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第1話 KANO① 昼食時の一悶着

  フォルトン王国。広大な大地が広がるラシグルド大陸で、巨大な軍事国家を持つルアポート帝国と双璧をなす大国である。一定して温暖湿潤な気候のこの国は夏は暑く、冬は寒いがその気温差が小さいためそこそこ人口が多く三角の屋根の住宅街が所狭しと軒を連ねている。


  そんな穏やかな光射す国の南東にはセベシュという都市がある。


  この都市の大きなの特徴といえば、街の北東に雲をも貫き天高く聳え立つ、人類が地上に生まれ出でる前から在るという謂れが残る未だ嘗て誰もその頂上を見たことがない塔、『ビフレストの架け橋』と近代に於いて世間に様々な形で影響を与えている「魔術」を扱う才能を持った者を教育して、魔術を国の発展のために役立てる為の学園。その中でも大陸全土で一、二位を争う規模である『王立アルフ魔導師学園』だろう。


  そんな学問の香りと未開の領域が入り混じる街のとある日の正午。王立アルフ魔導師学園にて。


  校舎をぐるりと囲むように配置されている、大理石でできた高級感と古代の息吹が溢れる廊下の片隅にてこの学園の1年生、ソフィーナは万人に穏やかな印象を与える亜麻色の髪をくるくると弄りながら昼食であるサンドイッチの入ったバスケットを手に提げて友人を待っていた。


  その出で立ちは深い海を思わせる引き込まれるような紺色のブレザーに女生徒らしい短めのネクタイ、さらには灰色の無地のプリーツスカートというアルフ魔導師学園の模範的な制服である。しかし本人の雰囲気も相まってか、それは少女たちの華をより引き立たせるために設計されたようだった。


  只今、1日に1度しかない学園の昼休みである。もちろん、授業と授業の間にも休憩の時間はあるのだが、各クラスの授業進度や演習場所によって休み時間に入るタイミングが異なるため、他クラスの友人とも会え騒ぐことが可能な昼休みに生徒たちは大きく休みを入れ、午後の授業にも臨むのだ。

 


  かく言うソフィーナもその一人で今待っている友人、アナスタシアは他クラスの生徒である。


  「ソフィー、お待たせ〜」


  ソフィーナがぼんやりと廊下をすれ違う友人たちと挨拶を交わしていると、職員室のある廊下の奥から彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。


  滑らかに流れる天の川を思わせる様な美しい腰まである銀髪を揺らしながら廊下の奥から駆けてくる少女こそソフィーナの待ち人、アナスタシアである。


  「大変だったね、まさかエリサ先生に授業で使ったプリントの運搬をやらされるなんて」


  「本当よ。あの先生は授業は分かりやすいし生徒への対応も丁寧なんだけど自分のやりたくない仕事を生徒に押し付けるのは止めてほしいわ」


  アナスタシアはがっくりと肩を落としながらソフィーナと合流し、校舎の外に向かって歩き出す。


  昼食時は毎日校舎裏にある陽当たりの良いベンチで2人で一緒に食べるのが日課となっていた。


  交互にランチを作りあって、雨の日には学食を食べると言った具合になっており、今日はソフィーナがその担当の日だった。


  「ねぇソフィ、今日のお昼は何なの? 」


  「もう、アナは食いしん坊だなぁ。今日はサンドイッチと旬の野菜を使った野菜スープよ」


  「むむむ……流石ねソフィ……私ももっとレパートリー増やせたらなぁ」


  そう、交互と言ったものの実際のところアナスタシアは料理のレパートリーが少なく週に二、三回同じ料理を出す他なくなるため現在は殆ど毎日ソフィーナが昼食を作っているのだ。


  「うふふ、気にしなくていいのよ? アナはアナでテスト前とかによく私を助けてくれるじゃない」


  「ソフィ〜〜っ」


  アナスタシアが親友の心が広い一言に涙ぐみそうになりながら密かに“レパートリーを増やそう”と心に誓っていると突然その親友が話を変えてきた。


  「そんな事よりもアナ、どの研究室に入るかってもう決めたの? 」


  ここ、王立アルフ魔導師学園では1年生は入学してしばらく経つと3年生の仕切る『研究室』と呼ばれる放課後に専用の特別研究室集まって魔道についての研究や考察をする団体に入る権利が得られる。


