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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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3/15

最初の野菜売場

 異世界出店、二日目。


 朝七時前、牛島宗久が店へ到着すると、入口の前に十人ほどの人影が並んでいた。


「店長! おはよう、ございます!」


 先頭に立っていたリリアが、勢いよく頭を下げる。


 昨日と同じ服だが、土汚れはきれいに落とされていた。赤茶色の髪も整えられ、三角の耳が朝日を受けてぴんと立っている。


「おはよう。ずいぶん早いな」


「働く日、最初。遅れたら、だめ」


「今日は雇用条件を説明して、納得してもらえたら開店準備を始める予定なんだが……」


 宗久は、リリアの後ろに並ぶ人々を見た。


 片目に傷のある大男。緑色の肌をした女性。白ひげを胸まで伸ばした小柄な老人。


 どれも昨日の応募書類で見た顔だ。


「この人たちは?」


「いっしょに働きたい人。リリア、呼んだ」


「全員、今日が面接だと思って来たそうです」


 後から到着した雨宮澄香が、簡易翻訳具をつけながら言った。


「現地の連絡員から、応募者には面接日を知らせたはずなのですが」


 リリアが胸を張る。


「早い人、やる気ある!」


 宗久は思わず笑いそうになった。


「気持ちはありがたい。けれど、全員を一度には面接できない。まず名前を確認して、今日面接する人と、別の日に来てもらう人を分けよう」


「分ける。リリア、やる」


「その前に、昨日決めたことを説明する」


 宗久は店の扉を開けた。


 何もない石造りの店内に、朝日が細長く差し込む。


「リリア。君には今日から、開店準備従業員として働いてもらう。ただし一日六時間まで。七日に二日は休み。給料は十日ごとに支払う」


 昨夜、雨宮と現地の相場を調べながら決めた条件だった。給金は十日単位の定額にした。


「休み、二日?」


 リリアの顔が曇る。


「働かない、給料ない?」


「決められた休日にも給料は出る」


「働かないのに?」


「そういう約束で雇うんだ」


 リリアはますます分からないという顔をした。


 後ろにいた大男たちも、ざわざわと声を交わしている。


「店長。この条件だけで応募者がさらに増えそうですね」


「全員は雇えない。今日来た人も、順番に話を聞く」


「選ぶ、どうする?」


 リリアの問いに、宗久は店内を指した。


「時間を守れるか。客に嘘をつかないか。ほかの人と一緒に働けるか。そのあたりかな」


「強い人は?」


「力仕事には必要だ。ただ、力が強いだけでは店は作れない」


 宗久が答えると、片目に傷のある大男が、少しだけ気まずそうに腕を下ろした。


 どうやら、筋肉を見せようとしていたらしい。


    ◇


「店長、野菜、来た!」


 午前八時。


 入口の外から、リリアの弾んだ声が聞こえた。


 小さな荷車を引いてきたのは、獣の耳を持つ四十歳ほどの女性だった。


 荷台には、昨日市場で見た葉野菜が山積みになっている。


「母のミーナ。野菜、作る」


 リリアが紹介した。


「娘がお世話になります」


 ミーナは深く頭を下げた。リリアと同じ赤茶色の耳が、申し訳なさそうに伏せている。


「こちらこそ。今日はお願いした野菜を持ってきてくださったんですね」


「はい。でも、本当にこんなものを買っていただけるのですか?」


 ミーナは荷台の端に積んだ十束を示した。


 市場に並んでいたものより葉が大きく、色も濃い。しかし、形が不ぞろいで、虫食いの穴もある。


「市場の仲買人には、見栄えが悪いから半値だと言われました」


「味は?」


「同じ畑のものです。むしろ大きく育ったぶん、甘みがあります」


