売上黒字でも店は赤字
「売上は黒字です。店としては赤字です」
市場商人組合の会議室で、雨宮が二枚の紙を並べた。
一枚目には、試験営業で客から受け取った金額。二枚目には、商品の仕入れ代、従業員の賃金、冷蔵箱と照明の電力、門の維持費が書かれている。
売上から仕入れ代を引いただけなら、銀貨十二枚分の利益。しかし、人件費と設備費まで入れれば、銀貨九枚分の赤字だった。
「つまり、失敗だな」
肉商人が言った。
「一日で判断するなら、そうなります」
「続ければ黒字になるのか」
「分かりません」
宗久が答えると、何人かが顔をしかめた。
最初の出店審査でも同じ顔をされた。だが、分からない数字を分かったように話すよりはいい。
「今回の門の維持費には、日本から運んだ棚と看板の分も含まれています」と雨宮。「毎回同じ額がかかるわけではありません。一方で、初日だから珍しさで来た客も多い。次回の客数は下がる可能性があります」
「都合のいい数字と悪い数字を、両方出すのか」とヴァルド。
「片方だけでは判断できません」
雨宮は来店数百四十三人、会計百十七件という結果も示した。缶詰、乾麺、植物油は完売。青果の廃棄はゼロ。しょうゆには二十七人の購入希望があった。
「残った葉野菜はどうした」とバルガス。
「閉店後、仕入れ値と同じ額で従業員が買いました。香り草五束は売れず、農家へ相談して返品しています。返品分の運び代は店が負担しました」
「返品を受けた農家は納得したのか」
「次回は仕入れを三束に減らす条件で、納得してもらいました」
宗久が答える。
会議室の端には、グレン、ミーナ、サナとメルも呼ばれていた。契約した農家自身に、支払いと返品の事実を確かめてもらうためだ。
「代金は約束どおり受け取った」とグレン。
「私にね」と妻のテナが付け加えた。
グレンは目をそらした。
次は、事故と苦情の報告だった。
開店時に客が押し合った。火蜜の実が一つ潰れた。缶切りを用意していなかった。缶詰を盗もうとした少年がいた。乾麺を一人で十袋買った客がいた。閉店時には売上金が合わなかった。
「よく、それだけ失敗を並べて営業継続を頼めるな」
ヴァルドは呆れたように言った。
「隠してあとから見つかるよりいいです」
「売上金の不足は?」
「会計台と壁の間から全額見つかりました」
「盗もうとした子どもは?」
「商品を返させ、当日は監督下で空き缶の整理を手伝ってもらいました。正式に雇う場合は、親族と組合の確認を取ります」
「罰は与えないのか」と別の商人。
「店としては、再び盗んだ場合は組合へ渡すと本人へ伝えました」
「甘い」
「そうかもしれません。ただ、指を失わせても、盗まなくて済む仕事は増えません」
宗久が答えると、農家の席でミーナが小さくうなずいた。
バルガスは試験営業の報告書を最後まで読み、机へ置いた。
「組合として決めることは三つだ。次の営業を認めるか。扱う商品を増やすか。保証契約を継続するか」
「私は継続する」
ヴァルドが先に言った。
宗久だけでなく、他の商人も彼を見た。
「反対ではなかったのか」と肉商人。
「反対だ。だから帳簿を見る。見張らずに追い出せば、異邦人は別の場所で同じ店を開く」
「それだけですか」
宗久が聞く。
「お前の店で売れた乾麺を、昨日の客が酒場で三倍の値をつけた。市場の値を乱す者が出た。次は購入数を先に決めろ」
「決めます」
「缶詰の空き缶も売られている。一個、銅貨四枚だ」
「空き缶だけで?」
「魚を食べた客より、空き缶を転売した者の方が儲けている」
店で無料配布した物まで売られていた。捨てる物にも価値があると分かった一方で、必要な人へ届いているとは限らない。
「次から、空き缶は返却品として店で集めます」と雨宮。「洗浄し、加工する職人へまとめて渡す。価格と用途は組合と決めます」
「無料をやめるのか」とバルガス。
