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第2話 KANO② 空中分解する第8研究室

  たどり着いた113教室。だがしかし、二人はその大きな木製の両引きのドアの前で立ち尽くしていた。


  そのの上には確かに第8研究室と書いた板が埋め込まれているのだが、しばらく手入れしてないのか埃が積もっている。


  「ソ、ソフィ? 大丈夫よね? 」


  「うん……大丈夫……なんじゃないかな? 」


  さっきはアナスタシアをなんとかなだめたものの、正直謎の威圧感を放つこのドアの前に立ってからというもの、嫌な予感しかしないソフィーナ。


  「新しくできた研究所で、私が一年生の中でもズバ抜けて優秀だからスカウトを受けているのよね? 」


  「うん……そうだと思うよ……きっとそうだよ……」


  アナスタシアだけでなく自分にも言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


  「じ、じゃあ、開けるわよ? 」


  「う、うん。た、楽しみだね……」


  アナスタシアが片方のドアノブに手をかけ軽く回し、ゆっくりと押し開ける。


  ギィィィという木が軋む音と共に中にいる人影が見える。


  「おお? お前らも呼ばれたのか? 」


  聞こえてきたのは二人とも聞き覚えのある声だった。


  「アマデウス? なんで貴方がここにいるのよ? 」


  茶色い短髪が如何にも男らしさを醸し出している、この少年はアマデウス=クエイク。アナスタシアのクラスの男子グループのリーダー格で勉強以外のことはできる活発な少年だ。以前にアナスタシアの紹介でソフィーナとも幾らか喋ったことがある。


  「それがよぉ、エリサ先生にどの研究室に行ったらいいのか相談したら今日から一ヶ月だけ第8研究室に体験で入れてくれるって言われてさ。それで来てみたは良いものの……」


  アマデウスがチラリと背後を振り返ると、入ってきた時はアマデウスの陰にいて気が付かなかったが、小柄な男子生徒が高価そうな革張りのソファーに顔にブレザーを被せて横たわっている青年の脇腹を突っついている。


  「この人がずっとソファーで寝てるんだよ。俺らがいくら起こしてもちょっと目を開けたかと思ったらすぐに寝ちまう始末だよ」


  ここにきてアナスタシアとソフィーナは唖然としていた。何故ならこの光景には見覚えがあるからだ。


  そう、忘れもしない今日の昼休みにベンチの使用量と称してソフィーナからサンドイッチを取った彼のことだ。


  「ソフィー、気のせいかしら? 私凄く嫌な推測が立っちゃったんだけど……」


  額に脂汗を滲ませながら引きつった顔で親友を見る。


  「あはは……そうかもね……」


  アナスタシアは一つ大きな深呼吸をすると自分の頬をまるで夢を冷ますかのように二度ペチペチと叩き、奥にある青年の元へと近寄る。


  そして、そこで脇腹を突いている少年に“ど・い・て・ね? ”と何かを含んだ笑みを浮かべ、少年は危機感を感じたのかアマデウスの元へとソファーの前に備えられているテーブルをわざわざ回って逃げ帰る。


