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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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28/110

市場を守るために偽物を売った


「その署名は偽物だ」


 セドルは、指示書を読む前に言った。


 市場商人組合の会議室には、十二人の商人、警備隊長、治療師、偽物を買った客二人が集められている。モルガの席だけが空いていた。


 指示書は三枚。


 一枚目は、異世界一号店の商品と価格を調べろ。


 二枚目は、日本商品の容器を集め、似た物を安く作れ。


 三枚目は、問題が起きたときヴァルドへ疑いが向くよう、彼のインクと赤い糸を使え。


 最後に、セドルの署名がある。


「契約書を書き換えた者なら、署名も写せる」とセドル。


「その可能性はあります」と雨宮。


「では証拠にならん」


「紙だけなら」


 雨宮は、燃え残った金属箱を開けた。


 中には指示書のほか、セドルの引換札が十四枚、組合書庫の鍵、ヴァルドの古い商人章を写した木版が入っていた。


「すべてモルガが持っていた物だ」


「あなたの倉庫に隠されていました」


「番頭なら隠せる」


 否定は崩れない。


 そこで、ユノの叔父ハルムが呼ばれた。


「革の耳を注文した女は、この中にいるか」


「いない。モルガという女なら、そいつだ」


 組合の記録係が用意した似顔絵を指す。


「注文代は誰の札で払われた?」


「セドルの名だ」


「セドル本人を見たか」


「見てない」


 次に、荷車を盗んで怪我をした男の証言が読み上げられた。依頼を持ってきたのは右耳の男。前金は銀貨三枚。市場を守るためだと説明された。


「右耳の男がモルガなら、私は関係ない」


「モルガさんは背の低い女性です」と宗久。「革の耳をつけても、乾麺を十袋買った男とは体格が違います」


 モルガとは別に、男の実行役がいる。


 会議室の扉が開いた。


 警備隊員が、一人の男を連れて入る。右耳は両方ある。だが耳の周りだけ、革の染料が薄く残っていた。


「酒場の裏で捕まえた」と警備隊長。「モルガとの待ち合わせ場所に来た」


 男は最初、何も話さなかった。


 偽麺を食べた子どもの母親が、紫色に染まった鍋を机へ置いた。


「息子は一晩、腹を抱えて泣いた。市場を守るっていうのは、子どもにこれを食わせることか」


 男が目をそらした。


「毒だとは知らなかった」


「何だと思った」


「色を似せる根だと」


「誰に言われた」


「モルガ」


「その上は?」


 男はセドルを見た。


「答えろ」と警備隊長。


「セドルだ」


 会議室がざわついた。


「嘘だ!」


 セドルが椅子を蹴った。ガルドと警備隊員が同時に前へ出る。


「証拠はあるのか!」


「前金をもらったとき、モルガと一緒にいた。異邦の店を失敗させれば、乾麺の値段は自分が決められると言ってた」


「作り話だ」


「モルガを探せば分かる」


 警備隊は、セドルの家と倉庫を改めて調べた。


 家の床下から、偽造前の乾麺袋が六枚、店の契約書を写した紙、荷車の車軸を切った鋸が見つかった。鋸の刃には、グレンの車軸と同じ木の繊維が残っている。


 セドルは、それでもしばらく黙っていた。


 ヴァルドが立ち上がり、自分の商人章を机へ置いた。


「お前は私のインクと糸を使った。なぜだ」


「一番、異邦人を嫌っていたからだ」


「私へ罪を着せれば、店も保証人も同時に消せると思ったか」


「お前なら、最後には店を潰すと思っていた」


「だから私は保証人になった。中身を見ずに潰せば、正しいかどうかも分からん」


「結果は同じだ。異邦の品が増えれば、市場は食われる」


「同じではない」


 ヴァルドの赤い指輪が机を打った。


「私は店の商品と帳簿を止める。お前は人が食べる物へ、確かめてもいない根を混ぜた」


 普段は宗久へ向けられる厳しい声が、初めて別の商人へ向いた。


