四十一品目の途中
開店前、宗久は商品札を床へ並べた。
野菜、果物、肉、魚、卵、乳、パン、乾物、缶詰、調味料、菓子、惣菜。石けん、布巾、火口布、革紐、木椀、缶切り、包み紙。
四十一品。
「最初は十八品だった」とリリア。
「数だけなら増えました」と宗久。
「また足りないって言う?」
「言います」
衣類を洗う物。掃除道具。雨の日の袋。魚缶を開けた後に保存する蓋。子どもでも運べる小さな籠。まだ店にない物を書き出すと、増えた商品より多く見えた。
雨宮が別の帳面を開く。
「できるようになったことも数えます」
百人を十人ずつ入れた。缶詰を開けられるようにした。肉を用途で選べるようにした。雨の日でも惣菜を作れる。冷え石の捨て方を変えた。生活用品を減らさず、惣菜室を置いた。
売上札には出ない変化だった。
開店すると、一人の女性が籠を持って店を回った。
白根菜、薄塩の干物、塩、白乳、石けん、食品用の包み紙。最後に夕方の肉の煮込みを予約する。
「今日は何軒回る予定でしたか」と雨宮。
「市場と乳屋と器屋。ここで済んだ」
一号店が目指していた答えを、客が短く言った。
昼前、若い狩人が一号店をのぞいた。端肉を買っていった食堂の下働きも一緒だった。
「昨日、端肉の煮込みが売り切れた」と下働きが言う。
「次はうちの肉で作れ」と狩人。
以前なら、宗久は数量と価格を先に聞いていた。今日はネネを呼び、どの部位が料理に向くか三人で話してもらった。店長が決めない方が早く決まることも増えていた。
リリアはその様子を見ながら、四十一枚目の札の隣へ何も書いていない札を置いた。
「次の商品?」
「まだ分からない札」
最初の頃なら、空欄は準備不足に見えた。今は、決める前に試すための場所だった。
昼、本社から二号店候補地の図面が届いた。
「一号店の型を、そのまま置きたいそうだ」と久瀬。
宗久は図面を見た。売場の広さも、冷蔵棚の位置も同じ。だが候補地には川がなく、牧畜家も少ない。
「同じ店にはできません」
「断るのか」
「一号店の記録を渡します。店の形ではなく、決め方を使ってください」
売れる数から始める。客と仕入先へ説明する。問題が起きたら隠さず止める。現地で直せる物を選ぶ。
「どうして本社は、そこまで急いで店を増やしたいんですか」と雨宮。
久瀬はしばらく図面を伏せていた。
「向こうでは、異世界の品を仕入れるための拠点と説明されている。珍しい食材や素材を日本へ持ち帰る。その利益で、こちらの店を維持する計画だ」
「最初からスーパーを作ることが目的ではなかった?」
「少なくとも役員会ではな。売場は、安定して品を集めるための窓口だ」
宗久は四十一枚の商品札を見た。青灯果も布巾も、持ち帰れば日本で珍しい商品になる。だが、この町では毎日の食事と暮らしを支える品だった。
「仕入れ拠点だけなら、一号店である必要はありません」
「だからお前が選ばれた。現地に店を作れば継続して集められる、と提案したのがお前の上司だ」
会社の理由と、宗久が百の記録で作ってきた店の理由は、同じではなかった。対立しているとも、まだ決められない。日本へ送る商品が作り手を支え、町の品不足を起こさない仕組みなら両立できる。
だが二号店を急げば、また数字が先に立つ。
二号店のためにも、まず一号店を完成に近づける必要がある。
宗久は図面へ返事を一行だけ書いた。
『一号店の目的と、日本への仕入れ条件を先に確認したい』
初めて、本社が異世界へ店を作ろうとした理由そのものを問い返した。
夕方、惣菜窓には肉の煮込み八杯と卵パン七個が並んだ。冷蔵棚には肉、魚、白乳。乾物棚には干物と塩。生活用品棚には木椀と缶切りがある。
すべて完売ではなかった。干物が一枚、缶切りが三個、石けんが二個残った。
「失敗?」とトト。
「明日必要な分が残っています」と宗久。
売り切ることだけが店の目的ではない。明日の客が選べることも必要だった。
閉店後、雨宮が帳面へ『第百日』と書きかけて止めた。
「日ではなく、百個目の記録ですね」
「長かったですか」
「まだ途中です」
宗久は笑った。
「それ、私の言葉です」
「店長が言いすぎるから、うつりました」
二人で扉を閉める。
扉を閉める前、最初に来た女性が雨の中を戻ってきた。買い忘れではない。昼に買った品を家の卓へ並べたら、三軒回るはずだった母親が驚いたという。
「明日は母も連れてくる。魚は自分で選びたいって」
女性が去ると、雨宮は四十一枚の札の端をそろえた。
「本社へ見せたいのは、四十一という数ではありませんね」
「一つの籠で暮らしがそろったことです」
「それを数字にするのが、私の仕事です」
「一緒にお願いします」
今度は肩が触れる前に、雨宮が帳面を宗久の側へ寄せた。
王冠の野菜が描かれた看板の下に、肉、魚、パン、壺、布の小さな絵が並んでいた。
一号店は完成していない。
だから明日も、売場を開けられる。




