燃える倉庫から商品を出す
「水をかけるな! 粉が固まって扉が開かなくなる!」
セドルが燃える倉庫の前で叫んでいた。
屋根の隙間から煙が上がり、窓の内側が赤く光っている。周囲の人々は井戸から水桶を運んでいたが、穀物袋が積まれた入口へ近づけない。
「人は中に?」
宗久が聞く。
「夜番が一人いる!」
ガルドが扉へ向かった。
「一人で入るな!」
「待てば焼ける」
ポルカが扉の蝶番を確認し、斧を入れる場所を指した。ガルドが二度振り下ろす。扉が外側へ倒れ、煙が噴き出した。
宗久は店から持ってきた濡れ布をガルドの口元へ巻いた。自分も入ろうとすると、雨宮に腕をつかまれた。
「店長は外で人数を確認してください」
「でも」
「中へ入って、何ができますか」
荷物は運べる。だが、煙の中で人を探す訓練はない。
「ガルド、無理なら戻れ!」
返事の代わりに、倉庫の奥で木箱が倒れる音がした。
ネネとロアンが入口の両側から水をまき、火が扉へ回るのを防ぐ。リリアは見物人を下がらせ、警備隊と消火隊を呼びに走った。
間もなく、ガルドが夜番の男を担いで出てきた。男は咳をしているが、意識はある。
「ほかには?」
「いない」
「点呼します」
雨宮がセドルから従業員名簿を受け取り、夜番本人にも確認した。今夜倉庫へ入ったのは一人だけ。取り残された者はいない。
消火隊が到着し、砂と水を使い分けて火を抑えた。燃えたのは倉庫の奥半分。小麦袋と乾燥豆、帳簿棚が黒く焦げている。
火が収まっても、商品をすぐ外へ出すことはできなかった。濡れた梁が落ちる危険がある。消火隊が屋根を支え、入れる場所を縄で分ける。
「手前の袋だけでも運ばせろ」とセドル。
「安全確認が先です」と宗久。
「私の商品だ!」
「だから、さらに怪我人を出さないでください」
セドルは宗久を押しのけようとしたが、警備隊員に止められた。
運び出せた穀物も、煤と消火水をかぶっている。見た目が無事な袋まで煙の臭いが染みていた。
「表面だけ取り替えれば売れる」とセドル。
ヴァルドが袋の口を開き、内側の小麦を手に取った。
「売るな。火口の樹脂が混じった可能性がある」
「全部捨てろと言うのか」
「人に食わせるなと言っている。飼料にできるかは治療師と家畜商へ聞け」
敵対していた二人だが、ヴァルドはセドルの損失を喜ばなかった。商人として、売ってよい物と悪い物を分けている。
雨宮は被害袋へ番号をつけた。燃えた、濡れた、煙のみ、外見異常なし。勝手に廃棄せず、セドルと組合が確認できるようにする。
袋の数は百二十七。運び出すたび、セドルの従業員と組合書記が一緒に数えた。無傷、要検査、廃棄候補の三か所を縄で分ける。
「異邦の店が、うちの在庫を持ち去ったと言われたくありません」と雨宮。
「そんなことは言わん」とセドル。
「記録があれば、あとから誰が言っても確認できます」
作業が終わる頃、夜番の男の家族が来た。宗久へ何度も礼を言ったが、ガルドは治療所にいる。
「助けたのはガルドです。明日、本人へ言ってください」
人命救助まで店の手柄にするつもりはなかった。
「なぜ、うちの在庫まで記録する」とセドル。
「火災費用を誰が負担するか決めるためです。被害額を数えなければ、請求もできません」
怒鳴っていたセドルが、そこで初めて黙った。
夜番の男が治療所へ運ばれる前に、倉庫へ来た者を聞いた。日暮れ前にモルガが帳簿を取りに来た。その後、セドルも一度立ち寄ったという。
「何をしに?」
「奥で二人が話していた。俺は入口にいたから、内容は聞いていない」
「モルガさんが出た時刻は?」
「セドルさんより先だ」
セドルは家にいたと言っていた。家族の証言だけでは、倉庫へ寄った事実を消せない。
宗久はその場で責めず、警備隊長に時刻を記録してもらった。
