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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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30/110

肉とパンと石けんの売場許可

「銀貨八十六枚を、店が全部払う必要はありません」


 雨宮は請求書を四つに分けた。


 偽商品の回収費。被害者の治療費。セドルの倉庫火災。継続営業の警備費。


「火災はセドルとモルガの責任です。荷車の捜査費も犯人側へ請求されます。店が負担すべきなのは、先に支払った支援金と、偽物の見分け方を周知する費用です」


「警備費は?」と宗久。


「店を狙った事件なので、当面はこちらです。ただし市場全体で偽物を回収した分は、組合とも分担を交渉します」


 銀貨八十六枚という合計だけ見れば、店が潰れる額に見える。中身を分ければ、今すぐ必要なのは十二枚だった。


「数字は分けると、小さく見えますね」


「小さくしたのではありません。責任を分けました」


「俺が同じことを言ったら怒られそうだ」


「店長は都合よく分けることがあるので」


 雨宮は請求書を持ち、市場商人組合との協議へ向かった。


 宗久は売場に残り、新商品の申請準備を進めた。


 薄切り肉は、冷え石へ直接触れさせない。出発、途中、到着の三回で温度を測る。黒くなった肉は売らず、ボルツ立ち会いで処分した。


 パンは朝焼きと夕方の売れ残りを分ける。夕方パンを使う場合は、値段と焼いた時刻を表示する。


 肉白根パンは、注文を受けてから加熱する。作り置きは二十個まで。一定時間を過ぎた物は販売しない。


「一定時間って、どのくらい?」とリリア。


「試験では一時間」


「一時間すぎたら食べられない?」


「すぐ腐るわけじゃない。でも、温かくも冷たくもない時間が長いと危ない」


「店員が食べる?」


「売れないと分かった時点で、勝手に食べるのはだめ。廃棄か賄いかを記録する」


 リリアの耳が下がった。


「最初から作りすぎないことが一番だ」


 開店時に十個。売れ方を見て五個ずつ追加する。全部で二十個を上限にした。


 生活用品の候補も平台へ並べた。


 置く場所でも意見が割れた。


「石けんは入口がいい」とロアン。「匂いで気づく」


「食べ物の隣は避けます」と雨宮。


「獣脂石けんは、肉と同じ材料」とリリア。


「材料が同じでも、商品は分ける」


 宗久は売場の床へ紐を置き、区画を作った。入口側に青果。奥の冷蔵箱に肉。壁側にパンと乾麺、缶詰、調味料。会計に近い一角へ生活用品。


「石けんを最後に置くのはなぜ?」


「野菜の上に載せて、匂いが移るのを防ぐため」


「籠の中では一緒になる」


 リリアに言われて気づいた。


 日本なら洗剤と食品をレジ袋で分ける。ここでは客が自分の籠へ移して帰る。


「生活用品用の小袋を用意しましょう」と雨宮。


「袋代は?」


「店負担にすると、商品価格へ含める必要があります」


 現地の古紙を折った簡易袋と、繰り返し使える小さな布袋を試す。石けん一個なら紙、複数なら布袋を貸し出し、次回来店時に返してもらう案にした。


「返さない客がいる」とロアン。


「布袋代を預かり、返却時に返金します」


「また釣り銭が増える」


「では、貸し出しは正式営業まで見送る。試験中は紙袋だけにします」


 一つの商品を増やすだけで、包装、会計、回収まで変わる。空いた棚へ置けば終わりではなかった。


 生活用品の値札には、食べ物ではないことを示す手の絵を入れた。リリアの案では手が石けんを食べているように見えたため、ポルカが水桶と泡を彫り直した。


 店の外で十人に見せる。洗濯と答えた者が六人、風呂が二人、雲が二人。食べ物と答えた者はいなかった。


「合格です」と雨宮。


 保存容器には、蓋を閉めた壺と翌日の太陽を描いた。ただし、入れれば何でも翌日までもつとは書かない。肉や魚は冷やす必要がある。便利さより先に、できないことを表示した。


