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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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売り切れは成功ではない

熱かった袋の口を開くと、小芋の間から赤い葉が出てきた。


「畑の葉が混じった?」とユノ。


 エダンが首を振る。


「違う。芽だ」


 収穫から半日しかたっていない。それなのに、袋の中心にあった小芋から指ほどの芽が伸びていた。


 宗久はすぐに三袋を離し、熱を測った。残り二袋は問題ない。熱い袋だけ、底が湿っている。


「川沿いで荷車の車輪を洗った」とエダン。「少し水がかかったかもしれない」


 小芋は、暗さだけでなく水分でも芽が動く。芽が伸びる時に熱を出すらしい。


「この一袋は売りません」と宗久。


「傷んだところを除けば食える」


「食べられるかもしれない。でも、保管条件が違う物を同じ商品として出せない」


「一袋分、金はいらない」


「返品しない契約です。三袋分払います」


 エダンは納得しなかった。


「店が損をする」


「店の確認が足りなかった分でもあります。次から、濡らさないことを契約に足します」


「俺が黙っていたら?」


「次の契約はありません」


 エダンは熱い袋を見下ろした。


「川の水を言ってよかった」


「はい」


 販売できるのは二袋、約二百個になった。


 試験販売の値札には、一個売りと五個袋を用意した。浅い籠へ一段に並べ、売場の上に大きな絵札を出す。


『家では袋から出す』


『濡らして置かない』


『芽と緑の部分は食べない』


 文字を読めない客へ、ユノが実物を見せながら説明した。


「水で洗っちゃいけないの?」


「料理の直前なら洗っていいです。濡れたまま袋に入れないでください」


「面倒ね」


 最初の客は買わなかった。


 二人目は一個だけ。三人目は絵札を見て、白根の方へ移った。


 エダンの顔が曇る。


「やっぱり、小さい芋は売れない」


「まだ開店したばかりです」


「昨日も聞いた」


 宗久は調理実演を始めた。


 茹でた小芋を半分に切り、塩と植物油を少量かける。油を塗った表面を鉄板で焼くと、黄色い断面に焦げ目がついた。


 香りに気づいた客が集まってくる。


「試食は一人半分です」とリリア。「買わなくても食べられます!」


「最後を大声で言わなくていい」と雨宮。


 子どもが口へ入れ、目を丸くした。


「甘い」


 母親が五個袋を取る。隣の男も一個を手にした。


「油も必要か」


「茹でるだけでも食べられます。焼くなら、この油が使えます」


 小芋、塩、植物油が同じ籠へ入る。


 昼の鐘が鳴る前に、一袋目が空になった。


「売れた!」


 エダンが空の籠を持ち上げた。


「二袋目を全部出しますか」とユノ。


「半分だけ」と宗久。


「隠すのか」


「保管場所から一度に出さないだけです」


 浅く並べられる数には限りがある。補充のたびに熱と芽を確認する。売れる速さより、安全に出せる速さを優先した。


 午後、二袋目も残り二十個になった。


 そのころ、隣の白根は一つも売れていなかった。


「小芋が白根の客を取った」とユノ。


 白根を納めるグレンが、腕を組んで二つの籠を見比べている。橋が壊れたため入荷は少ない。それでも、残ったままなら面白くない。


「新しい畑を見つけたら、古い畑はいらないか」とヴァルド。


「料理が違います」と宗久。「白根は肉と煮る。小芋は焼いて食べる客が多い」


「客は、安い方へ行っただけだ」


 小芋は一個では安い。しかし、試食を見た客は五個袋と油を一緒に買っている。白根を一個買うより、籠の合計は高かった。


 雨宮が購入記録を確かめた。


「昨日、白根を買えなかった客の半分が小芋を買いました。でも、残り半分は何も買わずに帰っています」


「代わりにはなっていない?」とユノ。


「一部だけです」


 宗久は白根の献立札を、小芋の隣へ移した。競わせるのではなく、煮込みには白根、焼くなら小芋と、使い分けを見せる。


「隣に置けば、もっと取られる」とヴァルド。


「離すと、同じ物だと思われます」


 夕方、一人の客が小芋五個と白根一個を同じ籠へ入れた。


「両方買ったぞ」とヴァルド。


「そういう店にしたいんです」


 ヴァルドは返事をせず、曲がった献立札をまっすぐに直した。


「完売にできます」とリリア。


 閉店まで、あと一時間。客はまだ来る。


「完売にすることが目的じゃない」と宗久。


「全部売れた方がいいんじゃないの?」


「明日も営業する」


 今日すべて売れば、次の営業日に小芋がない。エダンへ今から追加を頼んでも、夜の収穫と運搬になる。急がせれば、また濡れた袋や傷んだ物が混じるかもしれない。


「十個残して、明日の最初の客へ売ります」と雨宮。


「わざと残す?」とエダン。


「今日の最後の十人より、明日の最初の十人を選ぶわけではありません」と宗久。「次もある店だと分かってもらうためです」


 売場には『本日あと十個』ではなく、『明日も販売』の札を出した。


 閉店時、十二個が残った。


 売れ残りではない。翌日分として決めて残した在庫だ。


 ただし、夜の間に状態が変われば販売しない。浅い網へ並べ、当番のガルドが閉店二時間後に一度だけ温度を確認することになった。


「泊まって見張る」とガルド。


「泊まらなくていい」と宗久。


「熱くなったら?」


「連絡して、外の屋根下へ移す。水はかけない」


 深夜の監視まで始めれば、週三日営業でも店員がもたない。商品に合わせて人を縛るのではなく、保管方法を変えるべきだった。


 小芋の初日販売は百八十八個。廃棄予定の一袋を含めても、仕入れ代と調理実演の費用は回収できた。


 売上だけなら成功だった。ただし、試食を焼いたリリアは午後の品出しに入れず、ユノは説明を百回近く繰り返した。通常の商品より、売るための手間がかかっている。


「毎回試食するの?」とリリア。


「次はしない」と宗久。「料理札と、焼いた見本を置く」


「冷めたらおいしく見えないです」とネネ。


「本物じゃなくて絵にします」と雨宮。


 絵だけで伝わらなければ、決まった時刻に一度だけ実演する。売れるたびに作り方を一から話していては、他の売場が止まる。


 商品が売れたかだけでなく、同じ売り方を続けられるか。それも次の仕入れ数を決める条件になった。


「売り切れじゃないのに成功?」とエダン。


「明日、残した十二個を売れたら成功に近づきます」


「全部売れたら?」


「次の仕入れを少し増やします」


「何袋だ」


「四袋」


「一袋しか増えないのか」


「一袋増えます」


 言い方を変えただけで、エダンは少し笑った。


 翌朝、十二個はすべて問題なかった。開店から三十分で売れた。


 宗久が次回四袋の注文書を書いていると、青果売場からユノが呼んだ。


「店長、小芋が戻ってきました」


 昨日買った客が、布に包んだ物を差し出している。


 中には、紙のように薄く切られ、油で揚げられた小芋が入っていた。


「これを一号店で売ってくれって」


 香ばしい匂いに気づき、レジに並んでいた客まで振り返った。


 売れそうだった。


 だからこそ、宗久はその場で受け取らなかった。


 店は営業中だった。


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