犯人より先に治療費を払う
「会社としては、法的責任を認められません」
本社の法務担当は、通信機越しに同じ言葉を三度繰り返した。
「偽物を製造、販売したのは当社ではない。販売場所も当社店舗ではない。治療費を負担すれば、当社商品の欠陥を認めたと受け取られる可能性があります」
「欠陥ではありません。見分け方を用意しないまま、珍しい包装の商品を売ったことへの対応です」
「それは道義的な話です」
「腹を壊した人には、法的か道義的かは関係ありません」
宗久が言うと、雨宮が机の下で足を軽く蹴った。気持ちは分かるが、言い方を選べという合図だった。
「治療費を全額補償ではなく、緊急支援金として店の販促費から出せませんか」と雨宮。「受領書には、偽商品による被害への一時支援であり、責任の所在は組合調査後に確定すると明記します」
法務担当が黙った。
「金額は?」
「治療師二回分と、仕事を休んだ一日分。被害者二人で銀貨四枚です」
「現地の相場を証明できますか」
「治療師と職業組合の証明を取ります」
「上限を銀貨四枚。追加は再申請。会社が責任を認めたと受け取られない文面を作成してください」
条件付きで承認された。
支援金の原資は、日本商品の売上利益だけでは足りなかった。開店準備用の販促費を一部振り替え、予定していた追加の飾り旗を見送る。
「王冠の野菜の旗ですか」と雨宮。
「十枚届く予定でした」
「見送れてよかったと思っていませんか」
「被害対応とは分けて考えます」
「顔が喜んでいます」
飾りより治療を優先する。理由は明確なので、本社も最後には認めた。
削った飾り旗の費用、支援金、告知費は同じ頁へ記録した。何を諦めて被害対応へ回したのか分かれば、次の予算でも説明できる。
宗久は王冠の野菜が十枚並ぶ店先を想像し、ほんの少しだけ旗へ感謝した。
通信が切れると、宗久は息を吐いた。
「最初から雨宮さんに話してもらえばよかった」
「店長が先に怒るので、私は条件を出せます」
「役割分担ですね」
「次は、蹴る前に止まってください」
「足、痛かったです」
「止まったので適切でした」
二人で支援金の文書を作り、リリアとロアンに現地語を確認してもらった。被害者へ読み上げ、治療師にも内容を見せる。
偽麺を食べた荷運び人は、一日働けなかった分まで受け取ると驚いた。
「店で買ってないぞ」
「分かっています」
「なら、なぜ払う」
「店の商品だと思って買ったからです。犯人から回収できた場合は、この支援分を店へ返してもらいます」
「俺が返すのか?」
「犯人が、です」
「なら遠慮しない」
子どもの母親は、文書を最後まで聞いてから指印を押した。
「金をもらっても、腹を壊したことは消えない」
「はい」
「また偽物が出たら?」
「包装へ販売印をつけます。購入時に、店員が本物の見分け方を説明します。空き袋は回収し、勝手に転売されにくくします」
「袋を返すのか」
「持ち帰る場合は、底へ大きな穴を開けます。再び商品を入れられない形にします」
「屋根に使う缶は?」
「缶も蓋と側面へ穴を開けて、食べ物の容器には戻せないようにします。屋根や道具入れには使えます」
ポルカが穴の位置を考えた。水をためたい人もいるため、底ではなく蓋の近くへ二か所。偽物の封はできないが、生活用品としては使える。
次の営業日、店の入口へ本物と偽物の見本を並べた。
開店前には、全店員で偽物対応を練習した。
客が偽物を持ってきたら、まず食べたか確認する。食べて体調が悪ければ、商品より先に治療師へつなぐ。食べていなければ袋を閉じ、触った人の名前を記録する。店員が味見をしない。偽物だと決めつける前に、販売印と封を確かめる。
「本物なのに偽物だって持ってきたら?」とユノ。
「店の販売記録と照らす。分からなければ組合へ回す」