  もちろん、強制ではなく自主的に生徒の学習を促すためのものなのだがこの学園には将来は高級官僚になって国の政治を回す者や国家魔導師団となり周辺国やテロリストから国を護る役割に着きたいと考えている者が多いので殆どの生徒が研究室に所属することとなる。


  もちろん、この2人も同様にいづれかの研究室に属するつもり……なのだが……


  「うーん。なんかどこもパッとしないのよね」


  「第1研究室の『空間多重存在理論による移動系統肯定型魔術に対する考察』とかアナの好きそうな研究テーマなんじゃないの? それとも研究室の人たちがあまり気に入らなかったのかな? 」


  ソフィーナが心配そうに、うんうん唸っているアナスタシアにたずねる。


  「いいえ、そういう訳じゃないの。もちろん研究室の方針や研究内容だって興味はそそられるんだけどね……それに研究室の先輩方だって」


  「カッコイイ人たちがばかりだったよね」


  突然、高熱を出しているかのように顔を耳まで真っ赤にしたアナスタシア


  「ソ、ソフィななな、な何を言っているのよ貴女は。私がそんな基準で今後の進路を決める一因にもなりうる研究室選びをするとでも思っているの⁈ 私が言いたかったのは人格者ばかりだったなぁってことよ」


  そう。研究室はただの研究室機関に非ず。将来仕事を探すときにも同じ研究室に所属していた先輩から推薦を受けたり招待されたりと何かと有利だったりする。


  なおさら人格者が多いということはそれ即ち真っ当な職から将来お声がかかる可能性があるということだ。


  「それにね、私としてはどの研究室にも魅力があるから正直言って選びきれないというか……」


  「それでエリサ先生に相談しに行ったんだっけ? 」


  「そうそう。そしたら先生『私のツテで一つ面白い研究室に体験で入れてもらえるようにしておいたから実際に試してからでも良いんじゃないか? 』って言われちゃって……今日その紹介された研究室に行くことになってるんだけど」


  「ふふっ、楽しい場所だといいね。ところでその研究室ってどの研究室なの? 」


  「それがね、私も驚いたんだけど、第8研究室ってところらしいのよ……」


  「あれ? 研究室って確か第7までじゃなかったっけ? 」


  「そうなのよ。エリサ先生が間違えたのかなぁ? でも先生がそんな根本的なミスを……ぶつぶつ……」


  2人が世間話にふけっているとあっという間に手入れの行き届いた植物園のような学園の裏庭に着いた。


  いつもと変わらない木漏れ日。


  いつもと変わらない優しく包み込んでくれるような陽の光。


  いつもと変わらないソフィーナの美味しい昼食。


  だが、そんな2人の日常を破壊する者がそこにはいた。


  2人がいつも並んで食事をしているあの陽当たりの良いベンチは昼寝をしているのか、横になって動かないその者かによって占領されていたのだ。


  脱いだブレザーが顔を覆っていて一体誰なのかはよく分からないが、前髪の一部に白髪の混ざった奇妙な髪型と、それとは裏腹に少し筋肉質でそれでいて若々しさを感じさせる雰囲気はいかにも自分たちとそう年の離れていない男子生徒であることは明白だった。


  二人は皆が食堂に駆け込む時分、物珍しい者がいるのだと驚いてしばらく呆気にとられていた。


  「ね、ねえアナ、今日は教室でお昼にすることにしない? ほら、いつものベンチは使われちゃってるし」


  ソフィーナがすぐさま食事場所の変更を提案するとアナスタシアは暖かいベンチで寝こけている男子生徒に腹が立ったのか不機嫌そうな顔をしている。


  「何言ってるのよソフィ、あれはみんなのベンチでしょう? それを一人で占領しているんだからあっちが悪いのよ。それに別に退いて貰わなくても座ってさえ貰えれば私たち二人が食事を摂るには充分な場所が確保できるでしょう? 」


