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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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29/110

犯人より先に治療費を払う

「会社としては、法的責任を認められません」


 本社の法務担当は、通信機越しに同じ言葉を三度繰り返した。


「偽物を製造、販売したのは当社ではない。販売場所も当社店舗ではない。治療費を負担すれば、当社商品の欠陥を認めたと受け取られる可能性があります」


「欠陥ではありません。見分け方を用意しないまま、珍しい包装の商品を売ったことへの対応です」


「それは道義的な話です」


「腹を壊した人には、法的か道義的かは関係ありません」


 宗久が言うと、雨宮が机の下で足を軽く蹴った。気持ちは分かるが、言い方を選べという合図だった。


「治療費を全額補償ではなく、緊急支援金として店の販促費から出せませんか」と雨宮。「受領書には、偽商品による被害への一時支援であり、責任の所在は組合調査後に確定すると明記します」


 法務担当が黙った。


「金額は?」


「治療師二回分と、仕事を休んだ一日分。被害者二人で銀貨四枚です」


「現地の相場を証明できますか」


「治療師と職業組合の証明を取ります」


「上限を銀貨四枚。追加は再申請。会社が責任を認めたと受け取られない文面を作成してください」


 条件付きで承認された。


 支援金の原資は、日本商品の売上利益だけでは足りなかった。開店準備用の販促費を一部振り替え、予定していた追加の飾り旗を見送る。


「王冠の野菜の旗ですか」と雨宮。


「十枚届く予定でした」


「見送れてよかったと思っていませんか」


「被害対応とは分けて考えます」


「顔が喜んでいます」


 飾りより治療を優先する。理由は明確なので、本社も最後には認めた。


 削った飾り旗の費用、支援金、告知費は同じ頁へ記録した。何を諦めて被害対応へ回したのか分かれば、次の予算でも説明できる。


 宗久は王冠の野菜が十枚並ぶ店先を想像し、ほんの少しだけ旗へ感謝した。


 通信が切れると、宗久は息を吐いた。


「最初から雨宮さんに話してもらえばよかった」


「店長が先に怒るので、私は条件を出せます」


「役割分担ですね」


「次は、蹴る前に止まってください」


「足、痛かったです」


「止まったので適切でした」


 二人で支援金の文書を作り、リリアとロアンに現地語を確認してもらった。被害者へ読み上げ、治療師にも内容を見せる。


 偽麺を食べた荷運び人は、一日働けなかった分まで受け取ると驚いた。


「店で買ってないぞ」


「分かっています」


「なら、なぜ払う」


「店の商品だと思って買ったからです。犯人から回収できた場合は、この支援分を店へ返してもらいます」


「俺が返すのか?」


「犯人が、です」


「なら遠慮しない」


 子どもの母親は、文書を最後まで聞いてから指印を押した。


「金をもらっても、腹を壊したことは消えない」


「はい」


「また偽物が出たら?」


「包装へ販売印をつけます。購入時に、店員が本物の見分け方を説明します。空き袋は回収し、勝手に転売されにくくします」


「袋を返すのか」


「持ち帰る場合は、底へ大きな穴を開けます。再び商品を入れられない形にします」


「屋根に使う缶は?」


「缶も蓋と側面へ穴を開けて、食べ物の容器には戻せないようにします。屋根や道具入れには使えます」


 ポルカが穴の位置を考えた。水をためたい人もいるため、底ではなく蓋の近くへ二か所。偽物の封はできないが、生活用品としては使える。


 次の営業日、店の入口へ本物と偽物の見本を並べた。


 開店前には、全店員で偽物対応を練習した。


 客が偽物を持ってきたら、まず食べたか確認する。食べて体調が悪ければ、商品より先に治療師へつなぐ。食べていなければ袋を閉じ、触った人の名前を記録する。店員が味見をしない。偽物だと決めつける前に、販売印と封を確かめる。