 日本のスポンジには、火のそばへ置かない印も加えた。珍しい素材を鍋敷きにする客が出る可能性があると、ネネが指摘したためだ。


 現地の布巾、獣脂石けん、木皿。日本の台所用スポンジ、固形石けん、保存容器。


「日本の物を全部売るんですか」とロアン。


「比較試験だけ。まず店員が使う」


 布巾へ同じ量の水を吸わせる。現地の布は一度に多く吸うが、乾きにくい。日本の薄い布は吸う量が少ない代わりに乾きが早い。


 獣脂石けんは油汚れに強いが、香りが残る。日本の石けんは泡立つものの、この街の硬い水では落ち方が弱かった。


「日本の方が負けた」とリリア。


「勝ち負けじゃない。使う場所が違う」


 肉の作業台は現地の石けん。会計や客用の手洗いは、香りの弱い日本の石けん。布巾は厚い現地品と、乾きやすい日本品を場所で使い分ける。


「両方置く理由ができました」と雨宮。


 組合との協議を終えて戻った彼女は、請求額の分担表を平台へ置いた。


 店の負担は銀貨十四枚。組合が偽物回収の半分を持ち、残りはセドルの差し押さえ資産から回収する。回収できない分は、調査終了後に再協議となった。


「十二枚では?」


「市場全体への告知費を二枚負担します」


「妥当です」


「その代わり、商品追加の審査を今日行うことになりました」


 審査には、肉商組合のボルツ、パン職人長、雑貨商の代表、ヴァルド、バルガスが来た。


 宗久は、商品ではなく作業から見せた。


 肉の受け取り、温度確認、冷蔵、調理、手洗い、販売時間、売れ残り。パンの焼成時刻と仕入れ価格。石けんと布巾の比較結果。


「生活用品まで温度を測るのか」と雑貨商。


「測りません。石けんは洗浄力と手荒れ、布巾は吸水と乾燥です」


「日本の石けんを安く大量に売るつもりか」


「輸送費があるので、現地品より高くなります。最初は五個だけです」


「売れたら増やす?」


「現地品の売上と価格も確認しながら、組合へ申請します」


「現地品もこの店で売るのか」


「はい。獣脂石けん十個、布巾十枚、木皿十枚から始めたい」


 雑貨商の代表は、日本の保存容器を開け閉めした。蓋が音を立てて閉まると、もう一度開ける。


「これは欲しい」


「売る側が先に買わないでください」とヴァルド。


「審査のためだ」


「審査なら一個で足りる」


 やり取りを見て、リリアが笑った。


 肉白根パンの試食も行った。ボルツは肉が少ないと文句を言い、パン職人長は白根の汁でパンが柔らかくなると説明した。二人とも、自分の商品名が値札に入ることを確認する。


「価格は?」とバルガス。


 雨宮が原価表を出した。


 パン、肉、白根、油、塩、調理賃、売れ残り見込み。すべて入れて、銅貨十二枚。


「市場の昼飯より高い」とヴァルド。


「干し肉を買うよりは安い」とボルツ。


「片手で食べられる」とパン職人長。


「十枚にはできないのか」とバルガス。


「二十個すべて売れればできます。でも、最初から完売を前提にすると、売れ残りを隠すことになります」


 銅貨十二枚で申請した。


 採決の結果、薄切り肉、パン三品、肉白根パン、現地の生活用品三品、日本の生活用品三品が条件付きで認められた。


 肉は営業日ごとに温度記録。惣菜は二十個まで。日本の石けんは使用上の注意を表示。既存商店の価格を不当に下回らない。


「青果十二品と日本商品四品だけだった店に、十一品増えます」と雨宮。


「二十九品か」


「まだスーパーと呼ぶには少ないですね」


「でも、八百屋ではなくなった」


 精肉、パン、惣菜、生活用品。


 一号店の売場が、ようやく横へ広がり始めた。


 審査が終わる頃、警備隊から連絡が入った。


 逃げていたモルガが、南門で捕まった。


 荷物の中には、異世界一号店の新商品申請書の写しがあった。


 今日提出したばかりの書類だった。


「誰が渡した?」


 新しい商品を増やすたび、その情報が店の外へ漏れている。


 売場だけでなく、情報の出入口も管理する必要があった。


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