消えた銀貨一枚
「全員、店から出ないでください」
雨宮の声で、座り込んでいた店員が顔を上げた。
「売上金が、銀貨一枚分足りません」
ロアンが立ち上がる。
「誰かが取ったってことか」
「まだ決めていません。数え間違い、釣り銭間違い、記録漏れもあります」
ユノが前掛けのポケットを両手で押さえた。今日、缶詰を盗もうとしたばかりだ。全員の視線が一度だけ少年へ集まった。
「先に身体を調べて」
ユノが言った。
「調べません」と宗久。
「でも、俺が一番怪しい」
「怪しい順に探すと、間違える。記録の最初から確認する」
雨宮が会計記録を十件ずつに分けた。宗久が売価を足し、ロアンが現地通貨の換算を確認する。リリアは返品籠と空き缶の数、ネネは試食数、ガルドは入店札を数えた。
一時間後、計算は同じだった。
売上記録より、現金が銀貨一枚少ない。
「会計を担当したのは?」
「私と店長です」と雨宮。「途中で釣り銭補充をロアンさんに頼みました」
「俺は箱を運んだだけだ」
「名前は記録されています」
釣り銭交換を始める時に決めた記録が残っていた。誰が釣り銭箱へ触れたかは分かる。しかし、三人のうち誰かを疑う材料にはならない。
「軽い銅貨十二枚は?」とヴァルド。
保証人は閉店後も帳簿確認に残っていた。
「売上には入れていません。別袋です」
「客へ多く返した可能性は」
「あります。ただ、一件ずつ会計皿で数えました」
「皿に置いた金を、客が全部取ったとは限らん」
会計台の下を探す。銅貨が三枚落ちていた。まだ銀貨一枚には遠い。
ポルカが会計皿を持ち上げた。
「脚が傾いてる」
石床の継ぎ目に片脚が入り、皿が出口側へわずかに傾いていた。硬貨を置くと、縁へ転がる。
会計台と壁の隙間を照らす。銅貨が五枚、小銀貨が一枚出てきた。
「残りは銅貨二枚分です」と雨宮。
「これじゃない?」
リリアが返品籠の下から銅貨を二枚拾った。
合計は一致した。
ユノがポケットから手を離した。
「俺じゃなかった」
「最初から、誰とも決めてない」
「みんな、俺を見た」
誰も否定できなかった。
宗久は店員を見回した。
「疑われる原因を作ったのはユノだ。でも、記録を調べる前に犯人扱いしたのは俺たちだ。悪かった」
雨宮も頭を下げた。
「ごめんなさい」
ロアンは少し迷い、「俺も」と言った。
ユノは困ったように前掛けを握った。
「謝られたこと、ない」
「慣れなくていい。次は盗むな」
「盗まない」
会計台の脚へ板を挟み、壁との隙間を塞いだ。落下防止の縁もつける。原因と対策を記録へ残す。
試験営業の結果は、来店百四十三人。会計百十七件。缶詰、乾麺、植物油は完売。青果は十三点を残し、廃棄はゼロ。売上だけなら黒字だった。
「門の維持費を入れると赤字です」と雨宮。
「試験営業ですから」
「赤字は赤字です」
「次に直せる数字も出た」
客を十人ずつ入れる。缶詰には缶切りが必要。乾麺は購入制限を先に書く。釣り銭は予測より多く用意する。現地魚の冷蔵販売には可能性がある。
ヴァルドは帳簿を閉じた。
「合格だと思っている顔だな」
「少なくとも、次をやる理由はあります」
「決めるのは組合だ」
「明日、報告します」
ヴァルドは帰りかけ、契約書を保管した木箱の前で止まった。
「この封印、誰が替えた」
「触っていません」
保証契約には緑の紐を通し、結び目へ宗久とヴァルドの印を重ねていた。今も紐は緑だが、結び目の位置が逆になっている。
魔力灯へ透かす。文字は書き換えられていない。
代わりに、紙の間から細い伝票が落ちた。
今日、乾麺を十袋買った男の会計控えだった。
裏には、赤みのある黒いインクで一文だけ書かれている。
『次は、店の外で失敗してもらう』
ヴァルドが三つの赤い指輪を握った。
「私のインクを使って、私まで脅す気か」
契約書を改ざんした者は、今日の客の中にいた。




