店より安い偽物の値札
「うちと同じ商品を、二割安く売るつもりか」
西倉庫から見つかった紙には、異世界一号店の十八品が並んでいた。
白根、葉野菜、火蜜の実。乾麺、缶詰、植物油、しょうゆ。価格の横には、すべて二割ほど安い数字が書かれている。
「現地商品なら、別の農家から仕入れられます」と雨宮。「でも、日本商品は門を通らない限り同じ物を用意できません」
「空き袋を使う」とヴァルド。
「中身を入れ替える?」
「乾麺の袋、缶詰の空き缶、油の瓶。客が持ち帰った容器を集めれば、似た物は作れる」
空き缶が市場で売られていた理由が変わって見えた。屋根修理だけでなく、偽物の容器として集めた者がいるかもしれない。
「二割安ければ買う客はいます」とロアン。
「食べ物の中身が違えば危険です」
雨宮は西倉庫の紙を組合の証拠袋へ戻した。
捕まった男は、右耳の欠けた男から指示を受けたと認めた。契約書の改ざんには関わっていない。荷車を盗み、倉庫へ運ぶ仕事だけだったという。
「右耳の男を探しましょう」と宗久。
「顔も本名も分からん」とヴァルド。「街を出ていれば終わりだ」
「乾麺を十袋買った会計記録があります」
「名前は取っていないだろう」
その通りだった。固定価格で誰にでも売る店だから、通常の買い物で客の名前は聞かない。
「次から高額購入者の名前を取りますか」と雨宮。
「普通に買う客まで疑うことになる。購入制限で転売を防ぎ、容器に店の印をつけよう」
缶詰の蓋、乾麺の袋、油の瓶。開封時に、店の販売印と日付をつける。空き容器を回収するときも、その印を確認する。
「印まで偽造されたら?」とロアン。
「毎回、印の場所を変える」
「客が本物か見分けられない」
「店の入口に、今使っている印を出す。ただし形は単純にしない」
ポルカが木片へ、王冠の野菜を彫ろうとした。
「それはやめましょう」と宗久。
「本社の公式だぞ」
「ポルカさんまで本社側につかないでください」
選んだのは、籠の中に門と魚を描いた印だった。細かな線が多く、すぐにはまねできない。
偽物への対策を決めたその日の午後、客が一袋の乾麺を持ってきた。
「昨日、市場で買った。ここの品だと言われた」
袋は日本の乾麺と同じだった。だが封が熱で閉じられておらず、糸で縫われている。
中には、太さの違う茶色い麺が入っていた。
「食べましたか」
「まだだ。安すぎると思って持ってきた」
「誰から買いました?」
「右耳のない男だ」
すでに偽物は売られていた。
客が払った値段は、店の乾麺より銅貨三枚安かった。
「二割どころじゃない」と雨宮。「同じ袋だと信じれば、こちらを選ぶ価格です」
「袋はどこから手に入れた」とヴァルド。
前回、乾麺を十袋買った男なら、空き袋を十枚用意できる。ただし、一日で全部食べる必要はない。袋の底を切り、中身を抜いて縫い直せばよい。
宗久は本物の袋を一枚開け、縫い目を比べた。
「偽物は上を縫っています。本物は底に小さな切り口がある」
「上から見れば気づかない」とロアン。
「値札だけ見て買えば、なおさらです」
市場で売る商品には、店の商品番号まで写されていた。しかし数字の四が、雨宮の古い書き方になっている。
「この四、値札の書き方を直す前の形と同じです」と雨宮。
「いつ見られた?」
「試験営業初日の午前中まで、売場に出ていました」
犯人は最初の営業日、商品札を書き写している。契約書の箱へ脅迫文を入れた者と同じなら、店内の動線も、店員が忙しくなる時間も知っていた。
「客の顔を全部覚えてるか」とヴァルド。
「百四十三人です」と宗久。
「リリアなら匂いで」とロアン。
「全員は無理だよ」
入店札を配った順番、会計記録、購入商品を並べる。名前はなくても、乾麺を十袋買った時刻は分かる。その直前と直後に会計した客なら、顔を覚えている可能性がある。
