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第3話 KANO③ 衝突! ロリス VS アナスタシア

  唖然とした様子で完全に状況に取り残された三人は空っぽの研究室で立ち尽くしていた。


  「あーえーっと……アマデウスくんだったよね? 」


  ソフィーナが恐る恐る口火を切る。


  「おう。前も話したことあるんだが……覚えてないか? ほら、前回の課外授業でクラス合同で親睦合宿に行ったことあっただろ? 」


  ソフィーナはああと行った様子で手をポンと叩く。


  「ああ、あの楽器店の息子さんの! 」


  「そうそう、楽器店の息子よ! やっと思い出したかソフィーナちゃん。ところで君もこの研究室に? 」


  「うん、アナの付き添いのつもりだけど……なんか大変なことになっちゃったね」


  ぼりぼりと頭を掻きながら困ったようにアマデウスは返答する。


  「いやーまさかロリス先輩がああいう人だったとはなぁ。出欠とったら即解散とか俺らにこの後の時間どうやって過ごせってんだ? 」


  そこまで話すと、二人の後ろでガタガタと物音がした。


  そこにいたのは両の壁に据え付けられた棚や書架をあさっている先ほどロリスの脇腹を突いていた小柄な少年だった。


  「おいおいクルト、あんまり触って壊したら後がめんどいぞ」


  「そうだね。気をつけるよ」


  この小柄で口数の少ない少年はクルト=リンドホルム。彼もアマデウスやアナスタシアと同じクラスの一員であり、物腰は柔らかいものの、少々人見知りの気質を持つためクラスでは多少浮いた存在となっている。が、アマデウスとは幼い頃からの友人であり、今でも親しくしている。


  「でもアマデウス。ここは本当に研究室なのかな? 」


  唐突なクルトからの意味のわからない質問にアマデウスは戸惑う。


  「どういう事だ? ここの入り口には確かに『第8研究室』って書いてあっただろ? 」


  「良く見てよ。ここにある棚と書架の中身を一通り調べたんだけど、研究室にあるべき実験器具や魔術触媒、魔道書の類や研究論文なんかも殆ど置かれていないんだ」


  そう言われて二人は辺りを見回す。確かに他の研究室には置いてあった大規模な魔道具や重厚な革の表紙が特徴的な魔道書はこの研究室には置いていないようだ。


  「それもそうだな……てっきり成績が悪い奴を集めて補修をするための急造研究室だと思ってたのになぁ……」


  アナスタシアとは真逆の発想にさっきまでしんみりとした雰囲気だったにも関わらずソフィーナは思わず笑みをこぼす。


  「まあとりあえず今日はこれ以上どうしようもないから帰るか。ロリス先輩も今日はムシの居所が悪かっただけかもしれないしな」


  と、アマデウスはクルトを連れて帰ってしまった。一人残されたソフィーナも、やはり何も思いつかなかったのか“明日はきっと何か研究を準備してくるよね? ”と独り言を残しこの日は帰った。


 

  が……そこから一週間、ソフィーナはなんとかアナスタシアを“せっかくエリサ先生が準備してくれたチャンスだから”と説得して一緒に第8研究室に通ったものの、ロリスは全く来ずに一日が終了するか、来たとしても出席だけとって“カイサーン”と言い放ち何処かへ行ってしまう始末だった。


  これにはソフィーナの賢明な説得もあり、初めは黙って見過ごして研究室で自習をしていたアナスタシアもとうとう我慢の限界のようで……


  その日、事件は起きた。


  いつものように四人よりも遅れて研究室にやって来て手帳サイズの研究室の名簿帳にさっさと印だけつけ、


  「はーい今日もカイサーン。自習とかには適当に使ってくれても良いが魔術の使用は禁止な? あと最後に出るやつは鍵閉めもよろしくー。じゃあごゆっくりー」


  と、いつもはここで誰も何も言わず自習に移ったり帰宅したりという流れなのだが、今日はそうはいかなかった。


  「ちょっと待ちなさいよ」


  もう扉を半分開けた状態のロリスを呼び止めたのはアナスタシアだった。


  「これじゃ私たちが研究室に毎日来ている意味がないじゃない。毎日何も指示しないことには一体何の意味があるのか……そろそろ話してもらえませんか? 」

 

  一応、怒りは心の底に押しとどめているようだがそのこめかみに走る青筋はその時のアナスタシアの心を代弁していた。


  ロリスは面倒くさそうに扉を一度閉め、向き直ると


  「理由? んなもんあるわけねぇだろ? 強いて言うならエリサにお前らのことを見てやれって言われたからで……それもあいつが俺を邸から追い出すとか言うから……」


  「そう……ならもういいわ。私たちはこの研究室を出て行かせてもらいます。短い間だったけど自習室を貸してくれてありがとうございました。もう二度と私の前に顔を見せないでください」


