店員全員が休んでいない
「休憩した人は、手を上げてください」
閉店後の売場で、手は一本も上がらなかった。
宗久も上げられない。
「店長は昼にパンを食べてた」とリリア。
「会計台で立ったまま、報告を聞きながらです。休憩ではありません」
雨宮が勤務表へ赤い線を引いた。
開店から閉店まで七時間。準備と片づけを入れれば九時間近い。全員が交代で水を飲み、余った試食を口へ入れただけだった。
「忙しかったから仕方ない」とロアン。
「次も同じでは続きません」と雨宮。
「市場の店は休んでない」とユノ。
「一人でやっている店と、雇用契約のある店は違います。うちは休憩時間を約束しています」
開店準備の時に作った雇用契約には、一日六時間を超える場合、途中で半刻以上休むと書いてある。
「契約違反は店側です」と雨宮。
宗久は自分の名前がある勤務表を見た。
「俺たちも取れてない」
「店長と副店長は日本の就業規則もあります」
「今日は何時間です?」
「聞きたいですか」
「やめておきます」
「やめても減りません」
雨宮は宗久の勤務開始時刻から計算した。十時間二十分。休憩なし。
「副店長は?」
「十時間十分です」
「似たようなものですね」
「競っていません」
忙しいから残る。責任者だから休まない。日本の店でも何度も見てきた働き方だった。それを異世界の一号店へ持ち込んでいる。
「次の営業は、休憩を先に決めます」
雨宮が勤務表を二つに分けた。
開店担当と閉店担当。
全員が朝から最後までいる必要はない。ガルドとポルカは開店前の設備確認。ユノは昼まで。リリアとロアンは時間をずらして出勤。ネネは精肉と試食がある時間を中心に入る。
「店長と私は?」
「どちらか一人は必ず売場にいる。休憩も交代です」
「先に休んでください」
「店長が先です」
「責任者が二人とも譲ると、どちらも休めません」
ロアンが呆れた顔で言った。
「銅貨を投げて決めたら?」
「勤務を運で決めません」と雨宮。
曜日ごとに先番を交代することにした。次の営業日は宗久が先に休憩、その次は雨宮。
「俺が休んでいる間に問題が起きたら?」
「私が対応します。私の休憩中は店長が対応してください」
「分かってます」
「任せられませんか」
責める口調ではなかった。
「任せられます。ただ、自分がいないときに何か起きるのが嫌なだけです」
「私も同じです。でも、それでは二人いる意味がありません」
雨宮の言うとおりだった。
休憩場所は、売場奥の木箱を置いていた部屋に作った。机一つ、椅子二脚、水差し。売場から呼ぶ場合は、入口の鐘を二回鳴らす。急ぎでなければ休憩後まで待つ。
半刻の休憩中は、原則として呼び戻さない。火事、怪我、暴力、冷蔵設備の停止だけを例外にした。
「客が店長を呼べと言ったら?」とロアン。
「休憩後に話します。連絡先を聞いてください」
「怒って帰るぞ」
「いつでも店長を出したら、俺がいない日は営業できない」
宗久の休憩中はロアンを売場責任者にした。
「俺が?」
「値段と相場を一番知ってる」
「失敗したら?」
「記録して、戻ったら一緒に直す。ただし怪我と大きな返金は勝手に決めない」
リリアは入口、ガルドは安全と出口、ネネは生鮮と調理、ポルカは設備、ユノは空き容器と軽い商品の補充を担当する。
「ユノにも担当がある」とリリア。
「缶詰の箱は持たせません」と雨宮。
「一個ずつなら持てる」
「一個ずつ運んでください。速さより安全です」
名前だけでなく、呼んでよい問題を絵札にした。火はガルド、肉はネネ、値段はロアン。問題が全部店長へ集まらない売場を作る。
「休んでる人に話しかけちゃだめ?」とリリア。
「雑談ならいい。でも仕事の質問は、売場にいる人へ」
「店長が寝てたら?」
「起こさないでくれ」
「寝る気ですか」と雨宮。
