第6話 頭、大丈夫ですか、コイツ
数日後……。
改めて夜帷のオフィスに呼び出されたアシュ。
「──ということで、以上が報酬の配分ルールです」
淡々とした口調で説明を締めくくったのは、書類を抱えた若い女性だった。年の頃は二十前後だろうか。整った顔立ちに、きっちりとした制服。長い髪を丁寧に纏めて留めて、真面目そうな雰囲気がよく似合う。
その真面目な説明を、アシュは片肘をつきながら聞いていた。
「んなことよりさぁ。姉ちゃん、そそる頸してるじゃねぇかぁ」
ぴたり、と空気が止まる。
女性のこめかみが引きつったのが見えた。
「……それと、拠点内の立ち入り禁止区域についての説明も、理解いただけましたか?」
努めて平静を装ってはいるが、声の端がわずかに震えている。
「俺は姉ちゃんの禁止区域に立ち入ってみてぇけどなぁ」
「……はぁ」
今度は隠しもしなかった。
心の底から疲れたように大きなため息が漏れる。
「……リリスさんが新人の事務説明にまで立ち会うなんて、何事かと思ったら」
彼女は書類を胸に抱えたまま、じとりとこちらを見た。
「なんなんですか、この人」
本人を目の前にして、隠す気のない嫌な顔だった。
それはそうだろう。
アシュだって、もし自分の職場にこんなのが入ってきたら嫌だ。
「説明したでしょう。新しい四天王よ」
リリスは横で涼しい顔をしている。
「聞きましたけど。そうじゃなくて」
女性は一度言葉を切り、ほんの少しためらってから続けた。
「……えっと。頭、大丈夫ですか、コイツ。って意味です」
ずいぶんと直球だった。
アシュは一瞬、感心すらした。
ここまで真正面から嫌味を言われる機会は、人生でもそう多くない。一回り以上離れているであろう年下の女性から、コイツ呼ばわりである。
「大丈夫じゃないわよ」
先に返したのはリリスだった。
「見ての通り、とびっきりヤバいでしょ? だからこうして、私が直々に見張ってるの」
わざとらしく真面目な顔をしている。
もちろん本当は違う。
正確には、アシュが途中でキャラを投げ出さないように監視しているのだ。
「何でそんなのが四天王に……」
女性は呆れたように呟き、もう一度大きくため息を吐いた。
そのまま書類を閉じると、完全に諦めた声で言う。
「とりあえず、以上で説明は終わりです。質問は? ……あ、いや、いいです。あっても聞かないでください。勝手に困ってください」
もはや投げやりだった。
そして心底疲れた顔のまま、ぺこりともせず部屋を出ていく。
扉が乱暴に閉められる。
静かになった部屋の中で、アシュは椅子の背にもたれ、そのままずるずると項垂れた。
「あら、お疲れね。そんなに説明長かった?」
隣でリリスが小首を傾げる。
「違う。そうじゃない」
低い声で答えた。
疲労の原因は説明のせいではない。
精神的な消耗だ。
「なかなか様になってきたじゃない、そのキャラクター」
「それはどうも」
まるで他人事のように褒めてくるあたり、やはりこの女は信用ならない。
その時だった。
突然、閉まったはずの扉が勢いよく開く。
「あ、それから──」
さっきの女性が顔だけ覗かせる。
アシュは一瞬で背筋を起こした。
「──! おぅ、何だ姉ちゃん。やっぱり俺と遊びてぇのかぃ?」
今やほとんど反射だった。
自分でも、妙な方向に順応し始めている気がして少し嫌になる。
「……これ。部屋のカードキーです」
女性はゴミでも見るような目でアシュを一瞥すると、そのままぴっとカードを放り投げた。
アシュは反射的にそれを受け取る。
女性はもう一言も発さず、そのまま扉を閉めて出ていった。
ぱたん、と小気味よい音が部屋に響く。
手に取ったカードキーを見つめながら、アシュはしばし無言になった。
女性にここまで露骨な嫌悪感を向けられたのは、たぶん初めてだ。
確かにアシュは人殺しだ。それを生業としてきた。お世辞にも褒められたような人間じゃない。それでも彼なりの正義に則って生きてきたつもりだ。
女子供を手に掛けた事はないし、泣かせるような仕事も決してしなかった。女性に感謝されることはあれど、軽蔑の目を向けられた事など一度として無い。
それだけに、この状況が酷く胸に突き刺さる。
「うん!」
隣でリリスが満足そうに頷く。
「上出来」
どうやら、ボス的には大満足らしかった。
アシュはカードキーを机に置き、天井を仰いだ。
夜帷に入って、まだ一週間も経っていない。
それなのに、もう辞めたくなっている。




