第4話 殺しってのはよぉ、たまんねぇよなぁ……
「あの、どういう意味で……」
ようやく口にすると、リリスは当然のことのように言った。
「言葉通りよ。あなた、かなり強いでしょう」
「……それなりに、腕には覚えはありますが」
慎重に、言葉を濁しながら、アシュは様子をうかがう。
「もしかして、そういうのが分かる“能力”なんですか?」
感知系。
相手の力量や危険度を見抜く異能なら、話は分かる。
だが、返ってきた答えは予想の斜め上だった。
「別に。勘よ」
一拍置いて、アシュは黙った。
勘かよ。
口には出さなかったが、たぶん顔には出た。
だが、リリスは気にした様子もなく続ける。
「そういうのを見抜く“能力”は、キースの方。けど、私だって自分がどれくらい強いかくらいは分かってるし、相手との力量差を見誤るつもりもないわ。能力が無くてもヤバいやつの雰囲気くらい、肌で感じ取れる」
細い腕を組み、まっすぐこちらを見た。
まぁ、確かにたまにそういう奴は居る。生まれ持った才能というか、第六感の部類だ。往々にして能力者よりも厄介だったりする。
「部屋の外どころか、このフロアに入ってきた時点で分かったわよ。面倒なのが来た、って」
面倒なのが来た……ね。
ひどい言い草だが、否定しづらいのが困る。
アシュは内心で小さく息を吐いた。
かなり丁寧に気配は殺していたはずだ。
威圧感を出さないように抑え、もちろん“能力”の鱗片すら使っていない。そこまでしてなお察するのなら、この少女は本物なのだろう。
「なのに、感知能力持ちのキースが気づいてないのがヤバいのよ」
リリスの声が少し低くなる。
「尋常じゃ無いほどに強い上に、その力を隠すのも超一流。敏腕暗殺者の類ね」
すっと目が細められた。
「何者なの?」
「……経歴なら、そこの書類に書いてありますけど」
机の上に雑に置かれた経歴書を指差す。
だが──
「夢幻黒葬」
あまりにもあっさり、その名が出た。
アシュの思考が止まった。
「……は?」
「あなた、夢幻黒葬でしょ」
「いえ、その……何のことだか」
「とぼけなくていいわよ」
リリスは半眼のまま、呆れたように続けた。
「アリサがわざわざ紹介状なんて寄越してきたんだもの。滅多に無い事よ」
「……アリサ?」
「姉。協会で受付やってるの」
そこでようやく、全部つながった。
あの受付嬢か。
就職活動、応援してますよ、と笑っていた顔が脳裏に浮かぶ。
リリスは露骨にため息をつく。
「まったく。お姉ちゃんには借りがあるから無下にもできないけど。だからってこんな特大の爆弾を押しつけてくるなんて」
リリスは小さく腕を組み、いかにも不本意そうに眉を寄せた。
「今度会ったら、ご飯奢ってもらうくらいじゃ済まないわね」
それにしても、面倒ごと呼ばわりからの爆弾扱いである。
アシュは微妙な顔になった。
「あの……俺が夢幻黒葬だっていうの、もう確定なんですか?」
「逆に、違うの?」
真顔だった。
疑っているのではなく、ただ答えを確認しているだけの顔だ。
ここで否定を重ねても、たぶん意味はない。
アシュは諦めたように目を伏せた。
「……そうです」
「そうよね」
納得したように頷いたあと、リリスはまた小さく息をついた。
ため息をつきたいのはこっちなんだが、と思う。
だが、さすがにそれを口にするほど空気は読めなくない。何せ相手は自分の“ボス”になるかもしれない存在だ。
「あの、それで」
「何?」
「面接の結果は……?」
恐る恐る問うと、リリスはきょとんとした顔をした。
「採用に決まってるじゃない」
あまりにも即答だったので、アシュの方が間抜けな顔になる。
「……いいんですか?」
「良くはないわよ」
これまた即答だった。
「むしろ面倒。すごく面倒。できれば関わりたくない部類ね」
「じゃあ、なんで……」
「そんな危険物、他所に流せるわけないでしょ」
さらっと言った。
「夢幻黒葬なんてものが、どこぞの訳の分からない組織に取り込まれるくらいなら、まだ目の届く場所に置いておいた方がマシよ」
大組織を束ねる人間からすれば、そうなのかもしれない。狂犬を野に放つよりは飼い慣らした方が建設的だと。
言われている内容はだいぶ失礼だが。
アシュは曖昧に頷いた。
「まあ、拾ってもらえるなら文句はないですけど」
「素直でよろしい」
リリスはそう言って、机の端に軽く腰を預けた。
小柄な体つきなのに、妙に絵になる。
可憐という言葉で片づけるには、目に宿る光が鋭すぎるのだ。
「さて」
彼女は軽く腕を組み直し、一区切りつけるように言った。
「それじゃあ、さっそくあなたの組織内での立ち位置を決めましょう」
