ごみを買った男は客だった
「この男、試験営業の日に来ています」
リリアが、警備隊の似顔絵を指さした。
右耳を覆う革具を外した顔。乾麺を十袋買い、偽物を売り、グレンの荷車を盗ませた男だ。
「何を買ったか覚えてる?」
「乾麺と、白根。あと、籠を返さず持って帰ろうとした」
「籠も?」
「出口でガルドが止めた」
ガルドが腕を組む。
「返せと言ったら、間違えたと笑っていた」
客として店内を一周し、入口、出口、会計、裏口の位置まで見ている。翌日には偽の紙回収人として裏口へ来た。
「顔を隠してなかったのか」とロアン。
「最初の日は耳の革と口元の布。紙を回収した日は帽子をかぶっていた」とポルカ。「同じ男だとは思わなかった」
似顔絵を店員全員で確認し、名前が分からないため『革耳の男』と呼ぶことにした。
「本名はダルクだ」と警備隊員。
「捕まったんですか」
「モルガが話した。港町から流れてきた転売屋だ。セドルから、偽物の売上三割を受け取る約束だった」
ダルクはまだ見つかっていない。
南門から出た記録も、宿へ泊まった記録もない。街のどこかに潜んでいる可能性が高かった。
「冷蔵箱へ細工する予定だったと言っています」と雨宮。「具体的には?」
モルガの供述では、電源線を抜き、扉を閉じたままにする。外からは動いているように見せ、肉白根パン用の肉を傷ませるつもりだった。
「冷蔵箱が止まれば、音で分かります」と宗久。
「看板と調理器具を切り替える時間を狙う予定だったそうです」
大看板の電力不足を調べてから、電力を使う設備は何度も切り替えるようになった。運転音が止まっても、店員が不審に思わない時間がある。
「温度記録があります」と雨宮。
「記録する間隔は一時間です。止められた直後なら分からない」
冷蔵箱の扉へ、温度が上がると色の変わる魔石札をつけることにした。冷え石を扱う商人から借りた物で、青から白へ変わる。
「電気が止まっても動くの?」とユノ。
「温度で変わるから、電気はいらない」
「魔法なのに便利だ」
「魔法は便利だろ」とロアン。
「使う人が間違えれば、電気と同じです」と雨宮。
札を扉の内側と外側に一枚ずつつける。開けたときだけ見える札は、冷気が保たれていた証拠になる。外の札だけ交換されても、二枚を比べれば分かる。
電源線には封印紐を通した。切れば印がずれる。確認は開店前、昼、閉店時の三回。冷蔵箱を担当するネネと、別の一人が署名する。
「また紙が増えた」とロアン。
「冷蔵庫の肉を捨てるより軽いです」と雨宮。
肉白根パンの販売準備も止めなかった。
二百個ではなく二十個。薄切り肉、白根、パンの納品時刻をずらし、肉は最後に受け取る。調理台には生肉と加熱後を分ける赤と青の紐。手洗い水は一定時間ごとに交換する。
ボルツが持ってきた肉は、前回の反省を受け、冷え石から木網一枚分離してあった。
「途中の温度は?」
「ここだ」
三か所の数字が木札へ書かれている。ネネが匂いと色を確認し、宗久が温度を測る。今度は十食分すべて問題なかった。
「俺の肉は悪くない」とボルツ。
「前回も肉そのものは悪くありません。運び方が悪かった」
「客にも言え」
「値札へボルツさんの店名を書きます」
パン職人長からは、朝焼き十個と前日の夕方パン十個が届いた。値段は違う。肉白根パンに使うときも、客が選べるよう札の色を分けた。
朝焼きは銅貨十二枚。夕方パンは銅貨十枚。
「中身は同じ?」とリリア。
「同じ。パンだけ違う」
「十枚の方が売れる」
「食べ比べてもらおう」
調理前に、パンだけを小さく切って試食へ出す。朝焼きは香りがよく、外が硬い。夕方パンは焼き直すと表面が戻り、中は少し乾いている。
「肉を挟めば分からん」とボルツ。
「分からないなら、安い方を選ぶ客もいます」
