が整っても、客が宗久たちと同じ名前で商品を呼ぶとは限らない。
三十分の模擬買い物で、札を四枚、棚を二か所直した。
「俺が間違えた分、店がよくなった」とガルド。
「お客様役としては満点です」と雨宮。
「店員としては?」
「明日の動きを見ます」
ガルドは急に真剣な顔になった。
翌日の開店後、宗久たちは客がどこで止まるかを見た。
入口から魚へ向かう流れは早い。魚を買った客の多くが、胸の高さにつけた塩の絵に気づいた。保存食の棚では、魚缶と乾麺を一緒に取る客が増えた。
一方、香り草と黄色い酸味果実を同じ台へ置いた場所で、値札を見比べる客が続いた。
「二商品を一つの値段だと思ってます」とユノ。
仕切り板はあっても、絵札が近すぎた。
ポルカが棒の向きを左右へ開く。香り草の札は左の商品だけ、酸味果実の札は右だけを指すようになった。
「棚を半分にしたら、説明は倍になりましたね」と雨宮。
「場所が足りない分、分かりやすさまで削るわけにはいきません」
生活用品売場では、ガルドの指摘で直した絵が役に立った。子どもがスポンジへ手を伸ばしたが、口へ入れる手の罰印を見て母親の袖を引く。
「これ、食べないやつ」
「前は食べた人がいたんだって」
「知ってる。お父さん」
近くにいた男が顔を伏せた。以前スポンジを菓子と間違えてかじった本人だった。
「また来てくれたんですね」とリリア。
「今日は布巾を買いに来た」
「スポンジも鍋を洗えます」
「食べないぞ」
「もう知ってます」
失敗した客を笑うのではなく、次は正しく買える売場にする。男は布巾とスポンジを一つずつ籠へ入れた。
閉店時、移動場所を尋ねられた回数は十一件。前の配置なら三十件近くあった。
「成功ですか」とユノ。
「あと二日見ます。ただ、前よりはいい」
「何売場にする?」
「生活用品と、加工食品。それから、冷蔵が必要な商品」
「卵、乳製品、惣菜」と雨宮。
「紙、掃除道具、衣料品も」
野菜を増やすだけでは、スーパーマーケットにはならない。
宗久は奥売場の鍵を開けた。
暗い床の中央に、本社から送った覚えのない大きな箱が置かれていた。
箱の周囲だけ、床に白い霜が広がっている。
奥売場の照明が一つ、青く点滅した。
箱には、日本語で『冷蔵設備・試作一号』と書かれていた。




