百人を十人ずつ入れる
「走らないでください!」
宗久の声は、開いた扉の前で押し合う百人に飲み込まれた。
先頭の客が入れば、後ろも進む。買い物籠を取る場所で人が止まり、入口は三人分もない幅に六人が並んだ。
「扉を閉めます!」
雨宮が叫んだ。
「まだ客が挟まってる!」
ガルドが左右の腕で人を押し戻す。その間に宗久は、店内へ入った客だけを青い線の先へ誘導した。
「籠は一人一つ! 家族は一つで大丈夫です!」
リリアは入口担当の札を胸へ下げ、客より大きな声を出した。昨日までの練習がなければ、何を言えばよいかも分からなかっただろう。
どうにか扉を閉める。
店内には四十人近くいた。用意した買い物籠は三十個。籠を持てなかった客が、商品を両腕へ抱え始めている。
「予定の入店人数は?」と雨宮。
「一度に二十人です」
「倍います」
「見れば分かります」
平台では、白根を選ぶ客と火蜜の実へ手を伸ばす客がぶつかった。床へ実が一つ落ち、赤い汁が飛ぶ。
「踏まないで!」
ネネが実を拾い、ポルカが床を拭く。黄色い出口線の上には、会計を待つ客と買い物中の客が混ざっていた。
会計台から雨宮の声が飛ぶ。
「店長、銀貨一枚。白根二本、葉野菜一束です」
「合計銅貨九枚。釣り銭十一枚」
二人で読み合わせている間にも、列が伸びる。
「遅いぞ!」
後ろの男が怒鳴った。
「金を間違えるよりはいい。順番にやります」
宗久が答えると、別の客が入口の扉をたたいた。外の声まで大きくなる。
「このままじゃ事故になります」
「十人ずつ入れよう」
「外の順番はどうします?」
整理券を作る時間はない。宗久は日本から届いた値札用の厚紙を百枚つかみ、ポルカへ渡した。
「一から番号を彫れますか」
「百までなら、昼になる」
「十枚でいいです。一から十まで。十人が入ったら回収して、次の十人に渡す」
木札ができるまで、リリアの髪紐を十本に切った。以前の契約書で使ったものとは別の青い紐だ。
ガルドが外へ出て、十人へ一本ずつ渡す。
「紐を持ってる人だけ、入ってください!」
「その紐はいくらだ」と客。
「無料です。店を出るときに返してください」
「もらえないのか」
「返してください!」
最初の十人が入る。出た人数と同じだけ、次を入れる。入口の押し合いは収まった。
ただし、外の列は納得しない。
「いつ入れる!」
「魚の試食がなくなる!」
宗久は店の前へ出た。
「魚の試食は百人分あります。並んでいる方の分は残します。順番は変えません」
「証拠は?」
「番号を渡します」
今度は厚紙へ、十一から順に雨宮が数字を書いた。リリアが客へ配り、ロアンが番号を読み上げる。文字の読めない客には、同じ数の丸も描いた。
「七十六番は、丸を七十六個描くのか?」
ロアンが聞く。
「途中で紙がなくなるな」
十の位は太い線、端数は丸に変えた。七十六なら線が七本、丸が六個。現地の数え方にも近く、客はすぐ理解した。
店内では別の問題が起きていた。
「これ、同じ値段?」
客が、真っすぐな白根と二股の白根を持ってきた。
「形の悪い方は銅貨二枚。真っすぐな方は三枚です」
「味は?」
「同じです」
「なら、二枚のをくれ」
規格外の籠へ人が集まる。十本しかない二股の白根は、開店から二十分で売り切れた。
「安い方、もうないの?」
「本日は終わりです」
「隠してるだろ」
籠の下までのぞく客がいる。ロアンが空の籠を持ち上げた。
「本当にない。明日もない。次にグレンが持ってくるまで待ってくれ」
「次はいつだ」
宗久は答えられなかった。試験営業は今日一日。次の営業許可は、結果を組合へ報告してから決まる。
「次の営業日が決まったら、入口へ書きます」
「読めない者は?」
「鐘のあと、リリアが市場で知らせます」
「私?」
「入口担当だろ」
リリアは一瞬驚き、それから胸の札を押さえた。
「知らせる」
入店を十人ずつに変えて一時間。店内の客は二十人前後で落ち着いた。会計の列も、売場の端を越えなくなった。
雨宮が来店数の札を裏返す。
「五十人です」
「まだ半分か」
「開店から一時間です。予定では一日百人でした」
売場を見る。
白根は半分。葉野菜も三分の一が売れた。日本商品の棚だけは、一本も減っていない。
「魚の缶、触る人は多い」とロアン。「でも値段を見ると戻す」
缶詰一個は、現地の生魚三尾分。珍しいだけで買える値段ではなかった。
「試食の魚はどうだ?」
「残り五十」とネネ。
「食べた人に、缶詰も見せよう」
宗久は魚の缶を一つ持ち、試食台へ置いた。
「こちらは日本で調理した魚です。開ければそのまま食べられます」
試食を食べた老人が缶を振った。
「開けてみろ」
「これは商品なので、買っていただければ」
「中を見ずに、この値段は払えん」
確かにその通りだった。
宗久は展示用の一個を開けることにした。缶の蓋へ指をかけて、止まる。
プルトップがない。
「缶切り、どこです?」
雨宮が日本商品の箱を調べる。
「入っていません」
二十四個の缶詰を運びながら、缶切りは一本も持ってきていなかった。




