一晩分だけ欲しい
隊商宿の大箱へ、旅人たちが絵札を投げ入れた。
乾麺。干し肉。塩。白根菜。石けん。火口布。雨蓋。
肉や魚を選ぶ者は少ない。冷やしたまま運べないからだ。
「やはり乾物を増やすべきだ」と久瀬。
「数だけなら、そう見えます」と雨宮。
絵札を入れた旅人へ、どれくらい欲しいかを聞いた。
乾麺は一袋では多い。塩も一包みはいらない。石けんは旅の途中で使い切れず、荷物になる。
「一晩分でいい」
同じ言葉が何度も出た。
「小さく分けて売ればいい」とトト。
宿の主人が首を振る。
「塩も乾麺も、開けたら誰が量を保証する。俺が少なく入れたと思われる」
一号店でも、密封された日本商品を勝手に小分けにはできない。現地の乾物も、量り直すなら新しい契約と包みが要る。
宗久は、一晩分の見本籠を作った。乾麺、干し肉、塩、火口布を一つずつ。ただし、まとめた価格にはしない。
「これで買うか」と尋ねると、若い旅人は干し肉だけを外した。
「宿の煮込みに肉が入る」
別の男は火口布を外す。
「同じ隊のやつが持っている」
一晩分は、全員同じ一組ではなかった。
試しに塩を小さな紙へ包み、元の一包みと並べた。量は四分の一。ところが価格は四分の一にはならない。紙と量り直す手間が増えるからだ。
「少ないのに高い」と若い旅人。
「一包み買う方が、重さ当たりは安いです」と雨宮。
「使わない塩を背負って歩く方が高くつく」
旅人は高いと文句を言いながら、小さい方を選んだ。安さだけでは決まらない買物を、値札だけで説明しようとしていた。
宿の主人は小包みを手に取った。
「これを宿で出したら、俺が上乗せしたと思われる」
小さくするなら、量だけでなく、一号店で包んだ印と日付も必要になる。新商品を一つ増やすより、仕事は多かった。
そこへ、十人組の隊商長が来た。
「全部、十人分くれ」
小さい量を求めるという予想が、今度は逆になった。
「十組ですか」
「違う。一袋を十人で分ける。小さく包まれたら高くなる」
一人旅には少量が必要で、集団には大袋が安い。同じ旅人売場でも、必要な大きさは反対だった。
ロアンが笑った。
「本社の表なら、平均を取って真ん中の袋を作るな」
「一番売れない大きさになるかもしれません」と宗久。
宿の主人は、乾麺を一人分ずつ宿で調理して売る案を出した。商品を小分けするのではなく、食事に変える。
「店が乾麺を卸して、宿が煮る。それなら量の責任は俺が持つ」
「一号店が宿の食事まで取ると思っていたんじゃないんですか」と雨宮。
「今も思ってる。だから鍋は俺が持つ」
競争相手のまま、取引相手になる。
若い旅人は、さきほどの小さな塩包みを宗久へ返した。
「今日は買えないのか」
「試験用なので売れません」
「欲しい大きさを見せて、持って帰れないのか」
調査する側には見本でも、旅人には今夜必要な商品だった。宗久は代わりに宿の主人へ塩を量ってもらい、一号店が代金を払った。客へ無料では渡さない。旅人は宿から正式に買った。
最初の一包みを売ったのは、一号店ではなかった。
宗久は一号店の小売価格をそのまま卸値にはしなかった。毎週の数、支払日、売れ残りを宿が負担することを決めてから価格を出す。
「今日、持って帰れないのか」と主人。
「今日は調査です」
「商売が遅い」
「昨日は帰れと言われました」
主人は初めて笑った。
二日目に決まったのは、小さな旅人用商品ではなかった。
一号店の商品を、宿の一皿へつなぐ取引だった。




