第7話 特案二課
「それじゃ、職場に案内するわね」
リリスがさっと椅子から立ち上がった。
アシュは思わず聞き返す。
「職場? 四天王じゃないのか?」
「四天王は、言わば役職みたいなものよ」
リリスは先を歩きながら、さらりと続ける。
「あなたにもちゃんと、職場があって、そこで仕事をしてもらうわ」
「組織って、そういうものか」
「そういうものよ」
短いやり取りを交わしながら、二人はフロアを移動していく。
夜帷の本拠地となる自社ビルは、やはり大きかった。外から見ても十分に威圧感のある建物だったが、中はそれ以上だ。
吹き抜けのある開放的なフロア。磨き上げられた床。壁面に走る案内表示。行き交う職員たちは、皆きびきびとしていて、無駄な動きがない。
ただ荒事をこなす集団、というわけではないのだろう。受付、事務、装備管理、情報整理、外部対応──様々な部署がビルの中で機能しているのが一目で分かった。
途中には休憩スペースらしき一角もあった。ソファや丸テーブルが並び、軽食を取っている者や、資料を片手に打ち合わせをしている者もいる。思っていたよりずっと、普通の会社らしい空気がある。
そんな巨大組織のボスを務める少女が、当然の顔で歩いていくのだから、すれ違う職員たちの反応もいろいろだ。
会釈をする者、驚いたようにこちらを見る者、そしてアシュの顔を見て「誰だ?」という表情をする者。
その視線を受けながら、アシュは少しだけ居心地の悪さを覚えた。
やがてエレベーターを降り、さらに廊下を進んだ先で、リリスが足を止める。
「着いたわよ」
扉の横のプレートには、整った文字でこう書かれていた。
特殊案件遂行二課
「あなたの職場。特案二課よ」
「……特殊案件?」
「そう」
リリスは頷く。
「いろんな事情で特別な対応が必要な案件をこなす部署。いわば、エリート部隊ってところね」
聞こえはいい。
だが、要するに、手に余る仕事を引き受ける何でも屋ではないのか──とアシュは思った。
「じゃ、入るわよ」
リリスが躊躇なく扉を開ける。
その瞬間だった。
パーン!
乾いた破裂音が室内に響いた。
視界いっぱいにクラッカーの紙吹雪が舞う。
「ようこそ、特案二課へ!」
部屋の中にいた数人の男女が、ぱちぱちと拍手しながらこちらを見ていた。
室内はそれほど広くない。必要最小限の机や棚がきっちりと収まる、実務中心の部署らしい空間。
だが今日は普段とは様子が違うようだ。壁には色紙の飾りや簡単なガーランドがつけられ、まるで小さな歓迎会の会場みたいになっている。
正面の壁には、手作り感あふれる紙飾りまで貼られていた。
『ようこそ!』
その文字が、妙に眩しかった。
アシュがぽかんとしていると、壮年の男性が人のよさそうな笑みを浮かべて近づいてきた。
「いやぁ、ただでさえ人員の少ないうちに、四天王様が来てくれるなんてね」
男は頭をかきながら笑う。
「みんな大慌てで準備したんですよ。こういうの、やっぱり最初が肝心だろうって」
その言葉に合わせるように、後ろの方で若い女性が「ねね、カッコよくない?」「ね! 独身かな?」などと小声で言っているのが聞こえた。
思えば──
こうして正面から人に歓迎されたことなど、今まで一度もなかった。
誰かと職場を共にすることも。
同じ場所で働く仲間として迎えられることも。
同僚というのも初めて。
この歳になって初めて味わう空気だった。
少しだけ、胸の奥が熱くなる。
悪くない、かもしれない。
思わず好意の笑顔が溢れる。
だが。
「んんっ」
隣で、リリスがわざとらしく咳払いをした。
分かっている。
分かってはいる。
今ここで「ありがとうございます。よろしくお願いします」などと言える立場では、ないのだ。
「……んひひひ、いいねぇ、いいねぇ!」
自分でも嫌になるくらい無理やりな笑い声を出す。
「俺を歓迎しようってのかぁ?」
「……え? あ、はい」
さっきまでにこやかだった壮年の男性の顔が、一瞬で引きつった。
他の面々も、ぱちぱちと拍手していた手を止め、揃ってきょとんとした顔になる。
その空気を押し切るように、アシュはさらに続けた。
「それならぁ、ターゲットをたっぷり痛ぶって殺せるような仕事をくれよぉ。それが何よりの歓迎だぜぇ」
わざと目をひん剥き、男性の肩に手を回す。
その瞬間、周囲の空気が目に見えて冷えた。
誰も何も言わない。
ただ、みんなが一斉に視線を逸らしたのだけはよく分かった。
「あ、あの……いや……」
壮年の男性が乾いた笑みを浮かべる。
「そ、そういう感じ、なんですか……?」
誰に向けた確認なのかも曖昧な声だった。
後ろでは、さっきまで歓迎ムードだった面々が、そそくさと席へ戻り始めている。誰とも目を合わせないまま、紙飾りをこっそり外し始める者までいた。
ぱた、と。
壁の『ようこそ!』の端が剥がれ落ちる。
「な、なんか……ちょっと想定と違ったようで」
壮年の男性が引きつった笑顔のままそう言った。
「う、うへへへ……」
アシュはもう、それしか返せなかった。
泣きたい。




