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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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24/110

冷やしすぎた肉は売らない

「冷やせば長もちするんじゃないのか」


 ボルツが黒くなった肉を見て怒鳴った。


「冷え石へ直接触れた部分が凍り、運ぶ途中で戻っています」と雨宮。


 肉の表面は黒ずみ、汁が箱の底へ出ていた。匂いはまだ強くないが、売れる状態ではない。


「日本の箱を使えば傷まないと言っただろ」


「言っていません。冷やして運ぶ試験をすると説明しました」


「俺の肉が悪いと客に思われる」


「販売しません」


 宗久が答えると、ボルツはさらに顔を赤くした。


「四食分を捨てるのか」


「安全を確認できない物は出せません。代金は契約どおり払います」


「金の話じゃない」


 職人が切った肉を、店の運び方で駄目にした。怒るのは当然だった。


 宗久は保冷箱を開けた。底に冷え石を敷き、その上へ肉の包みを直接置いている。日本の冷蔵ケースと同じ感覚で、冷たければよいと考えた。


「次から、冷え石との間に木の網を置きます。肉の温度を出発時、途中、到着時に測る。箱の場所ごとにも確認します」


「次があると思うか」


「今回の肉代と加工賃は全額払います。そのうえで、もう一度だけ試させてください」


 ボルツは残った六食分を一枚ずつ確認した。


「これなら使える」


「今日は試食だけにします。販売申請は次回です」


「また無料で配るのか」


「パン職人のパンと、グレンの白根を一緒に使います。誰の品か全部書きます」


 薄切り肉を焼くと、店中に香りが広がった。白根の細切りを加え、塩で味を整える。切れ目を入れたパンへ挟んだ。


 日本のハンバーガーとは違う。固い黒パン、獣肉、甘い白根。それでも片手で食べられる。


 ボルツが最初にかじった。


「肉が薄い」


「そういう料理です」


「食った気がしない」


 二口目を食べる。


「白根が多い」


「肉を増やしますか」


「値段が上がる。働き手の昼飯なら、このままでいい」


 文句を言いながら、最後まで食べた。


 パン職人長も試す。


「汁でパンが柔らかくなる。朝焼いた物でも食べやすい」


「夕方に固くなったパンを使えますか」


「売れ残りを使うなら、朝のパンと同じ値では出せない」


「材料として買う値段を決めましょう」


 肉屋、パン屋、農家の商品を組み合わせ、店で調理して売る。誰の責任で、どの値段にするか。惣菜売場の最初の形が見え始めた。


 試食は三十個に切り分けた。


 開店前に、試食台の位置も変えた。前回は入口近くへ置いたため、人が止まって列が詰まった。今回は売場の奥に置き、食べる人と買い物を続ける人がぶつからないよう、床へ短い白線を引く。


