肉とパンを一緒に売りたい
「車軸は、あと一度走れば折れていた」
ポルカが荷車の下から出てきた。
グレンの荷車は、店の裏庭へ運び込まれていた。太い車軸の下側に、半分近くまで鋸が入っている。上から見ただけでは分からない。
「荷を積んで坂を下ったら?」と宗久。
「車輪が外れる。荷だけで済めば運がいい」
グレンは切り口を見つめた。
「昨日の夜までは何ともなかった。朝、白根を積む前に気づいた」
「誰が荷車へ近づけました?」
「道沿いの納屋だ。鍵なんかない」
雨宮が時刻と場所を記録する。ヴァルドにも知らせ、切られた車軸は証拠として店で保管することにした。
「明日の納品は、店の荷車で取りに行きます」と宗久。
「お前たちの荷車も狙われるぞ」
「だから二台で行きます。一台が壊れても、もう一台で人を運べる」
商品の運搬より、人が帰れることを先に決めた。
妨害を理由に仕入れを止めれば、犯人の望みどおりになる。だが警戒せず続ければ、従業員や農家を危険にさらす。
「次の営業は予定どおりやる。ただし、荷車は出発前と帰着後に点検。夜間は店の裏へ入れて、裏口を施錠する」
「見張りを置くか」とガルド。
「一人では置かない。襲われたら危ない。夜は二人一組にして、交代で見回る」
「店長も入るんですか」と雨宮。
「入ります」
「昼の仕事もあります」
「分かっています」
「分かっていない人の返事です」
値札を作った時に宗久が言った言葉を、そのまま返された。
「見回りは現地の警備隊へ相談します。店員は荷車の点検まで。夜通し働かせません」
「費用は?」
「安全に必要な経費です」
雨宮はすでに帳簿へ警備費の欄を作っていた。
午後、宗久とロアンは肉商組合へ向かった。
新商品候補の精肉について話すためだ。石造りの解体場では、天井から大きな肉の塊が下がり、床を冷たい水が流れている。
組合の代表は、最初の出店審査にいた肉商人だった。名はボルツ。太い前腕に革の前掛けをつけている。
「何の肉を売りたい」
「家庭で焼ける薄切り肉と、煮込み用の角切りです」
「薄切り?」
宗久が日本から持ってきた見本写真を見せる。ボルツは鼻で笑った。
「こんな薄い肉、切りくずだ」
「火が早く通ります。パンに挟むこともできます」
「肉は塊で焼くものだ」
「仕事の昼休みに、塊を焼く時間はありますか」
ボルツの返事が止まった。
市場の職人たちは黒パンと干し肉で昼を済ませる。薄い肉なら短時間で焼け、野菜と一緒にパンへ挟める。
「端肉でも作れます。ただし、筋や脂の量をそろえたい」
「捨てる脂を安く取る話か」
「脂だけではありません。食べられる肉は肉として買います。部位と品質を見て値段を決めます」
ボルツは牛に似た獣の腿肉を台へ置き、長い包丁で切った。厚さは宗久の指二本分。
「これより薄く?」
「指一本の半分くらい」
「紙を売る気か」
やらせてみると、一枚目は途中で破れた。二枚目は厚さがばらばら。三枚目でようやく近い形になった。
「面倒だ。手間賃を取るぞ」
「取ってください。その代わり、厚さの基準を守ってもらいます」
「売れなければ?」
「最初は十食分だけです」
試験調理用として契約し、販売は味と保存状態を確認してから申請する。
契約書には、肉の厚さだけでなく、切った時刻と受渡時の温度も入れた。
「温度なんか量ったことはない」とボルツ。
「では、最初は私たちが量ります。肉を切ったとき、箱へ入れたとき、店へ着いたときです」
「数字が少し違ったら受け取らないのか」
「最初の試験では、違いと肉の状態を記録します。基準を決めるのは、そのあとです」
「基準もないのに測る?」
「測らなければ、次も勘で話すことになります」
ボルツは面倒そうに鼻を鳴らしながら、自分の肉切り台へ置く記録札を受け取った。
