冷やしすぎた肉は売らない
「冷やせば長もちするんじゃないのか」
ボルツが黒くなった肉を見て怒鳴った。
「冷え石へ直接触れた部分が凍り、運ぶ途中で戻っています」と雨宮。
肉の表面は黒ずみ、汁が箱の底へ出ていた。匂いはまだ強くないが、売れる状態ではない。
「日本の箱を使えば傷まないと言っただろ」
「言っていません。冷やして運ぶ試験をすると説明しました」
「俺の肉が悪いと客に思われる」
「販売しません」
宗久が答えると、ボルツはさらに顔を赤くした。
「四食分を捨てるのか」
「安全を確認できない物は出せません。代金は契約どおり払います」
「金の話じゃない」
職人が切った肉を、店の運び方で駄目にした。怒るのは当然だった。
宗久は保冷箱を開けた。底に冷え石を敷き、その上へ肉の包みを直接置いている。日本の冷蔵ケースと同じ感覚で、冷たければよいと考えた。
「次から、冷え石との間に木の網を置きます。肉の温度を出発時、途中、到着時に測る。箱の場所ごとにも確認します」
「次があると思うか」
「今回の肉代と加工賃は全額払います。そのうえで、もう一度だけ試させてください」
ボルツは残った六食分を一枚ずつ確認した。
「これなら使える」
「今日は試食だけにします。販売申請は次回です」
「また無料で配るのか」
「パン職人のパンと、グレンの白根を一緒に使います。誰の品か全部書きます」
薄切り肉を焼くと、店中に香りが広がった。白根の細切りを加え、塩で味を整える。切れ目を入れたパンへ挟んだ。
日本のハンバーガーとは違う。固い黒パン、獣肉、甘い白根。それでも片手で食べられる。
ボルツが最初にかじった。
「肉が薄い」
「そういう料理です」
「食った気がしない」
二口目を食べる。
「白根が多い」
「肉を増やしますか」
「値段が上がる。働き手の昼飯なら、このままでいい」
文句を言いながら、最後まで食べた。
パン職人長も試す。
「汁でパンが柔らかくなる。朝焼いた物でも食べやすい」
「夕方に固くなったパンを使えますか」
「売れ残りを使うなら、朝のパンと同じ値では出せない」
「材料として買う値段を決めましょう」
肉屋、パン屋、農家の商品を組み合わせ、店で調理して売る。誰の責任で、どの値段にするか。惣菜売場の最初の形が見え始めた。
試食は三十個に切り分けた。
開店前に、試食台の位置も変えた。前回は入口近くへ置いたため、人が止まって列が詰まった。今回は売場の奥に置き、食べる人と買い物を続ける人がぶつからないよう、床へ短い白線を引く。
「一人一個です」とリリアが練習する。
「二周したら?」とロアン。
「顔を覚える」
「百人来ても?」
「耳と匂いで分かる」
獣人のリリアには本当にできそうだった。ただし、間違えて客を責めれば苦情になる。串を受け取った客の入店札へ、魚の形をした小さな印を押すことにした。
「今日は肉なのに魚の印?」
「新しい印を作る時間がなかったんだ」
「肉に見えるよう、尾を削る」
ポルカが印を彫り直すと、今度は太った芋に見えた。何の印かは店員だけ分かればよいことにした。
調理中の手洗い、加熱前と加熱後の器具、試食を切る場所も分けた。ネネは包丁の柄へ赤と青の紐を巻く。
「赤は生、青は焼いたあと」
「逆に覚えそう」とリリア。
「リリアは触らない」
「覚えなくてよかった」
調理を始める前、雨宮が肉の中心温度を測った。ネネは焼き色を見れば分かると言ったが、数字も残した。
「毎回刺すの?」
「最初は。色と温度の関係が分かれば、抜き取りにできます」
「面倒」
「腹を壊すより早いです」
ネネは文句を言いながら、測り忘れた一枚を自分から焼き直した。
「肉が少ない」「白根がうまい」「パンが固い」「仕事中に食べやすい」。感想は札へ記録する。
一番多かったのは、「いくらで売るのか」だった。