その瞬間、リリスの目がほんの僅かに笑ったように見えた。
嫌な予感しかしない。
「立ち位置?」
「そう。分かりやすく言えば、ポストね」
「はぁ……」
曖昧に頷きつつも、アシュは警戒を解かない。
今までの会話でよく分かった。この少女は有能だが、人に説明する時に肝心なところを省く。そして、省かれた部分ほど大抵ろくでもない。
「あなたにとっても悪い話じゃないわよ」
リリスはさらりと言った。
「普通なら新人にはまずありえない待遇にしてあげる」
アシュは黙って先を促す。
「うちには四天王がいるのは知ってるでしょう?」
「まぁ、一応は」
「その四天王の末席。第四席が、ちょうど空いてるの」
一拍置いて、彼女は当然のように告げた。
「そこをあなたにあげるわ」
アシュは数秒、言葉の意味を理解できなかった。
「……はい?」
「だから、四天王第四席。事実上の幹部ポストよ」
──夜帷は業界大手。
しかも単なる有名なだけの組織ではない。構成員は数千人規模、協会との結びつきも強く、表も裏も含めて強い発言力を持つ巨大組織だ。
そのトップクラス。
しかも新人が、いきなり。
確かに破格どころの話ではなかった。
「それは……」
アシュは慎重に言葉を探す。
「さすがに、待遇が良すぎませんか」
「夢幻黒葬をただの末端に置く方が無理があるでしょ」
即答だった。
「実力的には、むしろ控えめなくらい」
「そう、ですか」
「そうよ。ただし──」
そこで、リリスはわずかに口調を変えた。
「条件があるわ」
やはり来たか、とアシュは構えた。
要人暗殺。
敵対組織の壊滅。
あるいは協会が表に出せないような汚れ仕事か?
だが、その程度なら構わない。
むしろ、そういう話の方が得意だ。
「何でも。汚れ仕事なら慣れてます」
「? 違う違う。そういうのじゃないわ」
リリスは頷く。
「キャラクター」
「……は?」
あまりにも予想外すぎて、素の声が出た。
「今のままじゃ全然駄目」
「……というと」
「そのままの意味よ」
リリスは容赦なく続ける。
「四天王っていうのは、ただ強ければいい役職じゃないの。花形で、対外的な看板で、組織の“顔”でもある。見た相手に一発で印象を残せなきゃ話にならないわ」
「はぁ……」
「その点、あなたは全然駄目」
ずばりと言われた。
「地味なのよ」
そこまで言うか。
アシュはさすがに少し傷ついたが、反論できるほど派手な自覚もない。
そもそも暗殺を生業にしてきた以上、目立たず地味なのは当然。というか、相手は殺すんだから、目立ったところで意味が無いのだ。
「実力はともかく、見た目も喋りも雰囲気も普通すぎるわ。ただ“強い”だけじゃ、人は食いつかないの」
「話があまりよく分からないんですが」
「世間は分かりやすいものを求めるのよ。いわばカリスマ性ね」
リリスはそこで、人差し指を立てた。
「第一席は武の象徴。力で正義を貫く英雄型」
「第二席は知略と実務の頭脳派」
「第三席は異質で読めない特異枠」
そして、と彼女はわずかに目を細める。
「第四席は、四天王最弱にして、いちばん好戦的で、いちばんいっちゃってる、狂犬枠」
「……狂犬」
「そう。見ただけで『うわ、こいつヤバい奴だ』ってなるタイプ」
リリスは実に真面目な顔で続けた。
「たとえば、ナイフをぺろっと舐めながら──」
妙に芝居がかった調子で、低く声を作る。
「“殺しってのはよぉ、たまんねぇよなぁ……”みたいな事を言っちゃうのが四天王最弱の第四席って、決まってるのよ」
「いや」
アシュは反射で口を挟んだ。
「決まってないですが」
「決まってるわよ」
「誰が決めたんですか」
「私」
この少女、権力の使い方が雑である。
リリスは気にした様子もなく、さらに言葉を重ねる。
「とにかく、第四席にはそういう分かりやすい異常性が必要なのよ。相手に警戒されること、一目で他と違うと分かる特徴、それ自体が武器になる場面も多いわ」
「それを……俺にやれと?」
「ええ。ぴったりじゃない」
「どこがです」
「中身は本物の殺人鬼なんだから問題ないでしょ」
「風評被害がひどい……」
思わず本音が漏れた。
だがリリスは聞き流し、きっぱりと言い放つ。
「とにかく。待遇は破格なんだから、こっちの条件も飲んでもらうわよ」
最悪だった。
暗殺の方がまだよかった。
敵組織の壊滅任務の方が百倍マシだ。
頼むから汚れ仕事で許して貰えないか?
何が悲しくて、今さら組織に入った挙げ句、ナイフを舐める狂人の役作りをしなければならないのか。
アシュは無言で天を仰ぎたくなったが、見えるのはただフロアの天井だった。