 宗久は一枚ちぎって口に入れた。


「店長!?」


 雨宮が驚いて駆け寄る。


「生で食べて大丈夫か、確認してからにしてください」


「……その通りだ。すまない」


 十五年間の習慣で、反射的に味を見てしまった。


 幸い、青臭さの後に、ほうれん草に似た甘みが広がった。


「食べる前の安全確認を手順に入れましょう」


「第一号店の店長が開店前に腹を壊したら笑えないからな」


 雨宮が手帳へ大きく書き込む横で、宗久は野菜を選別した。


 虫食いが少ないもの。葉が裂けているもの。大きさが不ぞろいなもの。


 見た目は違うが、傷みはない。


「全部、通常の値段で買います」


 ミーナが目を丸くした。


「ですが、形が悪いものまで……」


「食べられる部分の重さで仕入れます。形だけを理由に半値にはしません。ただし、傷んだものが混ざっていた場合は、その分を記録して次回の仕入れで調整させてください」


「そんな買い方、聞いたことがありません」


「俺たちも、この世界では初めてです。だから、まず一度試させてください」


 宗久は三十束を買い取り、三つに分けた。


 一つ目は、荷車から下ろしたまま。


 二つ目は、日光の当たらない場所へ移し、ぬらした清潔な布をかける。


 三つ目は、茎の切り口を薄く切り戻し、洗浄した容器に張った冷たい水へ短時間つけた。その後、水を切り、通気性のあるコンテナへ立てて入れる。


「これ、野菜に水、飲ませる?」


 リリアが容器をのぞき込んだ。


「そんな感じだ。ただし、長くつければいいわけじゃない。水が汚れていたら、逆に傷む原因になる」


「元気になる?」


「どうなるか、一緒に見てみよう」


 宗久は日本から持ち込んだ折り畳み式の平台を、入口近くに二台設置した。


 空っぽだった店内に、初めて売場らしい形が現れる。


 雨宮が平台を見て、巻き尺を取り出した。


「通路幅が狭くありませんか?」


「やっぱりそう見えるか」


「荷物を持ったお客様同士がすれ違えません」


「じゃあ、もう二十センチ奥へ」


 平台を動かす。


 今度は入口から入った客の正面に、野菜が見えにくい。


「右へ少し振りましょう」


「こっち?」


「行きすぎです」


「副店長、細かいな」


「店長が大ざっぱなんです」


 二人が平台を動かすたび、リリアも横から押した。


 見守っていた応募者たちも、いつの間にか加わっていた。


「そっち、少し上げる!」


「壁、ぶつかる!」


「大きい人、持ち上げて!」


 片目に傷のある大男が、平台を一人で持ち上げる。


 緑色の女性が床の傾きを指摘し、白ひげの老人が木片を削って脚の下へ挟んだ。


 宗久は、その様子を黙って見た。


「雨宮副店長」


「はい」


「名前、控えておいて。あとで話を聞きたい」


 雨宮も作業中の応募者たちを見回し、小さく笑った。


「もう控えています」


「手伝ってもらった分は?」


「作業体験として、一日分の手当を出します。それも説明済みです」


 返事が早い。宗久が口を挟む前から、そのつもりだったらしい。


    ◇


 二時間後。


 三つに分けた野菜には、はっきりと差が出ていた。


 荷車から下ろしたままの葉は、端が丸まり始めている。


 日陰でぬれ布をかけたものは、朝の状態をほぼ保っていた。


 切り口を整えて水を吸わせたものは、茎がしゃんと立ち、葉にも張りが戻っている。


「同じ野菜……?」


 リリアが、二つの束を左右の手に持った。


 片方は力なく垂れ、もう片方は扇のように葉を広げている。


 応募者たちから、どよめきが起きた。


 ミーナは瑞々しい葉に触れ、何度も目を瞬かせていた。


「魔法を使ったのですか?」


「水を吸わせて、日陰へ置いただけです」


「でも、いつもなら昼には売り物にならなくなるのに……」


「この状態が夕方まで続くか、明日まで持つかは、まだ分かりません。温度と時間を記録して、確認する必要があります」


