第十五話 土の中からこんにちは
休憩を終えた二人は山の八合目ほどまで登った。半分を過ぎたあたりから道が細くなり、もともと急だった道はますますその鋭さを増していく。
「ふぅ~、結構上ったな」
「そろそろ頂上に着く頃だな。刹那、頂上に着いたら何をするとかは聞いていないのか?」
「前話した通りだよ。とりあえずここに来いって言われて。頂上を目指したのもなんとなくそんな気がしたからだし」
「そうか……」
そう、ただここに来いとしか言われておらず、何をすればよいのかも全く分からない状態だった。しかし、今はそれしか頼る情報がないため何かあることを信じて頂上を目指すしかない。
そうしてまた黙々と登り続ける二人の目の前に突然開けた空間が見えてきた。
「なんだここ?」
そこは今までの山道からは想像できないような平らな場所で、両端を高い岩壁に囲まれていた。これだけ高いと、刹那たちが入ってきた方と、向こう側に見えるもう一つの入り口からしか出ることはできないだろう。侵入者を逃さぬようにそびえ立つ高い壁と限られた進入口、それはさながら闘技場のような雰囲気だった。
「円、なんかいやな予感がする。さっさと抜けようぜ」
「あぁ、俺も同意見だ」
二人がすぐにその場を去ろうと広場の中心まで歩を進めた時、ふとした違和感に襲われた。視界が揺れている。いや、視界だけではない、その場全体、地面が大きく揺れ始めたのだ。
「な、なんだ?」
「これは……まずいぞ、刹那、早く向こうまで走れ!」
二人は大慌てで出口の方へと走った。あと少し、あと少しで出口までたどり着く。出口の向こうの景色が鮮明に見えたと思ったその瞬間――
「な、なんだこりゃ?」
出口の地面が盛り上がり、地面から巨大な人型の物体が現れた。刹那が真っすぐに頭を持ち上げなければ全長が見られないほどの巨体で、体は岩で出来ているようだった。人型の物体だったが、奇妙なことにその物体には首がない。人間で言うと胸から上が存在しないのだ。
「何かは分らんが、凄まじく嫌な予感がするな」
円がそう言ったのと同時に、首なしの巨人が動き出した。その巨大な体に似つかわしく、ゆっくりとした動きで右腕を持ち上げる。
「う、動いた!」
「――ッ!まずい!刹那、避けろ!」
持ち上がった右腕が刹那たち目がけて振り下ろされる!
「うぉぉぉぉ!」
突然のことだったが、刹那たちはそれぞれ左右に分かれる形でそれを避けることに成功した。刹那が先ほどまで立っていた場所には巨大な穴が穿たれている。円が気づくのが後少し遅れていたら、間違いなく刹那はぺちゃんこだっただろう。
「おい円!あれいったいなんだよッ?」
「分らん。だが、味方ではないことは確かなようだ。どうやら、この空間は奴と戦うためにあるようだな」
なるほど、この広く平らな場所はあの巨体には持って来いの場所である。おそらく、不運にもここにたどり着いてしまった者はこの出口の限られた闘技場であのバケモノと戦う羽目になるのだろう。
「戦うったってどうやって――うわぁ!」
目の前の首なしの巨人は振り下ろした手を再び持ち上げると、刹那の方へとその拳を振るってきた。
「こなくそ!」
刹那が振り下ろされた拳を避けて、相手の左足に切りかかる。
しかし、神威は相手を切りつけることも叶わず、虚しく弾かれてしまった。
「ダメだ、円!コイツ、硬くて俺じゃあ手に負えない!」
「任せておけ!」
円の瞳が真紅に染まっている。刹那の相手をするのに夢中だった首なしの巨人は円を全く無視していた。その結果、円は巨人に特大の炎をお見舞いすることが出来る。
「燃えろ!」
円のその声とともに、巨人が炎に包まれる。巨人は火を消そうと動きまわるが全く火の勢いは衰えない。それどころか、動きまわったせいで余計に体中に火が回り始めている。さしずめ燃える山といったところか。
「どうだ、それだけの炎に纏わり着かれるのは辛いだろう?」
「グォォォォォォ!」
円の勝ち誇った声に苛立つように巨人が咆哮を上げる。
次の瞬間、巨人は横に倒れると、そのまま刹那の方へと転がり始めた。
「うわぁぁぁぁ!やべぇぇぇぇ!」
目の前から転がってくる巨体を避けるために刹那が走る。そして、軌道を逸らすように横へと飛んだ。
巨人はそのまま転がり続けると壁に思い切り体を叩きつけて動かなくなってしまう。死んだのだろうか。
「円!あぶねぇじゃねぇかよ!もっと考えて燃やせよ!丸焦げになってペシャンコになるところだったぞ!」
身の安全を確保した刹那が円に詰め寄る。確かに、避け切れなければ圧死の上に焼死という新手の拷問のような目に遭っただろう。
「うるさい!文句を言うな!俺だってこうなるとは思っていなかったんだ!」
二人がそんな醜い言い争いをしている間に、先ほど壁にぶつかって止まった巨人は何事もなかったかのように起き上がる。
「まだ生きてやがんのかよ」
「ほう、転がったことによって体の火を消したか。やるな」
「感心してる場合かよ!神威もお前の炎も効かないんだぞ!どうするんだよッ?」
「まあ待て。何も無理して倒すこともないだろう。見てみろ」
そう言って円が視線を送った先では、今まで巨人が立っていたことで塞がっていた出口がみごとにガラ空きになっている。
「なるほど……さっさと逃げるが勝ちってことだな!」
「逃げるのではない、戦略的撤退だ!」
二人は一心不乱に出口へと走っていった。
しかし、その背後から何かの音が聞こえてくる。
キィン、キィン――
あまり耳にしたことがない、鋭い、甲高い音。
「円、なんか聞こえないか?」
「気にするな!それよりさっさと走れ!」
その音はだんだんと大きくなっている。まるで何かが集まっているような……
「――ッ!円!危ない!」