「だったら全部古いパンでいい」
「朝焼きを選ぶ人もいます」
実際、試食した二十人のうち、朝焼きを選んだのは八人。夕方パンは十二人だった。
開店すると、肉白根パンの前に列ができた。
調理台は客から見える位置へ移していた。ネネが生肉用の赤い柄の包丁を使い、焼いた肉は青い柄の道具でパンへ挟む。手袋を替えるたび、リリアが札を一枚裏返した。
「なぜ数えてる?」と客。
「二十個より多く作らないためです」
三個目を作るとき、ネネが肉を一枚床へ落とした。
「洗えば使える」と見ていた客。
「使いません」
廃棄皿へ入れ、記録札を増やす。床へ落ちた肉は、もう売らない。
「もったいない」とリリア。
「次から落とさない置き方にする」
作業台の端へ小さな縁をつけ、肉皿を奥へ移した。捨てた事実だけで終わらせず、同じ一枚を減らす。
客の前で廃棄したことで、隠して使わないことも伝わった。ボルツは不満そうだったが、店が受け取ったあとの失敗なので肉代は契約どおり支払われる。
「なら次は落とすな」とボルツ。
「聞こえてる」とネネ。
四個目からは一枚も落とさなかった。
最初の客は朝焼きパンを選んだ。二人目は安い夕方パン。三人目は値札を見比べ、朝焼きへ戻した。
「何が違う?」と宗久。
「今日の方が柔らかい。子どもに持って帰る」
次の荷運び人は夕方パンを二個買った。
「仕事中に食う。柔らかさより腹に入ればいい」
同じ商品でも、買う理由は違う。雨宮は列を止めないよう、十人に一人だけ理由を記録した。
肉白根パンを受け取った客が、店内でそのまま食べ始めた。休憩場所は缶詰の開封用に作った二席しかない。
「外で食べてください」とロアン。
「雨だぞ」
窓を見ると、小雨が降っていた。
通路で食べれば買い物客とぶつかる。宗久は空き棚を壁へ寄せ、立って食べられる板を二枚つけた。包み紙を入れる箱と、手を拭く布も置く。
「食堂にする気ですか」と雨宮。
「今日は雨宿り用です。長居する場所にはしません」
惣菜を売れば、食べる場所とごみも増える。商品だけでは終わらなかった。
食べ終えた客が、包み紙を床へ落とした。ユノが拾おうとすると、別の客が踏む。
「出口にもごみ箱が要ります」と雨宮。
「包み紙だけです。缶と瓶は回収口へ」
同じ箱へ入れれば、食べ残しの汁で再利用品が汚れる。食べ物のごみ、紙、缶と瓶を分けた。絵札には、骨、紙、容器を描く。
「客が分け間違えたら?」
「閉店後に店員が確認する。刃の残った缶があるので、素手では触らない」
ユノには厚い手袋を渡した。空き容器の仕事を任せても、危険まで任せるわけではない。
ごみ箱の確認も、閉店作業へ正式に加えた。
「一人何個まで?」
最初の客に聞かれ、宗久は答えに詰まった。
二十個しかない。乾麺の買い占めを経験したばかりなのに、惣菜の購入制限を決めていなかった。
「最初の一巡は、一人二個までにします」
「家族が五人いる」
「全員へ行き渡って残った場合は、追加で買えます」
急いで札へ書き足す。リリアが絵で、両手に一個ずつ持つ人を描いた。
朝焼き十個は、開店から二十分で完売。夕方パンは四個残った。
「安い方が残った」とリリア。
「パンだけなら選ばれた。でも肉を挟むと、朝焼きが人気だった」
価格だけでは予想できない。
残り四個も昼の鐘までに売れた。
「次は四十個作る?」とロアン。
「二十五個からです」と雨宮。「一度完売しただけで倍にはしません」
「店長みたいなことを言うな」
「副店長ですから」
そのとき、生活用品売場から悲鳴が上がった。
一人の客が、日本の台所用スポンジを口へ入れていた。
「菓子じゃないんですか!」
生活用品売場で、次の問題が起きていた。
まだ営業中だ。
食べ物ではないという絵札が、棚から外されていた。