  アナスタシアは笑顔のまま何か危険物でも扱うかのような静けさで青年の顔にかかっているブレザーを剥ぐ。


  下にあったのはアナスタシアたちの予想通り、何故か前髪の一部だけ白髪の昼間のサンドイッチ泥棒がすやすやと寝息を立てていた。


  「ああ、やっぱりかぁ」


  と、内心苦笑いのソフィーナ。そんな彼女には見向きもせず、アナスタシアは挨拶とも言わんばかりに青年の右頬にビンタを食らわしていた。


  “イテッ”と青年の小さな悲鳴が沈黙の空間に虚しく響く。


  そして青年が目を開けてアナスタシアの姿を認識したのを確認するやいなやアナスタシアがまくし立てる。


  「あら? 奇遇ねこのサンドイッチ泥棒。さっきはよくもーー」


  と、アナスタシアが言い終わらないうちに


  「人違いです」


  と、青年がすっとぼけて言う。


  「……何を言ってるの? 貴方はさっき確かにソフィの作ったサンドイッチをーー」


  「人違いです」


  「そんな訳ないわ、だって貴方の口の周りにはさっき食べたサンドイッチの食べカスが付いているんだもの……」


  「あっやべ……」


  急いで口元を手で拭う青年。だが、その手には何も付いていない。


  「……………………」


  「……………………? 」


  「今、貴方は何を確認したのかしら? 」


  「……⁈ ……嵌められタァァァァァ」


  座っていたソファーから勢いよく立ち上がると、部屋の両脇にある“はめ殺し”の窓に向かって走り出す。窓を破って脱出しようと試みたのであろう。


  が、“はめ殺しの”窓を人が軽い体当たりで破れるはずもなくゴンと鈍い音を立てて青年は床に倒れ伏した。


  「ったく本当に情けないくらいにバカね。取り敢えずソフィーナに謝りなさいよ」


  うんうん唸ってのたうち回る青年にアナスタシアはずいと詰め寄る。


  青年の方も観念したのか逃げるのをやめ巨大なコブができた頭を押さえながらアナスタシアに向き直る。


  「分かった。俺がサンドイッチ泥棒ということは認めよう」


  「そこはあっさり認めるのね……やり辛いわ」


  「だが、あれは正当なギブアンドテイクであり決して泥棒ではないことを主張させてもらう」


  「結局泥棒ってとこは認めないんだ……あぁ、頭痛くなってきた 」


  ため息交じりでアナスタシアは不快感を訴える。


  「だって俺はあのかわい子ちゃんにベンチを明け渡したし、かわい子ちゃんも俺にサンドイッチを与えた。つまり彼女はその二つを等価とみなしたわけで……」


  「あぁもうウルサイわよ?いいからとっとと謝りなさいよ⁈ 」


  「まあまあアナ、私は別にもう気にしてないから。ね? 」


  「うぐぐ……ソフィがそう言うなら……で? なんで貴方がここにいるんですか? 」


  「は? それはここが俺の研究室だからに決まってるだろ? 」


  「立ち直り早いわね……という事は、貴方が? 」


  失望と軽蔑の眼差しを向けながら青年を見据える。


  「そーそー、俺こそが稀代の天才と呼ばれし男、ロリスだ。お前らがエリサの言ってた奴らか? 」


  アナスタシアとロリスの問答に完全に蚊帳の外だったアマデウスがようやく参戦してくる。


  「そうだぜ。俺らはエリサ先生にここを紹介されてきたんだ。因みに俺は……」


  「あーはいはい。そういうの別に良いから。五人くらいって言ってたしこんなもんだろ」


  アマデウスが自己紹介しようとした矢先、ロリスはそれを遮り強引に話を進め出した。


  「ちょっと! これから一ヶ月間一応ここでお世話になるんだから自己紹介ぐらい」


  ロリスの言動がよっぽど目についたのだろう。いつになく不機嫌そうなアナスタシアが割って入る。


  「いや? 別に世話する気とかねえし? 研究室って大体こんなもんだろ? 放課後集まって駄弁って、時間になったら解散また明日って」


  ロリスのあまりにも酷い研究室に対する言い草にアナスタシアの怒りは頂点に達する。


  「本当に何なの⁈ 何か私たちに恨みでもあるわけ? 他の研究室まで馬鹿にしてどういうつもりよ? 」


  胸ぐらに摑みかかる勢いでアナスタシアはロリスにまくし立てる。


  だが、当のロリスはまるで聞こえてすらいないかのようにアナスタシアを“まあまあ”と適当にあしらうと


  「はーい、今日は全員出席っと。よし、解散! 」


  足早に研究室を後にしてしまった。


  不穏な雰囲気が立ち込める中、続いてアナスタシアが穢れなき目に純粋な雫をため、勢いよくドアを開けて走り去った。


  「あ、待ってアナ」


  ソフィーナのとっさの呼びかけにも応じず、“ほっといて”と言わんばかりだ。


  第8研究室の一日目はこうして波乱の幕開けをしたのだった。


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