  そう言うとアナスタシアは肩を怒らせてズンズンとベンチに近づき、男子生徒の被っているブレザーを勢いよくはいだ。


  「ちょっと貴方、ここはみんなで使うためのベンチです。貴方一人が身体を横たえてしまっては私たちがこのベンチを使えなくなるので座っていただけませんか!!! 」


  アナスタシアが怒鳴ると青年は億劫そうに目をこすり、起き上がってまだ眠たそうな半開きの目でアナスタシアと対峙した……と、思うと再びベンチの背もたれに寄りかかり僅か数秒でイビキをかきはじめたのだった。


  「っーーー」


  流石にこの行為は今まで注意で止めるつもりだったアナスタシアの堪忍袋の尾をぶった斬った。


  アナスタシアは首が取れるんじゃないかと思うほどブンブン青年の肩を揺さぶり深く沈んでいたその意識を再び呼び起こした。


  青年はまた子供のように目をこすると、先ほどと同じく、まるでルーティーンのように同じ姿勢で寝ようとしはじめたので


  「いい加減起きなさいよっ⁈ 」


  と、アナスタシアの上段回し蹴りをもろに顔面にくらって、きりもみ回転をしながら青々と茂る芝生へと突っ込んでいった。


  「ア、アナ流石にやり過ぎなんじゃ……」


  ソフィーナは心配そうに青年を遠目に見ながらアナスタシアを嗜める。


  が、その心配は完全に杞憂であった。


  暫く青年はピクリとも動かなかったものの、急に意識を取り戻したのか立ち上がると顔は擦り傷だらけ、もともとだらしなく着崩されていた制服は芝の緑を吸い込み変色しているにも関わらず


  「やぁ、お嬢さん方。夢の国の救世主であるこの僕に何か用かな? 」


  などと訳の分からない形でカッコつけ始めたのでもはや手に負えない。


  気を取り直してアナスタシアが抗議の続きを始める。


  「何が『夢の国の救世主』よ? 私たちはベンチを使いたいから座ってほしいって言ってるんですけど⁈ 」


  「そうかい、でも残念だったなぁ、今日からここは我が根城となった。使いたくば使用量を払うがいい! 」


  「はぁ⁈ 何を言うかと思えば。貴方、それはこのベンチか公共のものであるという認識の下での発言ですか? 」


  「何言ってるんだ? ここは俺の根城だってさっき言ったばかりじゃないか」


  「このっ、貴方がその気ならここでけっ……」


  「おっ、落ち着いてアナ」


  ソフィーナは子どものような屁理屈を垂れる青年に襲いかかりそうになったアナスタシアをなんとか宥める。


  そして、今度は自ら青年に近づき、そっとバスケットを開くと、


  「使用料……でしたよね? それなら私の作ったこのサンドイッチ一切れと交換でどうでしょうか? 」


  青年はうーん、と少し考えるポーズを取るとおもむろにバスケットからサンドイッチを一切れ抜き取り、頬張って


  「おお、これはなかなか美味いな。あともうちょっと塩味が効いてれば完璧だったんだけどな」


  「もらった上にダメ出しとか……貴方って本当に最低ですね」


  青年は悪びれた様子もなく立ち上がると全身に着いた汚れを払うこともなく、先ほどソフィーナたちが来た方向へと歩き去る。それも、


  「まぁ今回はサンドイッチの味とその子の可愛さに免じてそのベンチの所有権はやるよ。あとそこの銀髪はオマケな。よかったな、お前と違って素直で可愛いい友達がいて」


  と、捨てゼリフを吐きながらである。


  「何なのあいつ、今度会うことがあれば絶対にタダじゃ済まさないわ」


  「あはは……今日もタダでは済んでないと思うんだけど……」


  ソフィーナの指摘通り、青年は蹴られた頬を押さえながら知らぬ間にズタボロになった身体を引きずりながら校舎内へと消えていったのであった。


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