 バルガスは、セドルの倉庫と契約先も読み上げた。小麦農家七軒、パン工房四軒、酒場三軒が、前払いと貸付でセドルへ結ばれている。


「商人資格を止めれば、この者たちへの支払いも止まる」とバルガス。「罪を調べることと、取引先を飢えさせないことは分ける」


「店で買い取ればいい」と一人の商人。


「簡単に言わないでください」と雨宮。「一号店が全部引き取れば、セドルさんの商売をそのまま奪うことになります。保管量も足りません」


 組合が一時管理人を置き、既存契約を続ける。新しい値決めは一人で行わず、農家とパン職人を含む三者で確認する。セドルの資産は被害補償へ充てるが、無関係な農家への支払いを優先する。


「犯人の店を守るのか」と子どもの母親。


「店ではなく、そこへ売っていた農家を守ります」と宗久。


「あんたの店が代わりに小麦を買えばいい」


「必要な分は買います。でも、全部買う約束はできません」


 三軒の農家を回った時と同じ答えだった。全部を買うと言えば、その場は収まる。売れずに捨てれば、次に約束を守れない。


 母親は不満そうだったが、ミーナが農家の席から口を開いた。


「買えない量を買うと言われる方が困るよ。畑は次の月もあるんだから」


 被害者と生産者では、必要な答えが違う。全員が納得する一言はなかった。


 偽麺を買った六人には、購入場所と金額を一人ずつ確認した。同じ露店ではなく、市場の三か所で売られている。セドルは実行役を増やし、短時間で袋を広げていた。


「全部回収できたと思うか」と治療師。


「思っていません。だから見分け方の告知を続けます。体調不良の受付も閉じません」


 犯人が捕まったという知らせで、回収を終わらせないことも決まった。


 「なぜです」


 宗久が尋ねる。


「日本商品を売りたかったなら、正規に仕入れる相談もできました」


「お前の門を通せば、値段を握るのはお前たちだ」


「偽物なら、あなたが握れる?」


「小麦は私の商売だ。乾麺も、粉も、パンも。本来なら私を通る」


「パン職人や農家から直接買ったことが気に入らなかったんですか」


「気に入るはずがない!」


 セドルの声が会議室へ響いた。


「お前たちは値段を札へ書き、誰にでも同じ額で売る。あれが広がれば、長年の客も、貸しを作った農家も、皆が値段の理由を聞き始める。昨日までの商売が、急に悪事になる」


「値段を変えること自体が悪いとは言っていません」


「同じことだ。比べる物ができれば、安いか高いかを決められる」


 ロアンが立ち上がった。


「知らない客へ高く売るために、偽物を食わせたのか」


「若造に何が分かる」


「俺の母親も、相場を知らなくて薬草を三倍で買った」


 ロアンの父バルガスが止めようとしたが、本人が手で制した。


「値段を隠して守れるのは、市場じゃない。売る側だけだ」


 セドルはロアンをにらみ、やがて視線を落とした。


「殺すつもりはなかった」


「腹を壊すとは知っていた?」と治療師。


「少しなら、ただの根だと聞いた」


「確認しなかったんですね」と雨宮。


 自分の利益を守るため、分からない物を食べ物として売った。出店審査でヴァルドが一号店へ向けた批判を、セドル自身が犯していた。


 バルガスが木槌を鳴らした。


「セドルの商人資格を一時停止。全倉庫と帳簿を封鎖する。偽商品による被害、荷車の破壊、放火への関与は警備隊が調べる」


「モルガは?」


「まだ見つかっていない」


 事件は終わっていなかった。


 会議の後、偽麺を食べた子どもの母親が宗久を呼び止めた。


「セドルが悪かった。それで、あんたの店は何も悪くないのか」


「いいえ」


 宗久は答えた。


「本物と偽物を見分けられない売り方をした責任はあります。治療費と、これからの対策を話し合わせてください」


「犯人に払わせればいい」


「犯人から回収できるまで、治療は待てません」


 母親はすぐには許さなかった。


「息子を店へ連れていく。あんたが直接、違いを教えろ」


「分かりました」


 犯人を捕まえても、失った信用は戻らない。


 店の仕事は、ここからだった。


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