前の客は、買い物籠の練習へ参加した女だった。後ろは、歯の悪い夫へ缶詰を買った女。
二人を探し、男の特徴を聞いた。
「右耳が半分なかった」と一人。
「黒い外套。香辛料の匂いがした」ともう一人。
「顔は?」
「口元に布を巻いていた」
耳と匂いだけが印象に残る姿を、意図的に作っていたのかもしれない。
客に購入代を返す権限は店にはない。それでも商品を預かり、組合へ届ける。買った場所と時刻、男の服装を聞き取った。
「味を調べる?」とネネ。
「食べません。材料が分からない」
湯へ入れるだけの試験を、治療師立ち会いで行った。麺から濃い紫色が溶け出し、鍋の内側へ膜がつく。
治療師が顔をしかめた。
「染料に使う根が混ざっている。少量なら死にはしないが、腹を壊す」
偽物を買った客を探す必要がある。
リリアとロアンが市場を回り、ガルドが店前で声を上げた。
「糸で閉じた乾麺は食べるな! 店へ持ってきてくれ!」
ヴァルドは香辛料商の連絡網を使った。ボルツは肉商人へ、パン職人長は各工房へ知らせる。店だけでは届かない場所まで、既存の商人が情報を運んだ。
夕方までに、偽物は六袋集まった。食べた者は二人。どちらも腹痛があったが、治療師の処置で大事には至らなかった。
一人は荷運び人、もう一人は十歳の子どもだった。母親は店へ来るなり、偽物の袋を宗久の胸へ投げつけた。
「あんたの店の品だろ!」
「袋は同じですが、中身が入れ替えられています」
「そんなこと、買う方に分かるか!」
「分かりません。だから回収しています」
「本物を持ち込んだから起きたんだ!」
その言葉には、すぐ答えられなかった。
日本の商品がなければ、偽物も作られなかった。店が直接売った品ではない。それでも、珍しい袋と高い価格が利益になると見せたのは一号店だ。
「治療費は組合と相談します」と雨宮。
「店が払うのか」とヴァルド。
「責任を認めるという意味ではありません。まず治療を受けてもらいます。犯人から回収できるかは、そのあとです」
母親は怒ったままだったが、治療師のところへ戻った。
「店長」と雨宮が小声で呼ぶ。「会社へ確認せず、全額補償とは言えません」
「分かっています。だから相談すると言いました」
「前よりは止まるようになりましたね」
「少しだけ」
偽物による被害を、店、組合、犯人のどこが負担するのか。新しい問題が増えた。
「異世界一号店のせいだと思われます」と雨宮。
「そう思う人もいる」
「否定文を出しますか」
「偽物です、だけでは逃げに見える。見分け方と、食べた場合の連絡先を一緒に出そう」
店は本物の袋と偽物を入口へ並べた。
本物は熱で閉じられ、商品番号と販売印がある。偽物は糸で縫い、麺の太さがそろっていない。
「店で買っていない物まで、店が調べるのか」と客。
「うちの商品だと言われて売られたからです」
「犯人が悪いだろ」
「はい。でも、食べる人には関係ありません」
閉店後、ユノが店へ来た。隣には、痩せた男がいる。
「叔父さん?」
ユノがうなずく。
男は空き缶を一個、会計台へ置いた。
「これを売った男を知っている」
「右耳が欠けていますか」
「違う。耳はある。だが、右耳にかぶせる革を作らせた」
欠けた耳は、本物ではなかった。
「革を注文した人の顔は?」
「覚えている。組合の会議にいた男だ」
実行役は、外から来た転売屋ではない。
異世界一号店の出店審査に参加した、十二人の商人の一人だった。
「名前は分かりますか」
ユノの叔父はうなずいた。
だが、答える前に店の外で石が割れる音がした。
窓へ駆け寄ると、十二人の商人全員の名を書いた紙が、石に結ばれて落ちていた。
そのうち一人の名だけが、赤いインクで塗り潰されていた。




