小芋を何袋仕入れるか
「箱から出してください!」
雨宮が叫んだ。
冷暗所に置いた小芋から、白い湯気が上がっていた。
ユノとガルドが十個を床の金属盆へ移す。芋同士が離れると、湯気は少しずつ消えた。
「火はありません」とユノ。
「焦げてもいない」とロアン。
常温で広げた十個は、わずかに温かい。冷蔵箱の十個は冷えたまま。狭い木箱に重ね、暗い場所へ置いた物だけが熱を持った。
「暗いと熱くなる芋か」と宗久。
「便利じゃない?」とリリア。「冬に抱けば温かい」
「食べ物として売る予定です」
雨宮は芋を抱こうとしたリリアから盆を遠ざけた。
翌日、宗久とユノはエダンの畑へ向かった。
店は非営業日。雨宮は約束どおり休みで、ロアンとガルドが保管庫を確認する。何かあれば通信機を使うが、契約は進めない。
エダンの畑は、町の南門から歩いて一時間ほどの斜面にあった。
土の間から、丸い葉がいくつも出ている。日が当たるたび、葉の縁が赤く光った。
「夜明け前に掘る」とエダン。「日が高くなると、土の中で熱くなる」
「収穫したあと、暗い箱へ入れるのは?」
「やらない。籠に薄く広げる」
店へ持ってきた時は、荷車の上で二段に重なっていた。売場の木箱はさらに深い。日本の青果と同じように積めば、熱が逃げない。
「店で保管方法を間違えたんですね」とユノ。
「売る前に分かってよかった」
畑の隣には、屋根だけの乾燥小屋がある。収穫した小芋は網の上へ一段に並べていた。風が通り、日差しは入らない。
エダンの母親が、昨日持ち帰った芋を鍋へ入れた。
「緑のところは?」と宗久。
「苦いから厚く取る。芽が伸びた物は家畜にもやらない」
理由は分からなくても、長年の経験で危険を避けている。
茹でた小芋は、黄色くほぐれた。塩だけで食べると、日本のじゃがいもより甘い。飲み込んだあと、舌にわずかな辛さが残る。
「おいしい」とユノ。
「一個で止めよう」
安全確認が終わる前の試食だ。家族が日常的に食べている事実は参考になるが、それだけで客へ売ることはできない。
エダンの妹が、納屋から二つの籠を持ってきた。
一つには薄茶色の芋、もう一つには緑色の芋が入っている。
「緑のは別にしてる」とユノ。
「子どもが間違えないように、籠も変える」と妹。
薄茶色は丸い籠。緑色は四角い籠。文字を読めなくても、形で区別できる。
「店でも使えますね」とユノ。
宗久は持ってきた販売籠を見た。どの商品にも同じ四角い木箱を使っている。札が落ちれば、見分ける方法がない。
「危険な物を分けるのは、札だけじゃ足りないな」
「緑の芋は、売場へ入れないんですよね」
「入れない。それでも選別する場所では分ける」
畑で続いてきた工夫を、店のやり方に直す。一号店が日本から持ち込むことばかりではなかった。
エダンの母親は、芽の出た芋を半分に切った。中心に赤い筋が走っている。
「ここまで赤ければ、全部捨てる」
「赤くなければ?」
「芽の周りを大きく取る。でも、よその家へは出さない」
自宅で食べる基準と、客へ売る基準は違う。その線引きも、一号店と同じだった。
宗久は畑の水、使っている肥料、収穫後の保管、過去の食中毒を一つずつ尋ねた。ユノが絵と現地文字で板へ残す。
「こんなことまで聞く店は初めてだ」とエダン。
「答えられないと買わないのか」
母親が鍋の蓋を閉める。
「分からないことは、分からないと記録します。嘘をつかなければ、それだけで断りません」
「昨日も、買うとは言わなかったな」
「今日は、買いたいと思っています」
エダンが初めて笑った。
「何袋だ」
宗久は畑を見渡した。
小芋はたくさんある。市場で売れず、家族だけでは食べ切れない。だからといって、全部を買えばよいわけではない。
「まず三袋です」
笑顔が消えた。
「それだけか」
「一袋に何個入ります?」
「百くらいだ」
「店で売れなければ、三百個が残ります」
「白根は売り切れたんだろ」
「白根を買いに来た人が、小芋を買うとは限りません」
似た食材でも、値段、料理法、保存日数が違う。しかも一号店では、熱を持つ性質を客に説明しなければならない。
「十袋なら安くする」とエダン。
「安いから増やすと、売れ残った時に値下げします。次は、もっと安くしないと売れなくなる」
「値下げすれば客は喜ぶ」
「最初だけです。畑へ払う金まで減ったら、来年作れません」
宗久は三袋分の代金を示した。市場で料理屋へ卸す小芋より、少し高い。ただし、形が悪く傷んだ物は除く。運賃は別に払う。売れ残っても返品しない。
「十袋を安く買うより、三袋を決めた値段で買います」
エダンの母親が、宗久の板をのぞき込んだ。
「次も三袋かい」
「売れ方を見て決めます。五袋になるか、一袋になるか、ゼロになるかもしれません」
「正直すぎて、商売が下手に聞こえるね」
「よく言われます」
ユノが隣で笑った。
契約内容は、宗久が読み、ユノが現地の言葉で言い直した。畑の絵、三つの袋、代金、返品なし、次回数量は未定。エダンだけでなく、母親と妹にも確認してもらう。
全員が自分の言葉で説明できたところで、初めて印を押した。
「紙が、言ったことと同じだ」とエダン。
「違ったら印を押さないでください」
三袋を店へ運ぶのは、次の営業日前日になった。
帰り道、ユノが尋ねる。
「店長なら、五袋にすると思いました」
「俺も畑を見るまでは五袋と思ってた」
「減らした理由は?」
「量が多かったから」
畑には、売れなかった小芋が山ほどある。エダンは期待している。たくさん買えば、その日は喜ばれる。
だが、一号店で売れ残れば、次の仕入れを止めることになる。最初から無理のない量で、継続して買う方がよい。
店へ戻ると、雨宮はいなかった。
「本当に休んでる」とユノ。
「休みなんだから、いなくていい」
宗久は少しだけ物足りなく感じたが、口には出さなかった。
保管庫では、冷蔵した小芋が黒く変色していた。低温にも弱いらしい。
「暗い箱では熱くなる。冷やすと黒くなる」とロアン。「面倒な芋だ」
「売場へ山積みはできないな」
浅い籠に一段だけ。日を遮りすぎず、店内の照明も直接当てない。客には家で袋から出すよう伝える。
宗久たちは、売り方の試験を始めた。
緑色の物、芽がある物、傷が深い物を見本として一つずつ残す。食べられる見本と混ざらないよう、赤い蓋の容器へ入れた。
「これ、売場に置いたら危なくない?」とリリア。
「透明な板の向こうに置きます」とユノ。「客は触れません」
悪い状態を絵だけで示すより、実物の方が伝わる。ただし、見本自体が商品に戻らない仕組みが必要だった。
ロアンが赤い蓋へ大きな穴を開けようとする。
「何をしてる?」
「捨てる時、食べ物の箱に戻せないようにする」
「それでいい」
宗久は、見本を見せ終えた時刻まで記録した。いつまでも置けば、腐った状態を安全な見本だと思われる。
商品の売り方を決める作業は、商品の良いところを見せるだけではなかった。
翌朝、三袋の小芋が届いた。
だが、袋を開ける前から、一袋だけが熱かった。




