肉とパンと石けんの売場許可
「銀貨八十六枚を、店が全部払う必要はありません」
雨宮は請求書を四つに分けた。
偽商品の回収費。被害者の治療費。セドルの倉庫火災。継続営業の警備費。
「火災はセドルとモルガの責任です。荷車の捜査費も犯人側へ請求されます。店が負担すべきなのは、先に支払った支援金と、偽物の見分け方を周知する費用です」
「警備費は?」と宗久。
「店を狙った事件なので、当面はこちらです。ただし市場全体で偽物を回収した分は、組合とも分担を交渉します」
銀貨八十六枚という合計だけ見れば、店が潰れる額に見える。中身を分ければ、今すぐ必要なのは十二枚だった。
「数字は分けると、小さく見えますね」
「小さくしたのではありません。責任を分けました」
「俺が同じことを言ったら怒られそうだ」
「店長は都合よく分けることがあるので」
雨宮は請求書を持ち、市場商人組合との協議へ向かった。
宗久は売場に残り、新商品の申請準備を進めた。
薄切り肉は、冷え石へ直接触れさせない。出発、途中、到着の三回で温度を測る。黒くなった肉は売らず、ボルツ立ち会いで処分した。
パンは朝焼きと夕方の売れ残りを分ける。夕方パンを使う場合は、値段と焼いた時刻を表示する。
肉白根パンは、注文を受けてから加熱する。作り置きは二十個まで。一定時間を過ぎた物は販売しない。
「一定時間って、どのくらい?」とリリア。
「試験では一時間」
「一時間すぎたら食べられない?」
「すぐ腐るわけじゃない。でも、温かくも冷たくもない時間が長いと危ない」
「店員が食べる?」
「売れないと分かった時点で、勝手に食べるのはだめ。廃棄か賄いかを記録する」
リリアの耳が下がった。
「最初から作りすぎないことが一番だ」
開店時に十個。売れ方を見て五個ずつ追加する。全部で二十個を上限にした。
生活用品の候補も平台へ並べた。
置く場所でも意見が割れた。
「石けんは入口がいい」とロアン。「匂いで気づく」
「食べ物の隣は避けます」と雨宮。
「獣脂石けんは、肉と同じ材料」とリリア。
「材料が同じでも、商品は分ける」
宗久は売場の床へ紐を置き、区画を作った。入口側に青果。奥の冷蔵箱に肉。壁側にパンと乾麺、缶詰、調味料。会計に近い一角へ生活用品。
「石けんを最後に置くのはなぜ?」
「野菜の上に載せて、匂いが移るのを防ぐため」
「籠の中では一緒になる」
リリアに言われて気づいた。
日本なら洗剤と食品をレジ袋で分ける。ここでは客が自分の籠へ移して帰る。
「生活用品用の小袋を用意しましょう」と雨宮。
「袋代は?」
「店負担にすると、商品価格へ含める必要があります」
現地の古紙を折った簡易袋と、繰り返し使える小さな布袋を試す。石けん一個なら紙、複数なら布袋を貸し出し、次回来店時に返してもらう案にした。
「返さない客がいる」とロアン。
「布袋代を預かり、返却時に返金します」
「また釣り銭が増える」
「では、貸し出しは正式営業まで見送る。試験中は紙袋だけにします」
一つの商品を増やすだけで、包装、会計、回収まで変わる。空いた棚へ置けば終わりではなかった。
生活用品の値札には、食べ物ではないことを示す手の絵を入れた。リリアの案では手が石けんを食べているように見えたため、ポルカが水桶と泡を彫り直した。
店の外で十人に見せる。洗濯と答えた者が六人、風呂が二人、雲が二人。食べ物と答えた者はいなかった。
「合格です」と雨宮。
保存容器には、蓋を閉めた壺と翌日の太陽を描いた。ただし、入れれば何でも翌日までもつとは書かない。肉や魚は冷やす必要がある。便利さより先に、できないことを表示した。
日本のスポンジには、火のそばへ置かない印も加えた。珍しい素材を鍋敷きにする客が出る可能性があると、ネネが指摘したためだ。
