盗んだ少年に仕事を頼む
「逃げない。話を聞くだけだ」
ガルドが道を塞ぐと、少年は缶詰を腹へ抱えたまま固まった。
年は十二歳ほど。擦り切れた上着から細い手首が出ている。
「会計は済んでる?」とリリア。
少年は首を振った。
「金は?」
もう一度、首を振る。
周囲の客が騒ぎ始めた。
「盗人だ」「組合へ渡せ」「手を切れ」
最後の言葉に、宗久は顔を上げた。
「この街では、盗みの罰は?」
「品の値段による」とロアン。「缶は高い。市場へ突き出したら、鞭か指を一本だ」
少年の指が缶へ食い込んだ。
「まず、なぜ取ったか聞く」
「理由で盗みが消えるのか」と客。
「消えません。でも、店の商品です。店が確認します」
宗久は少年を倉庫へ連れていかず、会計台の横で話した。人目のない場所へ連れ込んだと思われないためだ。
「名前は?」
「ユノ」
応募書類にはない名だった。
「どうして缶詰を取った」
「弟に」
「食べさせたかった?」
「違う。缶が欲しい。雨が降ると屋根から水が入る」
ロアンが空き缶を見た。
「屋根の穴を塞ぐって話を聞いてたのか」
ユノはうなずいた。
「空き缶なら、食べ終えた客にもらえばよかっただろ」
「頼んだ。銅貨二枚って言われた」
商品として売れた瞬間、空き缶にも値段がついたらしい。
「だからって盗んでいいことにはならない」と宗久。「缶は返してもらう」
ユノは缶を台へ置いた。
「組合へ渡す?」
「その前に、働いて返す方法があるか相談する」
「店長」と雨宮が呼んだ。「勝手に罰を決めることはできません」
「雇うのも?」
「応募者なら面接が必要です。未成年の就労条件も確認します」
「じゃあ、今から面接しよう」
雨宮は一度目を閉じた。
「営業中です」
「五分で」
「以前、ロアンさんにも十分と言いましたね」
「では十分で」
雨宮は面接記録を取り出した。断ると思っていたユノが、一番驚いた顔をしている。
「できる仕事は?」
「市場の使い走り。荷物を運ぶ。字は読めない。数は数えられる」
「二十四まで数えて」
缶詰を並べると、ユノは五個ずつ分け、最後に四個置いた。
「二十四」
「なぜ五個ずつ?」
「片手の指と同じだから、間違えない」
釣り銭確認にも使える数え方だった。
「今日の仕事は、空き缶を集めること。切り口へ布を巻き、欲しい人へ無料で渡す。ただし、一人一個」
「売らないの?」
「店が捨てる物だからな。缶詰を買った客が持ち帰る場合は、その人の物だ」
ユノへ店の前掛けを貸した。裾が膝まで届くので、雨宮が折って紐で留める。
「これは正式な採用ではありません」と雨宮が念を押した。「今日だけ、店の監督下で手伝ってもらいます。賃金は払いますが、続けて働くなら保護者と組合の確認が必要です」
「保護者はいない。弟と二人」
「親族は?」
「叔父がいる。でも、別の家」
雨宮は面接記録の上へ『要確認』と書いた。
「では、今日の仕事が終わったら叔父さんの家まで送ります。明日、店へ来てもらってください」
「来ないと思う」
「その場合、正式には雇えません」
ユノの顔から期待が消えた。
「ただし、今日働いた分は払います。そこは変わりません」
宗久が言うと、ユノは小さくうなずいた。
「今日働いた分から、缶詰一個の代金を引くんですか」とロアン。
「盗んだ缶は戻った。働いた分は払う」
「甘い」とヴァルドの声がした。
帳簿確認に来た保証人が、入口に立っている。
「罰を与えなければ、明日は十人が盗むぞ」
「罰の代わりに、店の中で顔と名前を出して働いてもらいます。また盗めば雇いません」
「それで客が納得するか」
宗久は売場へ戻り、事情を説明した。盗みを隠さず、商品は戻ったこと、少年を監視下で働かせること、再犯時は組合へ渡すことを告げる。
「手を切らないのか」と最初に叫んだ男。
「切りません」
「甘い店だな」
「そう思う方は、商品から目を離さないでください」
男は鼻を鳴らしたが、列からは出なかった。
ユノは空き缶を集め、布を巻き、入口の横へ並べた。屋根の修理に使う者、釘を入れる者、苗を育てる者。一時間で全部なくなった。
「空の缶、もっとない?」
「今日は終わりです」
「次はいつ出る」
「缶詰が売れた分だけです」
空き容器が、缶詰を買う理由の一つになった。残り九個は午後の鐘までに完売した。
「魚より缶が売れたのか?」とネネ。
「両方だよ。どちらかだけなら、この値段では売れなかった」
ユノは最後の空き缶を手にしていた。
「弟の屋根に使っていい?」
「今日の給料とは別に、仕事で出た物を勝手に持って帰るのはだめだ」
耳まで赤くなる。
「ただし、廃材を従業員へ渡す決まりを作る。今日は一本、記録して持って帰っていい」
雨宮が廃材受取表を作り、ユノに指印を押させた。
ヴァルドはその様子を見ていたが、もう甘いとは言わなかった。
午後、乾麺の棚で客同士の怒鳴り声が上がった。
「俺が先に取った!」
「一人で十袋も買うな!」
二十袋しかない乾麺を、一人の客が半分抱えていた。