「無料だから、先に取った人が売れます。屋根の修理に必要な家へ渡る仕組みを作りたいです」
その場で決めず、次回までの検討事項になった。
次に、客から集めた意見を読み上げた。
「入口が混んで怖かった。値段が先に分かるのはよい。籠の使い方が分からない。缶詰は高いが、骨まで食べられる。乾麺を買えなかった。会計が遅い。店員へ質問しやすかった」
「良い話だけ選んでいないだろうな」と肉商人。
「全部です。『王冠の野菜が怖い』も十一件あります」
会議室に笑いが起きた。宗久は笑えなかった。本社へ報告する件数がまた増えた。
「苦情を書いた者の名前は?」
「取りませんでした」
「なら同じ人間が何度も書ける」
ヴァルドの指摘を受け、次回は会計一件につき意見札一枚を渡すことにした。文字の書けない客には、店員が内容を復唱して代筆する。
「店員が都合よく書き換えたら?」
「客の前で読み上げ、指印をもらいます」
「何でも紙にする店だな」
「紙が増えすぎている自覚はあります」
雨宮は机の上の束をそろえた。
反対票を入れると宣言した商人からは、固定価格への質問が出た。
「市場より安く売れば、客はそちらへ流れる」
「同じ現地商品は、市場の相場を下回らないようにしています」
「相場は毎日変わる」
「営業日の朝にロアンが確認します。差が出た場合は、組合へ報告してから価格を直します」
「高くなれば客が怒るぞ」
「理由を値札へ書きます。仕入れ値が下がれば、値下げも届け出ます」
「昨日売れたから、次は高くすることもできる」
「しません」
「契約に書けるか」
雨宮が宗久を見る。
「需要だけを理由に、同じ仕入れの商品を継続試験中に値上げしない。これなら書けます」
「本社の承認は?」
「試験営業の価格決定権は現地店長にあります」
初めて、店長の権限が役に立った。
ただし、仕入れ値や門の費用が変われば価格も変えざるを得ない。その場合は根拠を公開する。条件を文書へ足し、宗久とヴァルドが印をつけた。
「固定価格は、動かさない価格ではない」とロアンが農家へ説明した。「変えるときに、客を見て決めない価格だ」
宗久が教えた言葉ではなかった。ロアン自身が、試験営業を見て出した答えだった。
営業継続の採決が行われた。
賛成七、反対三、保留二。
「十四日間の継続試験を認める」
バルガスが印章を押した。
「営業日は四日。各営業の翌日に売上、在庫、廃棄、苦情を報告すること。新しく扱う商品は、事前に組合の承認を受ける」
「新商品を申請します」
宗久は候補表を出した。
精肉二品。パン三品。塩、酢、香辛料。布巾、洗濯石けん、木製の食器。日本からは缶切り、固形スープ、保存容器。
「急に増やしすぎだ」とヴァルド。
「全部を一度に売るとは言っていません。仕入れ先と使い方を確認できた物からです」
「肉は私の組合を通せ」
肉商人が候補表を指した。
「パンは職人組合がある。勝手に工房へ行けば、また身内取引だと疑われるぞ」とバルガス。
「生活用品は雑貨商が反対する」と別の商人。
商品を増やすほど、関係する組合も増える。スーパーは一つの店だが、既存の商人から見れば、いくつもの商売へ同時に入ってくる存在だった。
「順番を決めましょう」と雨宮。
「次は肉とパンから」
宗久は答えた。
「食卓を一度の買い物でそろえられる店にする。その次に調味料と生活用品です」
「八百屋を大きくするだけではないんだな」とバルガス。
「最初から、スーパーマーケットを作るつもりです」
会議が終わり、農家と一緒に外へ出た。
グレンが店へ戻る道で立ち止まる。
「宗久。明日の納品だが、俺の荷車は使えん」
「壊れたんですか」
「車軸に、鋸で切った跡がある」
銀貨が消えた日に届いた脅迫文が頭へ浮かんだ。
『次は、店の外で失敗してもらう』
妨害は、もう始まっていた。