 明日には、またしおれているかもしれない。宗久は三つの束へ時刻を書いた札を差した。


 宗久は二台の平台へ、状態の違う野菜を並べた。


 左には、従来どおり運んだ野菜。


 右には、日陰と水分管理をした野菜。


 たった三十束。それでも、殺風景だった石造りの空間に緑色が加わった瞬間、店内の雰囲気が変わった。


「店、みたい」


 リリアがつぶやいた。


「まだ売ることはできないけどな」


 宗久も、並んだ野菜から目を離せなかった。


 そのとき、入口から低い声が響いた。


「許可も得ずに、もう商売を始めたのか?」


 店内の空気が凍りつく。


 入口に立っていたのは、昨日の市場で宗久たちを拒絶した、赤い上着の男だった。


 その後ろには商人組合の者が二人いる。


「販売はしていません。仕入れと保管方法の試験です」


 宗久が答えると、男は平台へ近づいた。


 状態の違う二つの野菜を見比べ、わずかに眉を動かす。


「これは、同じ畑の野菜か?」


「同じ朝、同じ畑で収穫したものです」


 ミーナが答えた。


 男は張りの戻った葉を指で曲げ、切り口を確認した。


 一瞬だけ、その指が止まった。


「小細工で見栄えを良くして、高く売るつもりか」


「鮮度を落とさず、食べられるものを食べられるうちに売りたいだけです」


「言葉なら、何とでも言える」


 赤い上着の男は宗久へ向き直った。


「私は市場商人組合を預かる、バルガスだ」


 初めて名乗った男は、一枚の木札を平台へ置いた。


 そこには現地文字で、何かの条件が刻まれていた。


「異邦人。本当に我々の商売を奪うつもりがないと言うなら、証明してみせろ」


「どうやってです?」


「今日、市場で売れ残った葉野菜を二百束集める。明日の朝、お前たちに預けよう」


 店内がざわめいた。


 リリアが息をのむ。


 二百束。


 今、平台に並んでいる量の六倍以上だ。


「翌日の日暮れまでに、値下げをせず、百五十束以上を売ってみせろ。ただし、売る場所はお前たちの店ではない。市場の外れにある空き区画だ」


「達成できたら?」


「お前たちが予定している試験営業について、組合で話し合うことを認めよう」


「失敗した場合は?」


「この街で食料を扱うことを、二度と認めない」


 雨宮が宗久の袖をつかんだ。


「店長。条件が一方的すぎます」


「しかも、最初から売れ残ると分かっている商品です」


「だからこそだ」


 バルガスが口元をゆがめる。


「売れない野菜を売れるようにするのが、お前たちの仕事なのだろう?」


 宗久は平台の上を見た。


 平台に並んだ三十束でも、まだ多く見える。その六倍以上を、値下げせずに売る。


 宗久は木札を手に取った。


「その条件、引き受けます」


「店長!」


 雨宮が声を上げる。


「ただし、確認したいことが三つあります」


「何だ」


「売り方はこちらで決める。組合の人にも立ち会ってもらいます。それから、食べられないほど傷んだものは、受け入れの時点で除外する。それでいいですね」


 バルガスの目が細くなった。


「よかろう」


「では、明日の朝、商品の受け入れ時に一緒に品質を確認しましょう」


 宗久は雨宮とリリアを振り返った。


「予定変更だ。最初の採用研修は、二百束の葉野菜を売るところから始める」


「どうやって売る?」


 リリアの問いに、宗久はすぐには答えなかった。


「まず、この野菜の味を確かめよう。食べ方を知らないものは勧められない」


 雨宮が時計を見た。


「本社へ戻って準備できるのは、あと六時間です」


「六時間?」


「門は夜間閉鎖です。聞いていませんでしたか」


 宗久は榊を見た。榊は視線をそらした。


 試験営業まで、あと二十九日。


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