漏れた申請書には誤字がある
「この申請書、提出した物ではありません」
雨宮は、モルガの荷物から見つかった紙を平台へ広げた。
薄切り肉、パン三品、肉白根パン、生活用品六品。内容は先日組合へ提出した申請書と同じに見える。
「どこが違う?」
ロアンがのぞき込む。
「肉白根パンの販売数です。提出した物は一日二十個。これは二百個になっています」
「書き間違いか」
「最初の下書きで、私がゼロを一つ多く書きました」
雨宮は、提出書類の控えを隣へ置いた。二十個。訂正跡はない。
「間違えた紙は?」
「破って、店の廃棄紙箱へ入れました」
情報は組合から漏れたのではない。
店で捨てた紙が持ち出されていた。
「誰が廃棄紙箱に触れます?」と宗久。
「全員です。値札の書き損じ、発注の下書き、包装紙に使えない紙を入れています」
「捨てたあとは?」
「裏口の回収籠へ移します。紙商人が買い取り、すき直すと聞いています」
現地では紙が高い。書き損じも捨てず、回収して新しい紙にする。店として廃棄したつもりでも、紙そのものは市場へ戻っていた。
「モルガは回収された紙から探したのか」とロアン。
「一枚ずつ?」
「店の情報が欲しいなら、やるだろ」
廃棄紙箱を調べる。
蓋も鍵もない木箱に、値札や計算用紙がそのまま入っていた。仕入れ先の名前、数量、価格。読める者なら、店の予定をかなり把握できる。
「店員の勤務表まであります」と雨宮。
「いつ誰が少ないかも分かるな」
銀貨が消え、契約書へ脅迫文を入れられた日も、裏口の担当が少ない時間を知られていた可能性がある。
「紙を全部燃やしますか」とガルド。
「店の中で燃やさないでください」と雨宮。
粉の倉庫が燃えた光景を見たばかりだ。
「細かく破けば?」とリリア。
「組み合わせれば読める」とユノ。
少年は、廃棄紙箱から二枚の切れ端を拾った。片方には商品名の前半、もう片方には後半。並べると、しょうゆの発注数が読めた。
「よく見つけたな」
「屋根に使える紙を探すとき、同じ色を集めるから」
空き缶のときと同じく、暮らしの中で身につけた見方だった。
「読めない形にする必要があります」と雨宮。「日本なら裁断機を使います」
「裁断機?」
リリアが首をかしげる。
「紙を細い屑にする機械です」
「日本から持ってきますか」
「電気を使います」と宗久。「看板と冷蔵箱だけで足りないのに、紙まで電気で切れない」
ポルカが紙を一枚受け取り、木工台へ置いた。上から歯のついた板を押す。紙は縦に八本へ裂けた。
「これなら電気はいらん」
「まだ読めます」
雨宮が細長い紙を並べ直した。
今度は横向きにも切れる歯を加える。縦横に押すと、小指の爪ほどの紙片になった。
「これを、色の違う紙と混ぜる」とユノ。
「水で溶かした方が早い」とポルカ。
機密を含む紙は、細断して水へ浸し、文字が崩れたことを二人で確認する。値札や絵だけの紙は、従来どおり回収へ回す。紙を一種類のごみにせず、情報の有無で分けることにした。
「廃棄の確認者は?」
「書いた人と、別の一人」と宗久。「雨宮さんの紙を雨宮さんだけで捨てない。俺の紙も同じです」
ロアンが新しい箱へ札をつけた。
再利用できる紙。文字を消す紙。
リリアが札へ絵を描く。再利用は一枚の紙。文字を消す方は、水桶の中で紙がばらばらになっている絵だった。
「これ、紙を煮て食べるように見えない?」
「また食べ物に見えますか」
「店だから」とリリア。
紙の上へ鍵の絵を足した。十人へ見せ、秘密の紙と答えた者が七人。残り三人は宝の地図だと言った。
「大きくは間違ってない」とロアン。
「宝ではありません」
「仕入れ値は商人にとって宝だ」
雨宮は少し考え、札をそのまま採用した。
次に、紙の回収経路を調べる。