解体場の奥では、使われない骨と皮が山になっていた。骨は一部を煮出し、残りは処分するという。皮は革職人が買うが、小さな端は捨てる。
「骨でスープを作れます」
「そんなのは肉屋なら知っている」
「店で野菜と合わせたいんです」
「今度は鍋屋になるのか」
「いずれ惣菜も売ります」
ボルツが宗久をまじまじと見た。
「野菜、肉、パン、魚、異邦の瓶。全部やる気か」
「石けんや布巾もです」
「欲張りだな」
「一度の買い物で、暮らしに必要な物がそろう店にします」
骨は今回は契約に入れなかった。保管、煮出す設備、販売許可が必要になる。使えそうだからと、すぐ商品にしない。候補札だけ作った。
次はパン職人組合だった。
焼き窯の並ぶ工房へ入ると、酸味のある香りがした。丸い黒パン、平たい白パン、木の実を混ぜた固いパン。どれも朝に焼き、夕方には固くなる。
「肉を挟みたい」と宗久。
職人長の女は、宗久の写真を見て眉を寄せた。
「パンを切って、中へ物を入れるのか」
「はい」
「最初から混ぜて焼けばいい」
「野菜や肉を選べるようにしたいんです」
「食べる人に作らせるのか?」
「店で作って売る方法もあります」
「パン屋でも肉屋でもない店が?」
ここでも同じ壁に当たった。スーパーは、複数の専門店の商品を一か所へ集める。惣菜を作れば、さらに仕事の境界へ入る。
「まず、切っても崩れにくいパンを買いたいです。調理と販売は、組合の許可を取ってからにします」
翌朝、試作用のパン二十個と薄切り肉十食分が届くことになった。
パン職人長は、三種類のパンを一個ずつ持たせてくれた。無料ではない。試験用の価格をその場で支払った。
店へ戻る途中、宗久たちは道端の石へ座り、パンを切って確かめた。
黒パンは固いが、汁をよく吸う。平たい白パンは柔らかいが、切れ目を入れると裂ける。木の実パンは香りが強く、肉の味とぶつかりそうだった。
「黒パンだな」とロアン。
「俺もそう思う」
「店長でも、すぐ決めることがあるんだな」
「食べれば分かることは早い」
「数字は?」
「雨宮さんに怒られるから、店へ戻って計算する」
価格を足すと、薄切り肉と白根を挟んだパンは、職人の昼食としては少し高い。肉を減らせば魅力がない。パン職人へ売れ残りの夕方パンを安く仕入れられないか、相談する余地があった。
「売れ残りを隠して使うのはだめだ」とロアン。
「表示する。朝焼きではないことと、温めて使うことを」
「客は嫌がるぞ」
「味と値段を見てもらう。嫌なら朝のパンで作る」
規格外の白根と同じだった。安い理由を隠さず、選ぶのは客に任せる。
帰り道、ロアンが雑貨商の店先で足を止めた。木皿、布巾、洗濯用の灰、獣脂石けんが並んでいる。
「生活用品も、ああいうのを置くのか」
「置きたい。ただ、日本の物を持ち込む前に、この街で何が使われているか調べる」
「日本の方が便利なら?」
「比べて選べるようにする。現地の物を消すために運ぶんじゃない」
宗久は布巾を一枚買った。吸水性、乾く速さ、価格を試す。生活用品売場も、商品を大量に運ぶところからは始めない。
「今日は肉とパンの話だったのに、もう布巾か」
「肉を切れば台を拭く。パンを売れば包む物がいる。売場はつながってるんだよ」
ロアンは買った布巾を持ち上げ、光へ透かした。
「穴がある」
「最初の検品で一枚不合格だな」
店へ置く前でよかった。
店へ戻ると、グレンの荷車がなくなっていた。
「誰が動かした?」
裏庭には、切られた車軸の木片だけが落ちている。
門番が、街の西へ向かう男二人の荷車を見たという。
「証拠を盗まれた」
ロアンが拳を握る。
宗久は地面に残った車輪跡を見た。
片方の車輪だけ、赤い粉を踏んでいた。
香辛料市場で使われる、赤胡椒の粉だった。




