市場を守るために偽物を売った
「その署名は偽物だ」
セドルは、指示書を読む前に言った。
市場商人組合の会議室には、十二人の商人、警備隊長、治療師、偽物を買った客二人が集められている。モルガの席だけが空いていた。
指示書は三枚。
一枚目は、異世界一号店の商品と価格を調べろ。
二枚目は、日本商品の容器を集め、似た物を安く作れ。
三枚目は、問題が起きたときヴァルドへ疑いが向くよう、彼のインクと赤い糸を使え。
最後に、セドルの署名がある。
「契約書を書き換えた者なら、署名も写せる」とセドル。
「その可能性はあります」と雨宮。
「では証拠にならん」
「紙だけなら」
雨宮は、燃え残った金属箱を開けた。
中には指示書のほか、セドルの引換札が十四枚、組合書庫の鍵、ヴァルドの古い商人章を写した木版が入っていた。
「すべてモルガが持っていた物だ」
「あなたの倉庫に隠されていました」
「番頭なら隠せる」
否定は崩れない。
そこで、ユノの叔父ハルムが呼ばれた。
「革の耳を注文した女は、この中にいるか」
「いない。モルガという女なら、そいつだ」
組合の記録係が用意した似顔絵を指す。
「注文代は誰の札で払われた?」
「セドルの名だ」
「セドル本人を見たか」
「見てない」
次に、荷車を盗んで怪我をした男の証言が読み上げられた。依頼を持ってきたのは右耳の男。前金は銀貨三枚。市場を守るためだと説明された。
「右耳の男がモルガなら、私は関係ない」
「モルガさんは背の低い女性です」と宗久。「革の耳をつけても、乾麺を十袋買った男とは体格が違います」
モルガとは別に、男の実行役がいる。
会議室の扉が開いた。
警備隊員が、一人の男を連れて入る。右耳は両方ある。だが耳の周りだけ、革の染料が薄く残っていた。
「酒場の裏で捕まえた」と警備隊長。「モルガとの待ち合わせ場所に来た」
男は最初、何も話さなかった。
偽麺を食べた子どもの母親が、紫色に染まった鍋を机へ置いた。
「息子は一晩、腹を抱えて泣いた。市場を守るっていうのは、子どもにこれを食わせることか」
男が目をそらした。
「毒だとは知らなかった」
「何だと思った」
「色を似せる根だと」
「誰に言われた」
「モルガ」
「その上は?」
男はセドルを見た。
「答えろ」と警備隊長。
「セドルだ」
会議室がざわついた。
「嘘だ!」
セドルが椅子を蹴った。ガルドと警備隊員が同時に前へ出る。
「証拠はあるのか!」
「前金をもらったとき、モルガと一緒にいた。異邦の店を失敗させれば、乾麺の値段は自分が決められると言ってた」
「作り話だ」
「モルガを探せば分かる」
警備隊は、セドルの家と倉庫を改めて調べた。
家の床下から、偽造前の乾麺袋が六枚、店の契約書を写した紙、荷車の車軸を切った鋸が見つかった。鋸の刃には、グレンの車軸と同じ木の繊維が残っている。
セドルは、それでもしばらく黙っていた。
ヴァルドが立ち上がり、自分の商人章を机へ置いた。
「お前は私のインクと糸を使った。なぜだ」
「一番、異邦人を嫌っていたからだ」
「私へ罪を着せれば、店も保証人も同時に消せると思ったか」
「お前なら、最後には店を潰すと思っていた」
「だから私は保証人になった。中身を見ずに潰せば、正しいかどうかも分からん」
「結果は同じだ。異邦の品が増えれば、市場は食われる」
「同じではない」
ヴァルドの赤い指輪が机を打った。
「私は店の商品と帳簿を止める。お前は人が食べる物へ、確かめてもいない根を混ぜた」
普段は宗久へ向けられる厳しい声が、初めて別の商人へ向いた。
バルガスは、セドルの倉庫と契約先も読み上げた。小麦農家七軒、パン工房四軒、酒場三軒が、前払いと貸付でセドルへ結ばれている。
「商人資格を止めれば、この者たちへの支払いも止まる」とバルガス。「罪を調べることと、取引先を飢えさせないことは分ける」
