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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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17/110

缶詰を買っても開けられない

「鉄の箱を売って、開ける道具はないのか」


 老人の一言に、試食台の周りから笑いが起きた。


 宗久は否定できなかった。


 二十四個の魚の缶詰。売価も説明札も用意した。原材料、味、保存方法まで書いた。それなのに、食べるために必要な缶切りを忘れていた。


「日本へ取りに戻ります」と雨宮。


「往復して、申請と消毒をしたら一時間はかかる」


「今、開ける必要がありますか」


 缶詰はまだ一個も売れていない。だが、買った客が家で開けられなければ、明日には「食べられない鉄を売る店」になる。


「販売を止めよう」


 宗久は缶詰の値札を裏返した。


「開ける方法を用意できるまで売りません」


「一個、切ればいい」


 ポルカが腰の道具袋を開いた。細い鑿を缶の蓋へ当てる。


「金属片が入ります」


 雨宮が止めた。


「外側も汚れています。食べ物の近くで使わないでください」


 ポルカは不満そうに鑿を戻した。


 客の一人が短剣を抜き、蓋へ突き立てようとした。ガルドが腕をつかむ。


「店で刃物を抜くな」


「開けてやろうとしただけだ」


「気持ちだけもらいます」


 宗久は缶を回収した。


 日本から缶切りを取り寄せる間、缶詰を売る棚には「本日販売中止」と現地語で書いた札を置いた。文字を読めない客のため、缶の上へ大きなばつ印も描く。


「ばつって何?」とリリア。


「売れない印」


「この街では、墓につける印に似てる」とロアン。


 慌てて、ばつ印を布で隠した。代わりに空の手を描く。リリアは「何もない人」に見えると言い、ポルカが蓋を閉じた箱の絵へ直した。


 印一つでも、この世界では意味が違う。


 缶切りが届いたのは、昼の鐘が鳴る直前だった。


 本社は一本しか送ってこなかった。


「商品として売る分は?」


『依頼は缶切り一個だった』と榊。


「一本あれば、二十四個の缶詰をどうにかできると思ったんですか」


『店で開ければいい』


「客が家で食べたい場合は?」


 通信機の向こうで紙をめくる音がした。


『次便で手配する』


「今日は?」


『店頭で開封サービスを行えばいい』


 開けた缶詰は、持ち帰る間に汁がこぼれる。保存もできない。宗久は販売条件を決めた。


 今日は店内の休憩場所で食べる客にだけ販売する。持ち帰り販売はしない。開封は店員が行い、切り口には触れさせない。清潔な蓋つき容器を持つ客への対応は、容器を確認してから個別に判断する。


「休憩場所なんてありましたか」と雨宮。


「今から作ります」


 ポルカが空箱を裏返して机にし、壁際へ長椅子を二脚置いた。手洗い用の水桶と布も用意する。缶切りは熱湯で洗い、使うたびに汚れを拭く。


 最初に買ったのは、さっきの老人だった。


「高いぞ」


「はい」


「まずかったら返す」


「開けたあとの返品はできません」


「強気だな」


「先に言っておきます」


 雨宮が会計を済ませ、宗久が缶を開けた。


 金属の蓋が外れ、しょうゆ色の魚が見える。周囲の客が一斉に首を伸ばした。


「魚の匂いだ」


「鉄の匂いじゃない」


 老人は木匙で一口食べた。長く噛み、もう一口食べる。


「甘い」


「しょうゆと砂糖で味をつけています」


「骨は?」


「柔らかく煮てあるので、食べられます」


 老人は背骨まで口へ入れた。


「歯がなくても食えるな」


 その一言で、見ていた客が値札を見直した。


 二個目は、幼い子を連れた母親が買った。三個目は、歯の悪い夫へ持ち帰りたいという女だった。


「今日は持ち帰れません」


「皿へ移せばいい」


「家までどのくらいです?」


「通り二つ」


 蓋つきの壺を持っている。宗久は魚を壺へ移し、その場で食べ切るよう説明した。誰にでも同じ対応はできない。持ち帰り容器の基準も必要になる。


 昼過ぎまでに、缶詰は八個を開け終えた。


 売るたびに宗久が開けるので、その間は売場を見られない。雨宮も会計から離れられない。


「開け方を覚える」とネネ。


「切り口が危ない。まず練習しよう」


 空になった缶で試す。ネネは力を入れすぎ、缶切りの刃を蓋の中央へ突き刺した。二度目は缶をへこませた。三度目で、縁に沿って開けられた。


「魚をさばくより面倒」


「慣れれば早い」


「魚なら刃が逃げない」


「缶詰も逃げません」


「滑る」


 作業台へ濡れ布を敷くと、缶が動かなくなった。ネネは五個目から宗久より速く開けた。


 ロアンは売れた缶の数を記録しながら、空の缶を見た。


「これ、食べたあとも使えるな」


「縁で手を切るぞ」


「潰して板にすれば、屋根の穴を塞げる」


 客も同じことを考えたらしく、空き缶を持ち帰りたいと言い始めた。


「商品代には容器も入っています」と雨宮。「買った人の物です。ただし、切り口へ布を巻いてください」


 魚だけでなく、丈夫な金属容器にも価値がある。この世界へ持ち込む商品の見方が、日本とは違っていた。


 缶詰の販売を再開して二時間。残りは九個になった。


「数が合いません」と雨宮。


「八個を開けて、開封待ちが七個なら、残り九個で合う」


「会計済みは十五個です。そのうち七個が開封待ちです」


 休憩場所を見る。


 客が列へ並べた缶の中に、会計を通していない物が混ざっていた。


「誰が棚から持ってきた?」


 七人が互いの顔を見る。


 一人の少年が、そっと出口へ向かった。


 その前へ、ガルドが立った。



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