買わなかった五十二人
「売上予測が空欄だ」
本社から返ってきた報告書には、赤い印がついていた。
三日間で調べた人数。選ばれた絵札。宿との乾麺取引。白乳を夜明け前に渡す案。
書けることはすべて書いたつもりだった。
「二号店を出した場合、一日いくら売れるか。会社が欲しいのはそこだ」と久瀬。
「店を出さない方がよいという結果です」と宗久。
「結果ではなく、判断だ」
久瀬は机を指でたたいた。
「判断には数字が要る」
雨宮が帳面を開いた。
「北門を通った百六十八人のうち、絵札を選んだのは六十四人です」
「なら六十四人を客として計算できる」
「買うと言った人ではありません」
「ゼロの予測よりは使える」
二人とも間違ってはいない。曖昧な数を売上へ変えれば危険だが、何も示さなければ本社は判断できない。
雨宮は報告書の赤い印を指で隠した。
「以前、買わなかった人数を本社へ送らなかったことがあります」
「読まれないと思った時ですね」と宗久。
「今度は書いても、売る人数へ変えられる。数字を出すのが怖いです」
雨宮が数字を嫌がるのを、宗久は初めて見た。正確に書けば正しく伝わるとは限らない。それでも、書かなければ都合のよい予測だけが残る。
「人数と理由を離さずに出しましょう」
「切り取られたら?」
「切り取れないように、結論を先に書きます」
二人は報告書の一行目へ『二号店の建設を勧めない』と書いた。
宗久は、初日に北門を通った五十二人を思い出した。
「買わなかった人を、もう一度分けます」
「また調査を延ばすのか」と久瀬。
「記録はあります」
店へ行く時間がない。荷車で道を通れない。宿で買える。旅の途中で余る。価格が分からない。そもそも必要がない。
買わない理由は同じゼロではなかった。
シャルナが理由ごとに木玉を分ける。最も多かったのは『一号店まで行けない』ではなく、『宿で買える』だった。
「二号店を作れば、宿の客を奪うだけです」と雨宮。
「会社としては、売れる」と久瀬。
言葉が止まった。
宗久は、久瀬が会社の立場を隠さなかったことに腹が立った。だが、自分も店長として、一号店の売上が増える案なら同じ計算をしたかもしれない。
「異世界の商品を安定して仕入れるために、既存の店を潰すんですか」
「潰すためではない」
「結果として潰れたら?」
久瀬の手が止まった。
「お前は、会社の金で会社に損を選ばせるのか」
「一号店を続けるために選びます」
店内の空気が固くなる。雨宮が間へ入ろうとしたが、宗久は初めて首を振った。
これは副店長に整えてもらう言葉ではなかった。
「宿と取引すれば、一号店の売上になります。北門に建物も人員も要りません。宿は客を失わず、必要な商品だけ増やせます」
「規模が小さい」
「最初の一号店よりは大きいです」
久瀬は返事をしなかった。
そこへ、北門の宿から注文札が届いた。乾麺十二袋、塩四包み、白乳は六本。予想より少ない。
札の裏に、主人の字で一行あった。
『売れた分だけ、次を増やす』
宗久たちが百回かけて覚えた言葉を、宿は最初の注文から使っていた。
本社へ出す売上予測は、大きくならなかった。
代わりに、失敗した時に閉める店も一つ減った。




