第12話 妙ぉ〜にチグハグなんだよ
その後、シイナとアシュは食堂へと案内された。
中庭に面したその空間は、施設の他の場所と同じく、明るく清潔だった。
大きな窓からやわらかな陽光が差し込み、白を基調とした内装をいっそう広く見せている。磨かれた床、整然と並べられたテーブル、観葉植物の配置まで行き届いていて、どこか洒落たカフェテリアのようですらあった。
いわゆる孤児院の食堂、という印象からはだいぶ遠い。
しばらくすると、職員たちが昼食を運んできた。
温かなスープに、焼き立てのパン、彩りよく盛られたサラダ、それに肉料理までついている。質素ではあるが、栄養の偏りは感じさせない。
むしろ、子供たちに出す食事としてはかなりしっかりしている部類だろう。
「美味しそう……」
シイナが小さく感嘆の息を漏らした。
「バランスも良いですし、量も十分ありますね」
理事長は満足そうに微笑む。
「子供たちの成長に食事は欠かせませんからね。そこは特に気を遣っております」
そして二人の前に視線を向け、穏やかに一礼した。
「私は少々外さねばなりませんので、どうぞお二人でごゆっくり召し上がってください。終わった頃にまたお迎えに参ります」
「ありがとうございます」
シイナが丁寧に頭を下げる。
理事長は最後まで落ち着いた所作を崩さず、静かに食堂を後にした。
しばらくは、食器の触れ合う小さな音だけが流れる。
職員の姿も遠く、周囲の子供たちの声も今は聞こえない。食堂には妙に穏やかな空気が満ちていた。
「……アシュさん」
やがて、シイナが周囲を気にしながら小声で話しかけてくる。
「その、どうですかね」
アシュはスープを一口啜り、それから気怠げに椅子へもたれた。
「施設自体に怪しい所は無ぇな。隠し倉庫とかそういった類の仕掛けも見当たらねぇ」
声はいつもの粘ついた調子のままだ。
「少なくとも、ここまで見た限りじゃ、大量の武器を隠してるような形跡はねぇ。ありゃもっと、鉄やら火薬やらのい〜ぃニオイがするもんだ」
「に、ニオイで分かるもんなんですか?」
シイナが少しだけ眉をひそめる。
「ちょっとそこは私には分かりませんけど……でも、私も今のところ怪しい点はないと思います」
そう言ってから、彼女は少しだけ表情を和らげた。
「正直、来るまではもっとこう……ギスギスした感じになるんじゃないかって身構えてたんですけど」
「拍子抜けかぁ?」
「はい、少し……」
シイナは苦笑する。
「施設も綺麗ですし、設備も整ってます。理事長さんも、すごく誠実そうでした。子供たちのことも、本当に大事にしてるように見えましたし」
その言葉に、アシュはすぐには返事をしなかった。
ただ、フォークを指先でくるりと回し、窓の外へ視線を向ける。
中庭の芝生はよく手入れされていて、その向こうには白い壁と、日差しを受けて揺れる木々が見えた。
「くくっ……本当にそう思うか?」
ぽつりと落とされた声に、シイナが目を瞬かせる。
「え?」
「どうも、妙ぉ〜にチグハグなんだよ」
「……というと?」
「たとえば、あの壁だ」
アシュは顎で窓の外を示した。
「何のためにある?」
シイナはつられてそちらを見る。
中庭のさらに向こう、敷地の外周をぐるりと囲む高い白壁。施設の清潔感と調和した外観ではあるが、言われてみれば、ずいぶんと存在感が強い。
「それは……防犯のためじゃないですか?」
「そうかもしれねぇな」
アシュは気のない調子で言う。
「でも、俺ぁここまで高い壁でぐるっと囲った孤児院なんざ見たこと無ぇぞ。まるで……刑務所だな」
口元だけで笑う。
シイナは眉をひそめた。
「か、考えすぎじゃないですかね。ほら、ここは予算も十分にあるみたいですし、防犯意識が高いんでしょう」
「へぇ」
アシュはそれ以上は言い返さず、今度は別の話を口にした。
「それに、ここで教えてた内容もだ」
「内容?」
「地学、金属加工、あとは地図の読み方に、方角の取り方、天候の予測、それに怪我の応急処置……」
シイナの表情が少しだけ固まる。
言われてみれば。どれも役に立つ事には変わりない。だが、並べてみると妙な偏りがある。
「ガキらしい読み書きや遊びより、そういう実用寄りのもんが妙に多かったぜぇ?」
「そ、それは……」
シイナは少しだけ視線を泳がせたが、すぐに言い繕うように続けた。
「実用重視なんですよ。それか、たまたま、そういう日だったとか。実際、全部を見たわけじゃないですし」
その答えに、アシュはふんと鼻を鳴らした。
もう、シイナの中ではかなりこの施設を信じる方へ傾いてしまっているらしい。
「まぁ、あとはお前に任せる」
そう言って、アシュは席を立った。
「ど、どちらに?」
「俺ぁもういいわ。車で寝る。終わったら起こせ」
気だるげに言い捨てる。
そのままひらひらと手を振ったかと思うと、指先で何かをくるりと回した。
シイナがはっとする。
車の鍵だった。
「えっ、いつの間に……!?」
「気にすんなぁ」
アシュはにやりと笑い、いつの間にかシイナのポケットから抜き取っていた鍵をくるくる回しながら、そのまま食堂を出ていった。
◇ ◇ ◇
シイナが食事を終え、しばらく席で待っていると、やがて理事長が戻ってきた。
「おや、お連れの方は?」
「あ、ごめんなさい」
シイナは慌てて背筋を伸ばす。
「少しその……体調が優れないみたいで。車で休んでいると」
「それは心配ですね。言っていただければ医務室にご案内しましたのに」
理事長は本当に残念そうに眉を下げた。
「い、いえ。あの人のことは大丈夫です。気にしないでください」
大丈夫、という言い方が正しいのかは微妙だったが、とりあえず他に言いようがない。
「そうですか」
理事長は苦笑した。
「しかし……失礼ながら、少々変わった方ですね」
「それは、私もそう思います」
シイナもつられて苦笑いを浮かべる。
けれどそこにあるのは、露骨な嫌悪ではなかった。困らされはするが、完全に突き放すほどではない。そんな微妙な感情が、自分でも少し不思議だった。
理事長はその表情を見て、どこか安心したように頷いた。
「では、午後はよろしければ、子供たちの近くで様子をご覧になってください」
「ありがとうございます!」
「どうぞ。天気も良いですし、中庭の方へ」
理事長に促され、シイナは席を立つ。
大きな窓の向こうでは、穏やかな陽射しの下、中庭の芝生がやわらかく光っていた。




