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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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33/110

スポンジは菓子ではない

「吐き出してください!」


 宗久が駆け寄ると、客は黄色いスポンジを口から出した。


 一口かじられている。飲み込んではいない。


「口を水ですすいで。リリア、治療師を呼んで」


「食べ物じゃないの?」


「台所を洗う道具です」


「甘い匂いがした」


 日本のスポンジには、洗剤を含ませた商品もある。試験用に届いた物は無香料のはずだった。


 袋を確認すると、隣に置いた固形石けんの香りが移っている。食べ物ではない絵札は棚の下へ落ちていた。


「誰かが外した?」とロアン。


「留め具が緩んでいます」と雨宮。「商品を取るときに当たって落ちた可能性があります」


 また妨害だと決めつける前に、売場を確認する。


 札は紐で棚へ結んでいたが、客が商品を引き出す側と同じ場所を通っている。スポンジを一つ取るたび、紐が擦れる作りだった。


「店の置き方が悪い」と宗久。


 客は水ですすいだあと、治療師の確認を受けた。口の中に傷はなく、飲み込んでもいない。しばらく店内で様子を見る。


「治療費を払え」と本人。


「店で負担します。売場表示が外れていました」


「菓子だと思って買ったんだ」


「会計は?」


 雨宮が尋ねる。


「まだだ」


「未会計の商品を食べないでください」


「試食だと思った」


「試食には木串と試食札があります」


 客の勘違いと、店の表示不備。どちらか一方だけが原因ではなかった。


「食べ物と生活用品を、棚一つ分離します」と宗久。「間に空の棚を置く」


「空の棚はもったいない」とロアン。


「口へ入るよりいい」


 生活用品の棚には青い布を敷き、すべての値札へ水桶の印をつけた。食べ物側は白い布。床にも青い線を引く。


 スポンジは透明な箱へ入れ、見本だけを鎖で棚へつないだ。客が勝手に口へ運べないが、触り心地は確かめられる。


「柔らかいから、やっぱり菓子みたい」とリリア。


「食べないでください」


「食べないよ」


 少し間があったので、宗久は見本をリリアから回収した。


 日本の固形石けんも、現地の獣脂石けんも、袋へ入れて香りが漏れないようにした。説明札には、手、布巾、皿を洗う絵を並べる。


「全部同じ石けんなの?」と客。


「使う場所が違います」


 ネネが、油を塗った木皿を三枚持ってきた。


 一枚は湯だけ。二枚目は現地の獣脂石けん。三枚目は日本の固形石けんで洗う。


 湯だけでは脂が残る。獣脂石けんはよく落ちるが、香りが強い。日本の石けんは泡が出るものの、この街の水では脂が少し残った。


「日本の方が高いのに、落ちないじゃないか」と客。


「この水では、油汚れに現地品の方が向いています」


 宗久が答えると、客が驚いた。


「売りたい品を悪く言うのか」


「悪いのではなく、向いている場所が違います。日本の石けんは香りが弱いので、手洗いには使いやすい」


 リリアが両方で手を洗った。獣脂石けんは手へ香りが残る。日本の石けんは泡切れが遅いが、乾けばほとんど匂わない。


「料理する前は、こっち」


 リリアは日本の石けんを選んだ。


「服を洗うなら?」


「現地の方」


 客は獣脂石けんを二個、日本の石けんを一個買った。


 どちらかを売るために、もう一方を下げる必要はない。用途を分ければ、同じ売場に置ける。


 日本のスポンジは、最初の一時間で一個しか売れなかった。


「触る人は多いのに」とユノ。


「何に使うか、まだ分かりにくいんだ」と宗久。


 ポルカが食器を洗う様子を見ていた。


「これは、鍋の煤には弱い」


「固い面もあります」


 裏側の研磨面で擦ると、木皿には細かな傷がついた。


「木には使わない方がいいですね」


「じゃあ何を洗う?」


「金属鍋と、保存容器」


 この街の家庭では、金属鍋を持つ家は多くない。対象となる客が少なかった。


「日本で売れている物が、ここでも売れるとは限らない」と雨宮。


「次の発注は止めましょう。残り四個が売れてから」


「本社へ理由を書きます」


 使用対象が少ない、現地の水と食器に合わない、食べ物と誤認される。売れない理由は三つあった。


 代わりに現地の布巾が売れた。


 客からは、冬に布が乾かない、灰で手が荒れる、獣脂石けんを鼠がかじるという話も出た。


「鼠が石けんを食べるの?」とリリア。


「獣脂だからな」とロアン。


 ポルカが、濡れた石けんを乾かしながら鼠を防ぐ蓋つき木箱を試作した。底へ穴を開けただけでは石けんが張りつき、二作目では底を斜めにした。


「いつ売る?」


「七日使って、割れないか、乾くか、洗えるか確かめてから」


 腐らない生活用品でも、売る前の確認は必要だった。


 試作品には商品札ではなく、赤い「販売前」の札をつけた。客が欲しいと言っても、その場では売らない。完成を急いで事故を起こせば、スポンジの表示ミスと同じことを繰り返す。


 売れる前に、まず使える物にする必要がある。


 布巾を納めた雑貨商の女は、完売を聞いてすぐ店へ来た。


「次は三十枚持ってくる」


「十五枚でお願いします」


「売り切れたんだろ」


「肉屋と魚屋がまとめて買った分が六枚あります。毎回同じ人が来るとは限りません」


「二十枚」


「十六枚。売り切れたら次を十八枚にします」


「細かい男だな」


「よく言われます」


 十六枚で契約した。ロアンが交渉額と仕入れ値を記録する。


「店長、負けた?」


「一枚分だけな」


 一度だけ三十枚買うより、十六枚を継続して買う方が生産者にも店にもよい。


 石けんの購入者にも用途を聞いた。獣脂石けんは洗濯と鍋。日本の石けんは調理前の手洗いと、香りを嫌う宿屋に選ばれている。


「宿屋へ売りに行く?」とユノ。


「商品を抱えて押し売りには行かない。使い方の見本だけ持って、店を案内する」


 宿屋組合の会合で、二種類の手洗い比較を見せる許可を取ることにした。


 吸水量の違いを見せると、肉屋や魚屋がまとめて買っていく。十枚すべてが昼までになくなった。


「布巾を増やすと、また八百屋から遠くなるな」とロアン。


「遠くなっていい。スーパーだから」


 宗久は生活用品の棚に、次回入荷の札を出した。


 午後、治療師から報告が届く。スポンジをかじった客に異常はない。


 安心した直後、雨宮が売上表を持ってきた。


「肉白根パン二十個、布巾十枚、石けん十二個。新商品は動いています」


「スポンジは一個」


「それも記録します」


「全体では?」


「前回より売上は増えました。ただ、調理の人件費と警備費を入れると、まだ赤字です」


 商品を増やせば、作業も増える。売上だけを見て喜べない。


「次は何を減らします?」


「商品じゃなく、同じ作業を二度やっているところを探そう」


 宗久が答えると、雨宮は勤務表を開いた。


 開店準備から閉店作業まで、全員の仕事を書き出す。


 売上が増えた分だけ、見落としていた負担も増えていた。


 そこで、誰も休憩を取っていないことが分かった。


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