現地の布巾、獣脂石けん、木皿。日本の台所用スポンジ、固形石けん、保存容器。
「日本の物を全部売るんですか」とロアン。
「比較試験だけ。まず店員が使う」
布巾へ同じ量の水を吸わせる。現地の布は一度に多く吸うが、乾きにくい。日本の薄い布は吸う量が少ない代わりに乾きが早い。
獣脂石けんは油汚れに強いが、香りが残る。日本の石けんは泡立つものの、この街の硬い水では落ち方が弱かった。
「日本の方が負けた」とリリア。
「勝ち負けじゃない。使う場所が違う」
肉の作業台は現地の石けん。会計や客用の手洗いは、香りの弱い日本の石けん。布巾は厚い現地品と、乾きやすい日本品を場所で使い分ける。
「両方置く理由ができました」と雨宮。
組合との協議を終えて戻った彼女は、請求額の分担表を平台へ置いた。
店の負担は銀貨十四枚。組合が偽物回収の半分を持ち、残りはセドルの差し押さえ資産から回収する。回収できない分は、調査終了後に再協議となった。
「十二枚では?」
「市場全体への告知費を二枚負担します」
「妥当です」
「その代わり、商品追加の審査を今日行うことになりました」
審査には、肉商組合のボルツ、パン職人長、雑貨商の代表、ヴァルド、バルガスが来た。
宗久は、商品ではなく作業から見せた。
肉の受け取り、温度確認、冷蔵、調理、手洗い、販売時間、売れ残り。パンの焼成時刻と仕入れ価格。石けんと布巾の比較結果。
「生活用品まで温度を測るのか」と雑貨商。
「測りません。石けんは洗浄力と手荒れ、布巾は吸水と乾燥です」
「日本の石けんを安く大量に売るつもりか」
「輸送費があるので、現地品より高くなります。最初は五個だけです」
「売れたら増やす?」
「現地品の売上と価格も確認しながら、組合へ申請します」
「現地品もこの店で売るのか」
「はい。獣脂石けん十個、布巾十枚、木皿十枚から始めたい」
雑貨商の代表は、日本の保存容器を開け閉めした。蓋が音を立てて閉まると、もう一度開ける。
「これは欲しい」
「売る側が先に買わないでください」とヴァルド。
「審査のためだ」
「審査なら一個で足りる」
やり取りを見て、リリアが笑った。
肉白根パンの試食も行った。ボルツは肉が少ないと文句を言い、パン職人長は白根の汁でパンが柔らかくなると説明した。二人とも、自分の商品名が値札に入ることを確認する。
「価格は?」とバルガス。
雨宮が原価表を出した。
パン、肉、白根、油、塩、調理賃、売れ残り見込み。すべて入れて、銅貨十二枚。
「市場の昼飯より高い」とヴァルド。
「干し肉を買うよりは安い」とボルツ。
「片手で食べられる」とパン職人長。
「十枚にはできないのか」とバルガス。
「二十個すべて売れればできます。でも、最初から完売を前提にすると、売れ残りを隠すことになります」
銅貨十二枚で申請した。
採決の結果、薄切り肉、パン三品、肉白根パン、現地の生活用品三品、日本の生活用品三品が条件付きで認められた。
肉は営業日ごとに温度記録。惣菜は二十個まで。日本の石けんは使用上の注意を表示。既存商店の価格を不当に下回らない。
「青果十二品と日本商品四品だけだった店に、十一品増えます」と雨宮。
「二十九品か」
「まだスーパーと呼ぶには少ないですね」
「でも、八百屋ではなくなった」
精肉、パン、惣菜、生活用品。
一号店の売場が、ようやく横へ広がり始めた。
審査が終わる頃、警備隊から連絡が入った。
逃げていたモルガが、南門で捕まった。
荷物の中には、異世界一号店の新商品申請書の写しがあった。
今日提出したばかりの書類だった。
「誰が渡した?」
新しい商品を増やすたび、その情報が店の外へ漏れている。
売場だけでなく、情報の出入口も管理する必要があった。