「店で買い取ればいい」と一人の商人。
「簡単に言わないでください」と雨宮。「一号店が全部引き取れば、セドルさんの商売をそのまま奪うことになります。保管量も足りません」
組合が一時管理人を置き、既存契約を続ける。新しい値決めは一人で行わず、農家とパン職人を含む三者で確認する。セドルの資産は被害補償へ充てるが、無関係な農家への支払いを優先する。
「犯人の店を守るのか」と子どもの母親。
「店ではなく、そこへ売っていた農家を守ります」と宗久。
「あんたの店が代わりに小麦を買えばいい」
「必要な分は買います。でも、全部買う約束はできません」
三軒の農家を回った時と同じ答えだった。全部を買うと言えば、その場は収まる。売れずに捨てれば、次に約束を守れない。
母親は不満そうだったが、ミーナが農家の席から口を開いた。
「買えない量を買うと言われる方が困るよ。畑は次の月もあるんだから」
被害者と生産者では、必要な答えが違う。全員が納得する一言はなかった。
偽麺を買った六人には、購入場所と金額を一人ずつ確認した。同じ露店ではなく、市場の三か所で売られている。セドルは実行役を増やし、短時間で袋を広げていた。
「全部回収できたと思うか」と治療師。
「思っていません。だから見分け方の告知を続けます。体調不良の受付も閉じません」
犯人が捕まったという知らせで、回収を終わらせないことも決まった。
「なぜです」
宗久が尋ねる。
「日本商品を売りたかったなら、正規に仕入れる相談もできました」
「お前の門を通せば、値段を握るのはお前たちだ」
「偽物なら、あなたが握れる?」
「小麦は私の商売だ。乾麺も、粉も、パンも。本来なら私を通る」
「パン職人や農家から直接買ったことが気に入らなかったんですか」
「気に入るはずがない!」
セドルの声が会議室へ響いた。
「お前たちは値段を札へ書き、誰にでも同じ額で売る。あれが広がれば、長年の客も、貸しを作った農家も、皆が値段の理由を聞き始める。昨日までの商売が、急に悪事になる」
「値段を変えること自体が悪いとは言っていません」
「同じことだ。比べる物ができれば、安いか高いかを決められる」
ロアンが立ち上がった。
「知らない客へ高く売るために、偽物を食わせたのか」
「若造に何が分かる」
「俺の母親も、相場を知らなくて薬草を三倍で買った」
ロアンの父バルガスが止めようとしたが、本人が手で制した。
「値段を隠して守れるのは、市場じゃない。売る側だけだ」
セドルはロアンをにらみ、やがて視線を落とした。
「殺すつもりはなかった」
「腹を壊すとは知っていた?」と治療師。
「少しなら、ただの根だと聞いた」
「確認しなかったんですね」と雨宮。
自分の利益を守るため、分からない物を食べ物として売った。出店審査でヴァルドが一号店へ向けた批判を、セドル自身が犯していた。
バルガスが木槌を鳴らした。
「セドルの商人資格を一時停止。全倉庫と帳簿を封鎖する。偽商品による被害、荷車の破壊、放火への関与は警備隊が調べる」
「モルガは?」
「まだ見つかっていない」
事件は終わっていなかった。
会議の後、偽麺を食べた子どもの母親が宗久を呼び止めた。
「セドルが悪かった。それで、あんたの店は何も悪くないのか」
「いいえ」
宗久は答えた。
「本物と偽物を見分けられない売り方をした責任はあります。治療費と、これからの対策を話し合わせてください」
「犯人に払わせればいい」
「犯人から回収できるまで、治療は待てません」
母親はすぐには許さなかった。
「息子を店へ連れていく。あんたが直接、違いを教えろ」
「分かりました」
犯人を捕まえても、失った信用は戻らない。
店の仕事は、ここからだった。