回収日は三日前。店の裏口から紙を運んだのは、紙商人の荷車だった。受取記録には、若い男の指印がある。
「いつもの人ですか」
ポルカが首を振った。
「前は白髪の爺さんだった」
「若い男の特徴は?」
「右耳が欠けてた」とガルド。
革具をつけた実行役が、紙商人になりすまして店へ入っていた。
「回収代金は?」と雨宮。
「銅貨十二枚を受け取りました」とロアン。
「偽の回収人から?」
「紙を渡して、金までもらった」
通常より高い代金を払えば、怪しまれにくい。盗むのではなく、店から正規に買った形を作っていた。
本物の紙商人を呼ぶと、回収日を勝手に変えられたと分かった。店名を書いた偽の伝言が届き、「今週は不要」と言われたという。
紙商人の作業場も見せてもらった。集めた紙は水へ浸し、木槌でつぶし、網ですくって乾かす。文字は消えるが、濃いインクは染みとして残った。
「店の紙はどこへ置く予定でした?」
「異邦の紙は白くて丈夫だ。別に分ける」
作業場に届いたあとでも狙って盗める。店から出す前に読めなくする必要があった。
「処理済みの紙は買い取り額が下がりますか」と雨宮。
「繊維が短くなるから半額だ」
差額は月に銅貨二十枚ほど。情報漏洩で出た被害より、はるかに安い。
再利用紙と処理済み紙を分けて買い取る契約へ直した。受取人は三人だけを事前登録し、顔、名前、登録札の絵を裏口へ貼る。急な変更は紙の伝言だけでは受け付けない。
店へ戻り、ポルカの手動裁断具を試した。紙を三枚重ねると歯が止まり、ガルドが力を入れて取っ手を折った。
「壊れた」
「見れば分かります」と雨宮。
ポルカは取っ手を太くし、紙を一枚しか入れられない隙間をつけた。注意書きに頼らず、重ねて入らない形にする。
細断した紙を水桶へ入れ、ユノが棒で混ぜた。
「もう読めない」
雨宮が紙片をすくい、数字や名前が残っていないことを確かめる。ユノと二人で確認印をつけた。
「俺も秘密の仕事をするの?」
「秘密を見る仕事ではありません。見えなくなったことを確かめる仕事です」
ユノは得意そうに、文字の消えた紙を回収袋へ入れた。
「伝言を持ってきたのは?」
「背の低い女だ」
モルガだった。
漏洩経路は判明した。店員の裏切りでも、組合内部の協力者でもない。
廃油と空き瓶の回収記録も確認した。どちらも回収人の顔は確認していない。偽の回収人が混じっても気づけない状態だった。
「空き瓶から何が分かる?」とリリア。
「どの商品が何本売れたか。油の瓶が多ければ、次に偽物を作るかもしれない」
「木箱は?」
「仕入れ先の印が残ってる」
裏口から出る物には、店の売上や取引先が残る。容器の印は削り、再利用できる物とできない物を分ける。必要な記録は店に残し、外へ出す物からは消すことにした。
ただし、店が申請書を読める状態で売ったことは事実だ。
雨宮は流出した下書きと、店に残っていた廃棄記録を照合した。廃棄した日、紙の枚数、確認者が空欄になっている。新しい手順では、機密紙を処理した時刻と二人の名前まで残す。紙がなくなったことではなく、読めなくしたことを確認する記録だった。
廃棄も、店の外へ出るまでは一つの仕事になる。
「回収相手の確認方法を作ります」と宗久。「次から、紙商人の登録札と顔を二人で確認する」
「紙だけですか」と雨宮。
「廃油、空き瓶、壊れた木箱。裏口から出す物は全部です」
ごみは、売場から消えたら終わりではない。
その日の夕方、警備隊からモルガの供述が届いた。
申請書を手に入れた目的は、新商品を偽造するためではなかった。
肉白根パンを二百個作ると信じ、店の冷蔵箱へ細工する予定だったという。
廃棄記録を見直した意味はあった。
書き間違えたゼロ一つが、犯人の次の狙いを早めに教えてくれた。