「次回までに決めます」
試食だけで約束はしない。原価、調理時間、廃棄、組合への手数料を計算してからだ。
午後には、パンだけを買いたい客も現れた。
「これは試食用に仕入れたパンです。今日は販売できません」
「パン屋まで戻るのは遠い。ここで売ってくれ」
「次回の申請に入れます」
購入希望札を置くと、パンに十八、薄切り肉に十二、肉と白根を挟んだ品に三十一の指印がついた。
「材料より、作った物の方が多い」とロアン。
「昼にすぐ食べられるからだろうな」
スーパーの商品は、素材を並べるだけではない。忙しい人が火を起こさず食べられる物も必要になる。
宗久は惣菜候補の欄へ、肉と白根の挟みパンを書いた。販売するには、調理場所、手洗い、保存時間、売れ残りの扱いを決めなければならない。
「名前は?」とリリア。
「まだない」
「肉白根パン」
「そのままだな」とロアン。
「何が入ってるか分かる」
「悪くない」と宗久。
リリアが得意そうに胸を張った。洒落た名前より、初めて見る客には中身が分かる方がいい。
営業中、右耳の欠けた男は現れなかった。
代わりに、店の外で「黒い肉を売っている」という噂が広がった。
「売ってない!」
リリアが入口で言い返している。
宗久は黒くなった肉を隠さず、廃棄記録と一緒に透明な箱へ入れた。
「これは運び方を失敗した肉です。販売していません。代わりに使った肉は、ボルツさんとネネが確認しています」
「そんな物を見せたら、余計に客が逃げる」とロアン。
「隠したら、全部の肉が黒かったと思われる」
ボルツにも売場へ立ってもらった。
「悪いのは俺の肉じゃない。こいつらの箱の使い方だ」
「そこまで言わなくても」
「本当だろ」
「本当です」
客は黒い肉と、試食に使った正常な肉を見比べた。噂を聞いて来た者の中には、そのまま青果や缶詰を買っていく者もいた。
閉店までに、来店は前回より十一人減った。だが会計件数は三件増えた。一人当たりの購入点数も増えている。
缶詰は缶切りと一緒に販売する予定を掲示し、予約札が九枚入った。乾麺は一人二袋までにしたため、昼過ぎまで残った。植物油は白根の調理実演を始めると完売した。
売れた理由も、売れなかった理由も前回とは違う。単に数量だけを比べれば、変更した売り方の効果を見失う。
「次回は、説明を受けた客と受けなかった客を分けて数えたいです」と雨宮。
「どうやって分ける?」
「試食札の裏へ印をつけます。商品説明を聞いたら一つ、買ったらもう一つ」
「客が札をなくす」とロアン。
「会計まで持ってきた分だけで構いません。全員を正確に追うのではなく、傾向を見ます」
数字を増やしすぎないよう、確認したいことを二つに絞った。肉白根パンを買いたいか。植物油の説明後に購入したか。それ以外は店員の気づきとして文章で残す。
宗久は黒い肉四食分も廃棄しただけで終わらせず、重さと仕入れ額を記録した。
「失敗した商品を見せるのは今日までです。明日、治療師の指示で処分します」
「燃やすのか」とボルツ。
「家畜が食べても安全か分からないので、指定場所で焼却します。立ち会ってください」
「最後まで俺に見ろと?」
「ボルツさんの肉だからこそ、どう処分したかも確認してほしいんです」
ボルツは渋い顔のまま、翌朝の立ち会いを約束した。
「珍しさだけの客が減り、買う客が残った可能性があります」と雨宮。
「次も同じなら、そう言える」
宗久は結論を急がなかった。
閉店後、警備隊から知らせが来た。
逃げた荷車泥棒が、西倉庫へ戻ったところを捕まえられた。
ただし、倉庫の中は空だった。
床に残っていたのは、乾麺の切れ端と、赤い糸。それに、異世界一号店の商品価格を書き写した紙だった。
すべての価格の横に、店より二割安い数字が書かれていた。




