買い占めは一人二袋まで
「金を払うんだ。何袋買おうが俺の勝手だろ」
乾麺を十袋抱えた男は、籠を離さなかった。
後ろには、残りを買いたい客が集まっている。
「今の札には購入数の制限を書いていません」と雨宮。
その通りだった。開店後に突然「二袋まで」と決めれば、先に買えた客と扱いが変わる。
「十袋、何に使います?」と宗久。
「酒場で売る。湯で戻すだけなら、厨房の手間が減る」
転売目的だと自分から認めた。
「店で売る値段は?」
「俺が決める」
「今日の十袋は売ります。ただし、次の営業から一人二袋までにします」
周囲から不満の声が上がった。
「買い占めを認めるのか!」
「書いていなかった店の責任です。今いる方には、残り十袋を一人一袋までで販売します」
男の会計を済ませ、乾麺の棚へ数量制限の札を出した。
「次から二袋なのに、今は一袋?」
「残りを十人に一袋ずつ買っていただくためです。ご理解いただけない場合は、次の入荷をお待ちください」
客は文句を言いながらも列を作った。
乾麺は十分で売り切れた。
次に植物油が動いた。乾麺を買えなかった客が、珍しい日本商品を何か持ち帰ろうとしたらしい。十本のうち、六本が続けて売れた。
リリアが説明札を読み上げる。
「これは食べる油。灯りには使わない。鍋にいっぱい入れない」
「いっぱい入れたら?」
「燃える」
客の手が止まった。
「普通に使えば燃えません」と宗久。「獣脂より匂いが少なく、冷めても固まりにくい油です」
「何を焼く?」
ネネが白根の切れ端を薄く削り、植物油で焼いた。看板の灯りを消し、調理器具へ電力を回す。香ばしい匂いが売場へ広がった。
塩を振った白根を試食へ出すと、植物油は残り四本も売れた。
「全部なくなりました」と雨宮。
「説明で売れたな」
「白根も売れました」
加工品だけでも、地元野菜だけでもない。組み合わせることで、両方に新しい食べ方が生まれる。
しょうゆは一本しかないため、試食用に開ければ販売できない。宗久は香りだけを嗅いでもらい、使い方を説明した。
「売らない物を、なぜ置く」と客。
「次に何本仕入れるか決めるためです。欲しい方は、この札へ印をつけてください」
購入希望の札へ、指印が増えた。昼までに二十七人。
「一本しかないのに二十七人」とロアン。
「次は三十本、ではありません」と雨宮。「実際の値段を見て買わない人もいます」
「十本からだな」と宗久。
「売れたら増やす。売れなければ止める」
ヴァルドが帳簿をのぞき込みながら言った。最初の出店審査で宗久が答えた言葉を覚えていたらしい。
「その通りです」
「忘れるな」
夕方には、青果もほぼ売り切れた。残ったのは傷のついた葉野菜が八束と、香りの強い草が五束。値下げには前日申請が必要なため、今日だけ安くはできない。
「捨てるの?」とリリア。
「まだ食べられる物は、従業員が同じ値段で買える。ただし、閉店前に取り置きはしない」
「売れなかったら?」
「記録して、賄いに使う許可を組合へ相談する」
リリアは葉野菜を見たが、隠さず平台へ戻した。
閉店の鐘まで、あと半刻。
整理札は百四十番まで進んでいた。最後の客を入れ、ガルドが列の後ろへ営業終了の札を立てる。
「今日はもう入れない」と言われた男が、銀貨を見せた。
「倍払う」
「順番は変えません」とガルド。
「店長を呼べ」
宗久が出ると、男は銀貨二枚を差し出した。
「しょうゆを売れ」
「一本しかありません。今日は販売しません」
「金ならある」
「二十七人が次の入荷を待っています」
「そいつらより高く買う」
「価格は誰が買っても同じです」
男は銀貨を引っ込め、店名を確認して帰った。
「貴族の使いかもしれない」とロアン。
「次に来ても同じ値段だ」
閉店の鐘が鳴った。
最後の客を送り出し、扉を閉める。全員がその場へ座り込んだ。
「終わった?」とリリア。
「ここから数えます」と雨宮。
売上、在庫、釣り銭、廃棄。試験営業は、扉を閉めて終わりではない。
缶詰の在庫はゼロ。乾麺ゼロ。植物油ゼロ。しょうゆ一本。青果十三点。
ところが、雨宮が会計記録と現金を数え終えたとき、銀貨一枚分が足りなかった。