「本物なのに偽物だって持ってきたら?」とユノ。


「店の販売記録と照らす。分からなければ組合へ回す」


「お金を返す?」


「店で買った記録があって、商品に問題があれば返す。市場で買った物は、勝手に返金しない」


「かわいそうでも?」


「かわいそうだからと、その場の人ごとに変えたら、同じ被害でも扱いが違う。支援が必要なら別の決まりを作る」


 ユノは難しい顔をした。


「店長は、前に俺へ空き缶をくれた」


「あれも記録しただろ」


「紙が多い」


「そこは俺もそう思う」


 雨宮が横から二人を見た。


「必要な紙です」


 開店すると、本物を確認するためだけに来た客が列を作った。買わずに袋を見て帰る者も多い。


「見物だけなら外でお願いします」とロアン。


「追い返さなくていい」と宗久。「偽物を見分けられる人が増えれば、回収が早くなる」


 ただし売場が詰まるため、見本は店外の日よけ下へ移した。雨の日でも濡れず、警備隊からも見える位置だ。


 ユノは子どもへ説明する役を自分から買って出た。


「糸で縫ってあるのは買わない。店の印は籠と門と魚」


「魚、どこ?」


「ここ。小さいけど魚」


 ポルカの印は細かすぎて、子どもには魚が葉に見えた。次回から、細かさを残しつつ輪郭を太くすることになった。


 乾麺を買う客には、会計時に三つ確認してもらう。


 袋の封が熱で閉じている。商品番号がある。今日の販売印がある。


「面倒だ」と言う客もいた。


「確認しないと買えませんか」


「買えます。ただ、店を出たあとは本物だと説明しにくくなります」


 大半の客は、印を自分で確かめた。


 前回十袋を買った男のせいで、乾麺には一人二袋までの制限もある。家族が多い客からは不満が出た。


「六人家族で二袋じゃ足りない」


「家族の人数で増やすと、確認に名前が必要になります」


「子どもを六人連れてくればいいのか」


「連れてこなくて大丈夫です」


 宗久は購入予約を提案した。今日二袋、次の営業日に二袋。転売を防ぎつつ、必要な家庭には続けて買える。


「二回来させるのか」とロアン。


「本社から入る量を増やせないか確認する。ただ、急に百袋運べば、セドルが恐れたことを本当にやることになる」


「偽物を売ったやつに気を使うのか」


「セドルではなく、この街の小麦と麺を作る人にだよ」


 現地の粉で、同じように早くゆでられる麺を作れないか。パン職人組合と穀物商へ共同試作を提案することにした。


「日本の乾麺を売らなくなる?」とリリア。


「両方売る。値段、味、ゆで時間を見て、客が選べるようにする」


 日本商品が正解で、現地商品が遅れているわけではない。門を越えた商品から、現地に新しい作り方が生まれるなら、店が消えても残る。


 午後、ユノと叔父ハルムが組合の就労担当を連れて来た。


 ユノは一日三時間、週四日まで。重い荷物、刃物、夜の仕事は禁止。賃金は本人へ直接払い、弟の食事分として一部を店の預かりにできる。本人、叔父、店、組合の四者で契約する。


「盗んだ子を雇うのか」と客が言った。


 ユノの顔がこわばる。


「盗もうとした商品は返しました。監督下の仕事も終えています。今日からは契約した店員です」


「また盗んだら?」


「組合へ報告し、契約を見直します」


 ユノは前掛けをつけ、最初の仕事として空き容器の回収表を持った。


「一個、二個、三個、四個、五個」


 五個ずつ分け、数を記録する。ポルカに最初の仕事を頼んだ時に見せた数え方だ。


 閉店までに、偽物は一袋も持ち込まれなかった。


 代わりに、組合から新しい請求書が届いた。


 偽物回収、治療、倉庫火災、警備費。誰がどこまで負担するか決まるまで、組合が立て替えた金額だった。


 銀貨八十六枚。


 雨宮は合計額だけで判断しないよう、支払先と期限を一行ずつ分けた。


 店が今払う額も、赤い線で囲んだ。


 数字から逃げず、順番に処理する。


 店の十四日間の利益予測を、はるかに超えていた。


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