第3話 面接は終わりです。お引き取りください。
「……それで?」
細めた目の手前で、男の眼鏡が冷たく光った。
その一言だけで、部屋の空気がさらに重くなる。
「で、ですから。はい、こちらの組織に採用して頂けたあかつきには、誠心誠意尽くさせていただこうと……」
言いながら、アシュは内心で自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
駄目だ。
向いていない。
人を消す時より、こうして頭を下げている時の方がよほど嫌な汗が出る。
額を伝うそれを自覚した瞬間、向かいに座る男は盛大なため息を吐いた。
「……はぁ」
露骨だった。
隠す気もない。
長机を挟んだ向こう側。
上質な椅子に気だるげに腰かけたその男は、書類を片手に面倒くさそうにアシュを見ている。
整った顔立ちではある。
だが、柔らかさよりも、神経質そうな鋭さの方が先に立つ。口元にはうっすらと愛想笑いの名残があるくせに、目だけはちっとも笑っていない。
「あなた。アシュ・ヴェルドさん、っていいましたっけ?」
「は、はい」
「私が誰だか分かっていますか?」
「も、もちろんです。業界大手の有名組織、“夜帷”──四天王第二席の、キース・エヴァンスさんです」
「そう。その通りです」
男──キース・エヴァンスは、書類を机に置いて指先を組んだ。
「つまり、あなたが思っているより、私ははるかに多忙なんですよ」
「は、はぁ……」
「まったく。なんだって私が面接なんてしなきゃならないんだか」
こめかみを押さえながら、わざとらしく首を振る。
「そもそも協会の方針変更のせいで、ソロ活動の能力者が一斉に押し寄せて来て、迷惑なんですよ。現場は現場で忙しいのに、書類だの面接だの、余計な仕事ばかり増える」
「……すみません」
「ええ、本当にそう思うなら、せめて手間をかけさせないでほしいですね」
さらりと突き刺さる口調だった。
アシュは曖昧に口を閉ざす。
受付嬢に言われるまま、とにかく大手を受けたはいいが、どうやら選択を誤ったらしい。
いや、たぶんどこへ行っても似たようなものなのだろうが、この男との相性が最悪なのはよく分かる。
キースは書類に視線を落としたまま、興味なさげに続けた。
「あなた、年齢は?」
「三十四です」
「その歳までずっと組織に属さずにソロで?」
「え、えぇ」
「へえ」
返事は軽い。
だが、その軽さに含まれる侮蔑は隠しようもなかった。
「まぁ、経歴からして、まともに活動してなかったようですから。それでも問題なかったのかもしれませんね」
アシュの眉がわずかに動く。
夢幻黒葬としての過去を隠す以上、書ききれない程ある実績は、何一つ書く事が出来ない。
だが、それを気にする様子もなく、キースはもう一度大きく息を吐いた。
「はぁ……。こんな白紙の経歴。協会からの推薦状がなかったら、最終面接どころか書類審査で落としたいところですよ」
「す、すいません」
反射的に謝ってから、アシュは内心で自分を殴りたくなった。
何をやっているんだ、俺は。
世に名の知れた外道を数えきれないほど葬り、誰の手にも余るような怪物も幾度となく駆逐してきた。
それが今、会ったばかりの年下らしき男に罵られ頭を下げている。
人生とは、時に理不尽だ。
「とにかく」
キースはぱたんと書類を閉じた。
「面接は終わりです」
「あ、あの」
椅子から立ち上がりかけた相手に、アシュは慌てて声を上げる。
ここで終われば、本当に次がないかもしれない。
今さら畑仕事も商売もできる気がしない。できることといえば、これまでやってきたことだけだ。
「俺、今さら他の仕事なんて出来る気がしなくて……。その、極悪人の暗殺でも、危険組織の解体でも、何でも頑張りますんで」
「……は?」
キースが怪訝そうに眉を上げる。
「あなたみたいに実績のない人に、そんな仕事任せられるわけないでしょ」
言い切った。
「終わりです。お引き取りください」
乾いた声音だった。
心底どうでもいい相手に向ける、きっぱりとした拒絶。
キースはため息をつきながら椅子を引き、立ち上がる。そのまま出口へ向かおうと踵を返した──その時だった。
部屋の扉が、勢いよく開いた。
足音は軽い。
だが、不思議と力強い響きがある。
入ってきたのは、一人の少女だった。
年若く見える。
華奢で、小柄で、可憐と呼んで差し支えない容姿をしている。夜色の長い髪は艶やかで、整いすぎた顔立ちは人形のように美しい。だが、その印象はただの美少女では終わらない。
細い顎は凛と上がり、紫水晶のような瞳はまっすぐ前だけを見ていた。
柔らかな線で形作られた姿の内側に、鋼の芯が通っている。
部屋に入っただけで、空気の主導権がそちらへ移る。
「おや。リリスさん」
キースが目を瞬かせた。
「どうされましたか?」
少女はアシュに一瞥をくれる。
それだけだった。
だが、まるで中身ごと見透かされたような感覚が、背筋を這った。
「面接、私が代わるわ」
「……え?」
終始冷徹だったキースの声音に、素の驚きが混じる。
「“代表”自らですか? その必要は無いかと」
「いいから」
短い。
だが、それだけで逆らわせない圧があった。
キースは一瞬だけ何か言いたげに口を開き、しかしすぐに肩をすくめる。
「……分かりました。お任せします」
それ以上は何も言わず、横を通り過ぎて部屋を出ていく。
閉じる扉の音が、やけに静かに響いた。
部屋に残されたのは、アシュと少女だけだった。
沈黙。
妙に長く感じる数秒のあと、アシュはおそるおそる口を開く。
「……あの」
「夜帷代表、リリス・アルヴェインよ」
少女はまっすぐに告げた。
その名は知っている。
業界でその名を知らない者はいない。
要人警護から猫探しまで、何でも取り扱う“能力者派遣事業”の大組織・夜帷の頂点。
若くして組織を率い、曲者揃いの四天王すら従える本物の怪物。
「知ってます」
「そう」
そこで会話が切れた。
リリスは何も言わない。
ただ、こちらを見ている。
静かなのに、圧迫感がある。
怒気でも威嚇でもない。ただ視線だけで、隠しているものを剥がされていくような不快さがあった。
「……あの、何か」
耐えきれずにそう言った瞬間。
リリスはほんのわずかに首を傾けて、あまりにも自然な口調で言った。
「あなた──私より強いでしょ」
アシュの思考が、止まった。




