日本へ送れない布巾
「百枚は作れない」
エナは、本社の希望数を聞く前から言った。
工房には妹と二人。町向けの布巾、店で使う布巾、雨蓋の注文もある。日本向けを増やせば、どれかが遅れる。
「まず十枚で試験します」と宗久。
「十枚なら作れる。でも、日本で売れたら次は?」
前回三十枚送った時、エナたちは何日も夜まで織った。売れたという知らせはうれしかったが、次の注文が怖くなったという。
「売れない方が安心する商品なんて、おかしいだろ」
久瀬は答えなかった。本社では売れた数が成功になる。作る側の眠れない夜は、売上表に出ない。
宗久は工房の注文板を見た。町向け布巾が二十四枚。雨蓋が九枚。一号店の交換用が六枚。
「日本向けは、余った時間に作るのではなく、上限を先に決めましょう」
「十枚?」
「一か月十枚。売れても増やしません」
「会社が認めるか」と久瀬。
「認めてもらう条件を作ります」
エナは十枚を用意した。ところが検品で、雨宮が一枚を外した。
「端の色糸がありません」
「日本では模様に見えるだけだろ」
「一号店では、糸屋をたどる記録です」
エナはその一枚を取り返した。
「急いだ。私の失敗だ」
残り九枚だけ送る案に、久瀬が難色を示した。
「契約書は十枚だ。九枚では試験条件を満たさない」
「一枚なら今夜直す」とエナ。
「直しません」と宗久。
エナが宗久をにらんだ。
「私が間違えた」
「だから今夜働く、では上限を決めた意味がありません」
「門が閉じても同じことを言えるのか」
工房に機の音がなくなった。
宗久は言葉を選んだ。正しさを説明すれば、また作る人へ我慢を頼むことになる。
「言えないかもしれません。だから、今日決めます」
試験数を九枚へ変更し、本社へ理由も送る。数量不足ではなく、記録のない一枚を出さなかったと書く。
もう一つ、本社から条件が届いた。
『色をそろえること。店頭で並べた際、同一商品に見えるようにする』
九枚の端糸は、青、黄、赤の三色だった。糸屋三軒を区別するための色で、飾りではない。
「日本の客には、ばらつきに見える」と久瀬。
「そろえたら、どの糸屋の糸か分からなくなる」とエナ。
色を統一すれば売場は整う。だが、糸に問題が出た時、すべての布巾を回収しなければならない。
雨宮は三色を三枚ずつ並べ、色札に糸屋の名前を書いた。
「同じ物に見せるのではなく、違う理由を売場で説明します」
「日本でそんな札を読むか」と久瀬。
「読まれなければ、売れなくて構いません」とエナ。
強い言葉だったが、エナの指は一枚の端を何度もなぞっていた。日本で売れない怖さも、消えたわけではない。
久瀬は通信文を読み、最後に一行を足した。
『次回も月十枚を上限とし、増産交渉を行わない』
「本社の取締役が、売れなくする条件を書くの?」とリリア。
「売り続けるための条件だ」
夕方、一号店へ来た客が布巾棚の空きを見つけた。
「日本へ持っていったから少ないのか」
実際には町向けを減らしていない。それでも、日本へ送ったというだけで不安は生まれた。
エナは客の前で、町向け二十四枚の注文板を見せた。
「こっちを先に織る。日本のは、その後だ」
客は布巾を一枚買い、棚に残った二枚を見た。
「全部は買わない。明日の人の分だ」
店が決めた上限を、客も守ろうとしていた。
日本へ送る箱には、十枚ではなく九枚が入った。
エナは外した一枚を自分の膝へ載せた。今夜は直さず、妹と夕飯を食べると言った。




