朝に食べる物がない
開店前、戸を三度たたく音がした。
鉱山帰りの男が四人、空の籠を下げて立っている。顔も服も灰色だった。
「パンと白乳をくれ。食って寝る」
「開店の鐘まで、まだ半分あります」と雨宮。
「その頃には宿へ着いてる」
一号店には朝の商品がある。だが、町の朝と、夜働いた者の朝は同じ時刻ではなかった。
宗久はパン箱を見た。納品は済んでいる。白乳も検品を終えている。売ろうと思えば売れる。
「一度開ければ、ほかの客も入ります」とマノン。
「四人だけ裏口で渡す?」とトト。
「知り合いだけ先に売ったように見えます」とシャルナ。
男の一人が戸から手を離した。
「市場の店なら起きている。もういい」
四人は帰った。
開店後、そのうち二人が戻ってきた。残り二人は市場で硬いパンを買ったという。
「早く開けろとは言わない」と戻った男。「戸を開けないなら、前の晩に買える物を置いてくれ」
宗久は夕方の惣菜窓を見た。肉の煮込みも卵パンも当日中。翌朝の商品にはできない。
「日持ちするパンを増やすか」とロアン。
「パン屋の売場を店の都合で変えるな」とヴァルド。
香辛料の納品に来ていたヴァルドが、珍しく会話へ入った。
「夜働く四人のために焼き方を変えろと言えば、次は昼の客が固いと言う」
「では、何も変えないんですか」と雨宮。
「注文を取れ。必要な数が分かれば、職人も考える」
宗久は鉱山の詰所へ行った。ところが、夜勤は毎日同じ四人ではない。仕事が延びる日も、途中で交代する日もある。
「前金予約は無理だ」と班長。「山から戻れるか分からん」
数が読めない。だが、売れ残りを翌日に回すわけにもいかない。
パン職人は、小さな丸パンを六個だけ遅い便で納める案を出した。夕方に焼き、閉店前から販売する。鉱山帰りが来なければ、夜の客が買える。
「鉱山のためのパンじゃないのか」と班長。
「誰でも買える棚にします」と宗久。
「俺たちが来る前に売り切れる」
公平にすれば、必要な人へ残らない。取り置けば、戻れなかった日に余る。
黙って聞いていたパン職人が言った。
「二個だけ、名前じゃなく黒い札で残す。閉店の鐘四分の一前までだ。それを過ぎたら棚へ出す」
鉱山詰所に黒札を二枚置き、その日に必要な者が持つ。店は名前も理由も聞かない。
試験初日、黒札を持ってきたのは一人だけだった。
残る一個を棚へ戻そうとした時、煤で汚れた女が駆け込んだ。札はない。
「坑道でけが人が出た。札を持ったやつが付き添ってる」
規則では売れない。事情を聞いて例外にすれば、以前やめたはずの人選びに戻る。
宗久が迷っていると、先に一個受け取った男が自分のパンを差し出した。
「俺は棚のを買う。黒札の分はそいつに」
店が例外を決めなくても、客同士で順番を譲ることはできる。
六個は閉店前にすべて売れた。
だが帳面には、完売ではなく『黒札一枚、戻らず』と残した。
朝に食べる物を作る試験は、朝より前から始まった。