「一人一個です」とリリアが練習する。


「二周したら?」とロアン。


「顔を覚える」


「百人来ても?」


「耳と匂いで分かる」


 獣人のリリアには本当にできそうだった。ただし、間違えて客を責めれば苦情になる。串を受け取った客の入店札へ、魚の形をした小さな印を押すことにした。


「今日は肉なのに魚の印?」


「新しい印を作る時間がなかったんだ」


「肉に見えるよう、尾を削る」


 ポルカが印を彫り直すと、今度は太った芋に見えた。何の印かは店員だけ分かればよいことにした。


 調理中の手洗い、加熱前と加熱後の器具、試食を切る場所も分けた。ネネは包丁の柄へ赤と青の紐を巻く。


「赤は生、青は焼いたあと」


「逆に覚えそう」とリリア。


「リリアは触らない」


「覚えなくてよかった」


 調理を始める前、雨宮が肉の中心温度を測った。ネネは焼き色を見れば分かると言ったが、数字も残した。


「毎回刺すの?」


「最初は。色と温度の関係が分かれば、抜き取りにできます」


「面倒」


「腹を壊すより早いです」


 ネネは文句を言いながら、測り忘れた一枚を自分から焼き直した。


「肉が少ない」「白根がうまい」「パンが固い」「仕事中に食べやすい」。感想は札へ記録する。


 一番多かったのは、「いくらで売るのか」だった。


「次回までに決めます」


 試食だけで約束はしない。原価、調理時間、廃棄、組合への手数料を計算してからだ。


 午後には、パンだけを買いたい客も現れた。


「これは試食用に仕入れたパンです。今日は販売できません」


「パン屋まで戻るのは遠い。ここで売ってくれ」


「次回の申請に入れます」


 購入希望札を置くと、パンに十八、薄切り肉に十二、肉と白根を挟んだ品に三十一の指印がついた。


「材料より、作った物の方が多い」とロアン。


「昼にすぐ食べられるからだろうな」


 スーパーの商品は、素材を並べるだけではない。忙しい人が火を起こさず食べられる物も必要になる。


 宗久は惣菜候補の欄へ、肉と白根の挟みパンを書いた。販売するには、調理場所、手洗い、保存時間、売れ残りの扱いを決めなければならない。


「名前は?」とリリア。


「まだない」


「肉白根パン」


「そのままだな」とロアン。


「何が入ってるか分かる」


「悪くない」と宗久。


 リリアが得意そうに胸を張った。洒落た名前より、初めて見る客には中身が分かる方がいい。


 営業中、右耳の欠けた男は現れなかった。


 代わりに、店の外で「黒い肉を売っている」という噂が広がった。


「売ってない!」


 リリアが入口で言い返している。


 宗久は黒くなった肉を隠さず、廃棄記録と一緒に透明な箱へ入れた。


「これは運び方を失敗した肉です。販売していません。代わりに使った肉は、ボルツさんとネネが確認しています」


「そんな物を見せたら、余計に客が逃げる」とロアン。


「隠したら、全部の肉が黒かったと思われる」


 ボルツにも売場へ立ってもらった。


「悪いのは俺の肉じゃない。こいつらの箱の使い方だ」


「そこまで言わなくても」


「本当だろ」


「本当です」


 客は黒い肉と、試食に使った正常な肉を見比べた。噂を聞いて来た者の中には、そのまま青果や缶詰を買っていく者もいた。


 閉店までに、来店は前回より十一人減った。だが会計件数は三件増えた。一人当たりの購入点数も増えている。


 缶詰は缶切りと一緒に販売する予定を掲示し、予約札が九枚入った。乾麺は一人二袋までにしたため、昼過ぎまで残った。植物油は白根の調理実演を始めると完売した。


 売れた理由も、売れなかった理由も前回とは違う。単に数量だけを比べれば、変更した売り方の効果を見失う。


「次回は、説明を受けた客と受けなかった客を分けて数えたいです」と雨宮。


「どうやって分ける?」


「試食札の裏へ印をつけます。商品説明を聞いたら一つ、買ったらもう一つ」


「客が札をなくす」とロアン。


「会計まで持ってきた分だけで構いません。全員を正確に追うのではなく、傾向を見ます」


 数字を増やしすぎないよう、確認したいことを二つに絞った。肉白根パンを買いたいか。植物油の説明後に購入したか。それ以外は店員の気づきとして文章で残す。


 宗久は黒い肉四食分も廃棄しただけで終わらせず、重さと仕入れ額を記録した。


「失敗した商品を見せるのは今日までです。明日、治療師の指示で処分します」


「燃やすのか」とボルツ。


「家畜が食べても安全か分からないので、指定場所で焼却します。立ち会ってください」


「最後まで俺に見ろと?」


「ボルツさんの肉だからこそ、どう処分したかも確認してほしいんです」


 ボルツは渋い顔のまま、翌朝の立ち会いを約束した。


「珍しさだけの客が減り、買う客が残った可能性があります」と雨宮。


 「次も同じなら、そう言える」


 宗久は結論を急がなかった。


 閉店後、警備隊から知らせが来た。


 逃げた荷車泥棒が、西倉庫へ戻ったところを捕まえられた。


 ただし、倉庫の中は空だった。


 床に残っていたのは、乾麺の切れ端と、赤い糸。それに、異世界一号店の商品価格を書き写した紙だった。


 すべての価格の横に、店より二割安い数字が書かれていた。


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