「お金を返す?」
「店で買った記録があって、商品に問題があれば返す。市場で買った物は、勝手に返金しない」
「かわいそうでも?」
「かわいそうだからと、その場の人ごとに変えたら、同じ被害でも扱いが違う。支援が必要なら別の決まりを作る」
ユノは難しい顔をした。
「店長は、前に俺へ空き缶をくれた」
「あれも記録しただろ」
「紙が多い」
「そこは俺もそう思う」
雨宮が横から二人を見た。
「必要な紙です」
開店すると、本物を確認するためだけに来た客が列を作った。買わずに袋を見て帰る者も多い。
「見物だけなら外でお願いします」とロアン。
「追い返さなくていい」と宗久。「偽物を見分けられる人が増えれば、回収が早くなる」
ただし売場が詰まるため、見本は店外の日よけ下へ移した。雨の日でも濡れず、警備隊からも見える位置だ。
ユノは子どもへ説明する役を自分から買って出た。
「糸で縫ってあるのは買わない。店の印は籠と門と魚」
「魚、どこ?」
「ここ。小さいけど魚」
ポルカの印は細かすぎて、子どもには魚が葉に見えた。次回から、細かさを残しつつ輪郭を太くすることになった。
乾麺を買う客には、会計時に三つ確認してもらう。
袋の封が熱で閉じている。商品番号がある。今日の販売印がある。
「面倒だ」と言う客もいた。
「確認しないと買えませんか」
「買えます。ただ、店を出たあとは本物だと説明しにくくなります」
大半の客は、印を自分で確かめた。
前回十袋を買った男のせいで、乾麺には一人二袋までの制限もある。家族が多い客からは不満が出た。
「六人家族で二袋じゃ足りない」
「家族の人数で増やすと、確認に名前が必要になります」
「子どもを六人連れてくればいいのか」
「連れてこなくて大丈夫です」
宗久は購入予約を提案した。今日二袋、次の営業日に二袋。転売を防ぎつつ、必要な家庭には続けて買える。
「二回来させるのか」とロアン。
「本社から入る量を増やせないか確認する。ただ、急に百袋運べば、セドルが恐れたことを本当にやることになる」
「偽物を売ったやつに気を使うのか」
「セドルではなく、この街の小麦と麺を作る人にだよ」
現地の粉で、同じように早くゆでられる麺を作れないか。パン職人組合と穀物商へ共同試作を提案することにした。
「日本の乾麺を売らなくなる?」とリリア。
「両方売る。値段、味、ゆで時間を見て、客が選べるようにする」
日本商品が正解で、現地商品が遅れているわけではない。門を越えた商品から、現地に新しい作り方が生まれるなら、店が消えても残る。
午後、ユノと叔父ハルムが組合の就労担当を連れて来た。
ユノは一日三時間、週四日まで。重い荷物、刃物、夜の仕事は禁止。賃金は本人へ直接払い、弟の食事分として一部を店の預かりにできる。本人、叔父、店、組合の四者で契約する。
「盗んだ子を雇うのか」と客が言った。
ユノの顔がこわばる。
「盗もうとした商品は返しました。監督下の仕事も終えています。今日からは契約した店員です」
「また盗んだら?」
「組合へ報告し、契約を見直します」
ユノは前掛けをつけ、最初の仕事として空き容器の回収表を持った。
「一個、二個、三個、四個、五個」
五個ずつ分け、数を記録する。ポルカに最初の仕事を頼んだ時に見せた数え方だ。
閉店までに、偽物は一袋も持ち込まれなかった。
代わりに、組合から新しい請求書が届いた。
偽物回収、治療、倉庫火災、警備費。誰がどこまで負担するか決まるまで、組合が立て替えた金額だった。
銀貨八十六枚。
雨宮は合計額だけで判断しないよう、支払先と期限を一行ずつ分けた。
店が今払う額も、赤い線で囲んだ。
数字から逃げず、順番に処理する。
店の十四日間の利益予測を、はるかに超えていた。




