畑の下で何かが息をしている
小芋の畑が、持ち上がった。
土が大きく膨らみ、次の瞬間には沈む。赤く光る葉が波のように揺れた。
「地面が息をしてる」
雨宮が立ち止まる。
「畑から離れましょう」
宗久は雨宮の腕を引き、畦の外へ下がった。
二人がいた場所を、土の盛り上がりが横切る。小芋が三つ、土から弾き出された。
「店長!」
エダンが鍬を持って走ってきた。後ろから母親と妹も続く。
「踏まれたか?」
「大丈夫です。あれは何ですか」
「土潜りだ。たまに畑の下を通る」
「たまに、で済む大きさですか」
畑の端から端まで、赤い光の筋が伸びている。
エダンの母親は鍬の柄で地面を三回叩いた。盛り上がりが止まる。耳を土へ近づけ、今度は間を空けて二回叩く。
地面の下から、どん、どん、と返事がした。
「追い払えるんですか」と雨宮。
「追い払わない。下の土を食べて、畑をやわらかくする」
「小芋も食べませんか」
「赤く光ってる間は食べない」
小芋の葉は、土潜りが近づくと赤く光る。根は熱を出し、食べられないよう芽を伸ばす。昼に土が温まると収穫しないのも、同じ性質が強く出るためだった。
「水に濡れた袋が熱くなったのも?」
「雨だと思って、土潜りが来た時と同じになるのかもしれない」とエダン。
宗久は売場に出した小芋を思い出した。
芽と緑色の部分を除く。濡れたまま袋に入れない。浅く並べる。
間違ってはいない。だが、畑で起きる理由まで知らなかった。
「今日売った分は大丈夫でしょうか」
「今夜、客の家で光ったら?」
雨宮の一言で、宗久は店へ戻ることにした。
マーヤの調理場確認は延期できない。雨宮が向かい、宗久は一号店へ戻る。二人で来たのに別々に帰ることになった。
「一人で大丈夫ですか」
「鍋とまな板を見るだけです」
「畑の横を通ります」
「今、店へ戻る方が必要です」
雨宮は足元の小芋を一つ拾い、宗久へ渡した。葉の付け根がまだ赤く光っている。
「これを見本に。私はマーヤさんの家を確認してから戻ります」
「遅くなったら迎えに来ます」
「勤務時間に入れてください」
「もちろんです」
宗久と別れた雨宮は、マーヤの家へ向かった。
調理場は住居の裏に増築され、窓と扉が一つずつある。鍋は壁へ伏せて掛けられ、包丁とまな板は高い棚に置かれていた。
「子どもが触るからね」とマーヤ。
「水はどこから?」
「共同井戸。朝一番にくんで、蓋をしてる」
水甕の底まで見える。油を使う台と、小芋を洗う桶は離れていた。
問題は、窓際に積まれた大葉だった。包みに使う葉の上を、小さな羽虫が歩いている。
「これは使えません」
「洗えば平気だよ」
「洗った葉で包むと、薄切り芋が湿ります」
「じゃあ、何で包む」
日本の袋を使えば早い。しかし、輸送品を一つ増やせば値段も上がる。
雨宮は軒下に干された新しい葉を見つけた。地面から離し、網をかければ虫も防げる。マーヤは古い漁網を持ってきて、葉を挟む干し棚をその場で作った。
「店の人は、料理より虫を見るんだね」
「料理は、マーヤさんの方が分かります」
「あんたは?」
「売ったあとに起きることを見ます」
油の小瓶を並べ、使用回数を示す木札を鍋の取っ手へ掛ける。一回使うたび、白い面から赤い面へ一枚ずつ裏返す。
「三枚とも赤くなったら終わり」
「分かりやすいけど、客の前より緊張するね」
マーヤは笑いながら、最初の一枚を裏返した。
雨宮は調理場の見取り図を描き、確認した場所へ丸をつけた。マーヤにも一枚渡す。
「店だけが持つんじゃないのかい」
「変えた時に、どちらの記録が正しいか確認するためです」
「本当に紙が好きだね」
「嫌いにならないために、正しく使っています」
帰り道で畑の赤い光が弱くなった時、雨宮はようやく足を速めた。
宗久が店へ戻ると、ガルドとロアンが閉店作業を終えたところだった。
売れ残った小芋はない。朝の十二個も、追加分もすべて売れている。
「買った客を捜すぞ」とロアン。
「全員の家は分からない」
「じゃあ、どうする」
店の鐘を鳴らす。火事や盗難と同じ鳴らし方では、町中を騒がせる。開店を知らせる時と同じ、短い音を三回鳴らした。
入口へ、赤く光る小芋の見本を透明板越しに置く。
『赤く光ったら食べない』
『芽が伸びたら店へ持ってくる』
『水をかけて保管しない』
リリアが絵札を描き、ロアンとユノが市場へ同じ内容を知らせに走った。
「売った物を、危ないと言うの?」とリリア。
「危なくなる条件が分かった。黙っている方が危ない」
「返しに来たら、お金も返す?」
「返す。今夜は食べずに、明日確認してもらう」
最初に戻ってきたのは、五個袋を買った母親だった。
「袋が温かい気がする」
台の上へ広げる。五個とも光っておらず、芽もない。重なっていた中心だけが、人肌ほど温かい。
「濡らしましたか」
「洗って、袋へ戻した」
やはり水だった。
返品を受け、代金を返す。食べられないと決めたわけではないが、今の説明で売った商品ではない。
二人目は一個売りの客。三人目は五個袋を開けたまま持ってきた。閉店から一時間で、十四人が確認に来た。光った小芋はなかった。
「返品ばかりです」とシャルナ。
「今夜はそれでいい」
返ってきた小芋は販売せず、濡れた物と乾いた物に分けた。
翌朝までに、濡れた七個から芽が出た。乾いた物は変化なし。
「商品を止めますか」と雨宮。
調理場確認を終え、夜遅く戻った雨宮が記録を見ている。
「止めません。袋売りを止めます」
一個ずつ、または通気穴のある浅い籠で五個。持ち帰ったら洗う前に必要な分だけ出す。残りは乾いたまま広げる。
売り方を変えれば扱える。
「マーヤさんの方は?」
「調理場は狭いですが、清潔でした。生肉は扱っていません。油の使用回数も記録できます」
雨宮が机へ薄切り芋の商品申請書を置いた。
「八包み、銅貨七枚。翌日へ持ち越さない。売れ残りは店が廃棄します」
「マーヤさんが持ち帰る話では?」
「販売を始めた商品を家へ戻すと、次の日に混ざる可能性があります。本人も納得しました」
宗久は申請書を確認した。作った人、場所、材料、油の使用回数、製造時刻。小芋の新しい持ち帰り方法も添える。
翌日の営業で、薄切り芋八包みは正式に棚へ並んだ。
開店から一時間で、八包みすべてが売れた。
「もっと作ればよかった」とマーヤ。
「次は十二包みです」
「一気に二十じゃないのかい」
「調理場を見ましたから、四つ増やします」
マーヤは不満そうにしながら、空の籠を抱えた。その口元は笑っていた。
小芋の売場では、客が一個ずつ選び、穴の開いた浅籠へ入れている。昨日返品した母親も戻り、今度は三個だけ買った。
「洗ったら戻さない。覚えたよ」
畑が動き、商品を回収し、売り方を変えた。
それでも店は、次の日も開いた。
閉店後、机には新しい仕入れ希望の品が置かれていた。
紫色の根が六本。
その下に敷かれた契約書には、品物を持ってきた者とは別の名前が書かれていた。