  そう言ってロリスの傍をスタスタと早足で去ろうとするアナスタシアの細腕を今度はロリスが引き止める。


  「待て。さっきも言ったように俺はお前らがここに一ヶ月いてくれなきゃ追い出されるんだよ。ほら、これからも自習室として利用してもらってもいいから」


  ロリスに至ってはここまで来てさっきのアナスタシアの“ありがとう”を本気と取っているらしい。


  その言葉を聞いた途端にアナスタシアがロリスの腕を跳ね除ける。


  ロリスを睨むその双眸は鋭利な刃物のように鋭い。


  「……貴方に……何の権利があるってのよ……」


  アナスタシアの呟きに場が静まり返る。


  「あ? 何だって? 言いたいことがあるならハッキリと……」


  「貴方に私たちの将来を決める権利があるのかって聞いてんのよ! 」


  激昂するアナスタシア。ソフィーナでさえ未だ嘗て見たことのないほどの怒り方だ。


  「貴方も分かっているでしょう? この研究室選びはただの放課後の遊び場を決めるためだけのものじゃない。将来自分が就く仕事を学んだりクラスでは学べない繋がりを作るための場です。それをこんなところで私たちの有限な時間を浪費しておいて少しくらい悪いとは思わないんですか? 」

 

  その声はかなり興奮しているのだろう、うわずっていた。


  アナスタシアの心からの怒りの言葉に一瞬何か感慨深く、遠くを見据えるような目をして、ロリスはまた面倒くさそうにため息をつく。


  数秒の沈黙の後ロリスが諦めたような表情をしてある提案をする。


  「分かった。お前がそこまで言うなら魔術を志す者として伝統的な方法で白黒ハッキリとしようぜ」


  魔術師の伝統的な決着方。つまりは決闘だ。魔術が誕生した時からあるとされるこれは、互いの等価値のものを掛けそれを争うためにするものだ。


  決闘には数人のそれぞれ意見を違えた者が同時に魔術戦闘を行う乱戦形式の「チェスト」。


  対立する二つの意見を代表する三人同士が魔術戦闘をする団体規模の「トゥルネイ」


  個人間のいざこざを解消するために行われる「ショットアウト」などがある。


  が、これも魔術師の目的のために手段を選ばないといった性なのか、全ての決闘方法において多少の怪我がまるで必要経費かのように出るようになっており、校内では生徒同士の決闘を禁止している。


  そこまでを承知の上で相手が挑んで来るはずがない分かっているからこそ、有無を言わさないほどメンドくさがりなロリスは決闘なんて回りくどい真似を提案したのだが……


  「いいわよ。ただし受け手はこっちなんだからこちらにその内容を決める権利があるわ」


  アナスタシアはどうという事もなくさしも当然のように受けて立ってきた。


  (おいマジでか……これ受ける覚悟ってどんだけ俺のこと嫌いなんだよ⁈ )


  とはいえこの勝負を吹っかけたのはロリスだ。いくら何でもここで引くのは格好がつかない。


(ええい、ここまできたならどうとでもなれやぁ!)


  「どーぞ、ご自由に」


  ロリスはどこまでも斜に構えて余裕ぶっている……ように見えて内心、口から血反吐を吐きそうなほどに焦っていた。



 ____________________________________________________________________




  ロリスは見た感じ、さして筋肉質でははない。恐らく身体能力は高くない。その上この研究室の空っぽさから知略に長けた人物でもなさそうだ。校内でその名を聞くことも無いし何か実績があるほどの魔術師のではない。


  大まかにそこまで纏めると、アナスタシアは絶対に勝てる……勝てなければおかしい、一つの決闘法を思いつく。


  「じゃあ決闘法は、ここにいる私、ソフィーナ、アマデウス、クルトの四人と貴方一人で実技戦闘で勝負よ。私たちが貴方に一度でも攻撃を当てられたら私たちは全員この研究室を出て行く。十分間当てられなければ貴方の望み通りこの研究室に残ってあげるわ」


  そこまで聞くと、ロリスはあくびを一つし、眠たげな目をこすりながら


  「いいぜ? その言葉忘れんなよ? 」


  と、思いの外ロリスが軽く承諾したことにアナスタシアは一抹の不安を覚えたが


  (大丈夫よ。四対一だし多少向こうが強くても数の力で押し切れるわ)


  自分の中の自信にその不安はすぐに掻き消されるのであった。


  この時、対峙するロリスが


  (ガキども四人の攻撃なら何とかカカシとかコケシで目くらましできるんじゃね? )


  なんてことを考えていると気がついた者は誰一人として存在しなかった。

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