「帳簿が……」
セドルが膝をついた。
明朝、警備隊が調べる予定だった帳簿だ。
「証拠を消すための火か」とロアン。
「まだ決めるな」
宗久は火元へ近づいた。油の匂いはない。焦げた木と穀物の臭いに混じり、甘い香辛料の香りがした。
「またヴァルドの店か」とセドル。
「私の店では、この香りの油は扱わん」
ヴァルドが燃え残りを拾った。小さな布片へ、蜜のような樹脂が染みている。
「火口に使う安い樹脂だ。どの雑貨屋にもある」
犯人はまた、疑わせる匂いだけを残していた。
警備隊長が倉庫を封鎖する。宗久たちは、消火の手伝い以外で中へ入らないよう命じられた。
「店へ戻ります」と雨宮。「ガルドさんと夜番の方は治療師へ。煙を吸っています」
「平気だ」とガルド。
「咳をしてから言ってください」
ガルドは咳を一つして、治療所へ連れていかれた。
翌朝、火元が確認された。
倉庫奥の帳簿棚。その下に火口が置かれていた。外から投げ入れた形跡はなく、鍵も壊れていない。
「内側から火をつけた者がいる」と警備隊長。
鍵を持っていたのは、セドル、番頭、夜番の三人。夜番は入口近くで倒れており、火口から離れていた。
「私ではない!」
セドルが叫ぶ。
「火事の前、どこにいた」
「家だ。家族が証明する」
「番頭は?」
姿を消していた。
背の低い女で、名はモルガ。ユノの叔父が見た組合書記と同じ特徴だった。
「組合の書記ではないのか」と宗久。
「審査の日だけ、臨時の記録係として雇った」とバルガス。「セドルの推薦だった」
セドルは唇をかんだ。
「三年前から、うちの帳簿を任せている」
「印と引換札を使えたのも?」
「番頭なら可能だ」
セドルの店の勤務表では、モルガは帳簿と支払いの両方を任されていた。引換札の残数確認も彼女の担当で、盗難を隠すことはできる。
「任せすぎた」とセドル。
「信頼していたんですか」と宗久。
「三年、数字を一度も違えなかった」
「数字が合っていても、紙の使い道までは分からない」
雨宮は勤務表の確認欄を見た。
「一人が記入し、同じ人が残数まで確認する仕組みでした。店でも分けます」
一号店の帳簿と印章も、扱える人間を一人へ集中させないことにした。
「偽倉庫の古い名義を知ることも?」
「できる」
モルガがすべて行ったように見える。しかし、番頭が主人に隠れて偽商品を売る理由が分からない。
焼け残った袋を運び出すと、奥の壁際から日本の乾麺袋が四枚見つかった。糸で縫う前の、底を切った空袋だ。
さらに、紫色の根を粉にした袋。偽麺へ混ぜた染料と同じだった。
「これでも私を疑うのか」とセドル。
「あなたの倉庫から出た以上、疑いは消えません」と雨宮。「でも、番頭が持ち込める場所でもあります」
セドルは雨宮をにらんだ。
「昨日、私の倉庫を調べると言った。その夜に火が出た。お前たちが騒がなければ、火もつけられなかった」
「証拠を消そうとした人が悪い」
リリアが言い返した。
「お前たちが来なければ、偽物もなかった!」
同じ言葉が、また出た。
宗久はセドルの前へ立った。
「うちの店が来たことで、起きた問題はあります。だから偽物を回収し、被害を補償する方法も考えます。でも、人が食べれば腹を壊す物を作った理由にはなりません」
「正しい店のつもりか」
「失敗はしています。失敗したら記録して、直します」
「そんな店に、市場を変えられてたまるか」
セドルは言ってから、口を閉じた。
「市場を変えられたくないのは、モルガさんですか。それとも、あなたですか」
警備隊長が二人の間へ入った。
「続きは組合の聞き取りで話せ」
そのとき、燃えた帳簿棚の裏から、小さな金属箱が見つかった。
中には、モルガ宛てに書かれた指示書が三枚。
最後の一枚には、セドルの署名があった。




