↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
113/113

一個だけの火蜜の実

 サナとメルが、両手で一つの箱を運んできた。


 中には火蜜の実が一個。


 畑でようやく実った、最初の一個だった。


「日本へ送るなら、これを」とサナ。


「まだ食べていません」と宗久。


「売るために育てた」


 メルは姉の横で黙っている。箱から甘く焦げたような香りが漏れ、クウが調理窓から首を伸ばした。


 最初に必要なのは輸出の契約ではない。畑の土、実の状態、食べた時の安全を確認することだった。


「半分を検査して、半分を送れないか」と久瀬。


「切った実が門の向こうまで持つか分かりません」と雨宮。


「一個丸ごとなら価値がある」とサナ。


「一個丸ごと送ったら、次の実を育てる種が取れないかもしれません」とメル。


 初めて口を開いた妹に、サナが振り向いた。


「昨日は送れって言った」


「姉さんがうれしそうだったから」


「今さら止めるの?」


 姉妹の間で箱が揺れた。


 宗久は受け取らなかった。店が箱を持てば、どちらかの意見を選んだことになる。


 畑へ戻り、落ちた花、枯れた枝、土の温度を確認した。実は一個でも、木には小さな芽が七つ残っている。


 サナは日本へ送ることを、畑が戻った証明にしたかった。メルは、この一個を失えば二度と戻らないと思っていた。


「日本で高く売れたら、畑を直せる」とサナ。


「売れなかったら?」とメル。


「また作る」


「次があるか分からない」


 その時、クウが木の下へ降りた。実へ近づくのではなく、枯れた枝から残る熱を吸い、冷たい息を土へ吐いた。


 七つの芽が、一斉に閉じた。


「枯らした?」


 サナがクウを追い払おうとする。ポルカが間へ入った。


「触るな。クウも驚いてる」


 夕方になると、閉じた芽は再び開いた。昼の熱から身を守ったらしい。クウの冷気が良いのか、単に日が落ちたからなのかは分からない。


「役に立った」と決めるのは早かった。


 宗久は木の半分だけに日よけ布を張り、クウを畑へ常駐させないことにした。魔物の力を生産設備にはしない。


 火蜜の実は切らず、一号店の冷蔵棚にも置かなかった。姉妹の家で種を取るまで保管する。


「試験取引に間に合いません」と雨宮。


「候補から外します」と宗久。


 サナの顔がこわばった。


「売れないってこと?」


「今は売らないということです」


「同じに聞こえる」


 サナは箱を抱えて帰った。メルは宗久へ頭を下げず、姉を追った。


 閉店後、店の入口に小さな包みが置かれていた。中には、火蜜の実から自然に落ちた薄い皮が一枚。甘い香りは残っている。


 紙にはメルの字で書かれていた。


『実を送らずに、香りだけ調べられますか』


 翌朝、ネネが皮を三つに切った。


 一つはそのまま。一つは湯へ入れる。一つは弱い火であぶる。


 湯からはほとんど香らない。あぶった皮は甘い匂いを出したが、次の瞬間、青い火を上げた。


 ガルドが蓋をかぶせる。火は消えたものの、調理台に黒い跡が残った。


「蜜じゃなくて、油に近い」とネネ。


「日本へ香りだけ送るのも危険です」と雨宮。


 売らない実から取れた皮さえ、簡単な見本にはならなかった。


 サナは焦げた皮を見て肩を落とした。


「何を持ってきても、止められる」


「止めているんじゃない」とメル。


「お前は店の味方をするの?」


「畑をなくしたくないだけ」


 メルの声が震えた。サナは返事をせず、黒くなった皮を自分の袋へ入れた。


 宗久は発火した温度と時間を記録し、火蜜の実を食べ物として売る前に、皮の扱いも決めることにした。候補から外した判断が、間違いではなかったと分かった。それでも、姉妹を納得させたことにはならない。


 一個しかない商品を売らないことで、別の試験が始まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。