「たとえばです」
次の営業日。
出勤時刻が変わったため、最初に来たガルドは扉の前で待っていた。
「鍵がない」
「開店担当のポルカが持っています」
「前は店長がいた」
「今日から毎回、俺が最初ではありません」
鍵を持てる者は宗久、雨宮、ポルカの三人に増やした。受け渡しを記録し、持ち帰る人も日ごとに決める。早番を作るなら、開店できる人間も増やす必要がある。
ポルカが到着し、ガルドと二人で封印と電源を確認した。宗久はその二十分後に出勤した。
「本当に遅く来た」とリリア。
「計画どおりです」
「寝坊じゃない?」
「違う」
雨宮も開店一時間後に入った。代わりに閉店確認まで残る。
「副店長がいなくても会計を開けられました」とロアン。
「昨日練習しましたから」
「心配じゃなかった?」
「心配でした」
雨宮は素直に認め、開店時の記録を確かめた。問題がないことを知ると、担当したロアンの印の横へ確認印を押した。
「任せるって、何もしないことじゃないんだな」
「あとで確認できるようにして、任せるんです」
全員が同じ時刻に来ないだけで、準備室の混雑も減った。仕事のない人が待つ時間もなくなり、賃金は必要な時間へ使える。
遅番の雨宮が来るまで、宗久は会計へ入らなかった。責任者が何でも先にやると、担当者の練習機会を奪う。ロアンの読み上げを横で確認し、間違いがない限り口を挟まなかった。
任せることも、店長が覚えなければならない仕事だった。
開店準備は、前回より一時間遅く始めた。商品札と器具を前日に用意し、当日は鮮度と温度の確認へ絞ったためだ。
朝一番に来たリリアが、肉白根パンの材料を出そうとする。
「それ、まだ早い」とネネ。「肉は焼く直前まで冷やす」
「前は全部並べてた」
「前が間違い」
同じ作業を減らすだけでなく、早すぎる準備も止めた。
開店後、最初の休憩は宗久だった。
「半刻、売場へ出ないでください」と雨宮。
「鐘が二回鳴ったら?」
「私が呼びます」
休憩室へ入り、肉白根パンと水を置く。
扉の向こうから、客の声、会計皿の音、リリアの呼び込みが聞こえる。気になって、三度立ち上がった。
一度目は座り直した。
二度目も座った。
三度目、商品が落ちる音がして扉へ手をかけた。
鐘は鳴っていない。
「休めと言ったのは自分だろ」
声に出して、また座った。
半刻後、売場へ戻る。
「何かありました?」
「スポンジを食べようとした客が一人」と雨宮。
「また?」
「札を読まず、匂いを嗅いだだけです。リリアさんが止めました」
店長がいなくても解決していた。
「売上は?」
「休憩中に二十二件です」
「問題ないですね」
「最初からそう言っています」
午後は雨宮の休憩だった。
会計は宗久とロアン。釣り銭を一枚ずつ読み上げ、商品番号を照合する。途中、客が返品を申し出た。
買った石けんが思ったより匂うという。
「使用済みですか」
「一度だけ水につけた」
食品ではないが、使用済みの商品を再販売はできない。説明札には香りが強いと書いてある。
「返品は受けます。ただし再販売できないので、次回から匂い見本を用意します」
宗久の判断を記録し、雨宮の休憩後に共有した。
「呼ばなくても大丈夫でしたね」
「少し迷いました」
「私も二十二件、気になっていました」
二人とも、休むのが上手ではない。
それでも全員が決めた休憩を取った。閉店作業は前回より三十分早く終わった。釣り銭も在庫も一度で合った。
「休んだ方が早く終わるの?」とリリア。
「疲れて間違える回数が減るからな」
十四日間の継続試験は、残り一日。
最後の営業を前に、本社から一枚の評価表が届いた。
休む仕組みを整えた直後に、別の難題が届いた。
しかも本社からだ。
売上目標の欄には、現在の一日平均の三倍が書かれていた。




