第十六話 名案?
刹那は円を抱えるようにして横に飛び退いた。
次の瞬間、刹那のすぐ頭上を光の帯が通り過ぎる。その光の帯はそのまま出口の横の壁に当たり、壁にはポッカリと丸い穴が穿たれてしまった。
「な、何だよ今の?」
「どうやら、超高熱の光線のようだな」
ジュウジュウと音を立てて融けている穴を眺めながら円が呟いた。
「光線ッ?どこからッ?」
「俺とお前以外となると、アイツ以外いないだろ」
刹那が振り返ってみると、そこには四つん這いの姿勢で上半身をこちらに向けて首の位置から湯気を出している巨人がいた。どうやら、円の言ったとおり先ほどの光線はこの巨人が発射したものらしい。
「あいつ、光線まで出せるのかよッ?」
出口の先はまっすぐの一本道。無視して外に出た場合、背後からあの光線でやられてしまうのがオチだ。
「近距離のあの力に加えて遠距離の光線か、厄介だが、幸いなことに連射は出来んらしい」
巨人が再びあの光線を打ってくる様子はなく、ゆっくりと起き上がりつつあった。連射が出来るなら今頃刹那たちは跡形も無く消し飛ばされているだろう。
「アイツ、そろそろ起き上がるぞ。どうする円?」
「今の状態では情報が少なすぎる。何とかしてヤツの情報を集めたいところだが……」
今わかっていることと言えば、頑丈な体に馬鹿力、光線を出して、多少ではあるが円の炎が効いたということだろうか。どれもこの状況を打開するだけの情報とは言いづらい。
「情報を集めるったってどうするよ?情報集める前にやられちまわないか?」
刹那の言うとおりゆっくりと観察でもしようものならぺちゃんこか跡形も無く消し飛ばされるのは目に見えている。そして、そうやって話している間にもあの巨人は立ち上がりつつあるのだ。
「もう少しヤツを観察する必要があるな」
「だから、どうやって?」
「刹那、さっきなぜ俺がヤツを燃やせたと思う?」
「それがお前の特技だからだろ」
「そうじゃない。なんで動き回る奴に狙いを定められたと思う?」
「それは俺だけがアイツに追われてたから……おい、まさか?」
「そのまさか、だ」
その時刹那が見た円の表情は今までに見たことのないような邪悪な笑みだった。
* * *
「チクショォォォ!」
刹那は全力で走った。息が切れ、足に疲労がたまりつつあった。しかし速度は落とせない。病み上がりで体調はまだ万全でないもののそんな弱気なことは言っていられない。何故なら、すぐ後ろに死が迫っているからだ。
刹那が囮になり円が巨人の情報を集めるという作戦だが、下手をすれば作戦完了前にお陀仏というのもあり得る。今は一刻も早く円が巨人の情報を集め終わるのを願うばかりだ。
「刹那!俺がしっかり観察してやるからお前は安心して囮を全うしろ!」
「まったく安心出来ないんだけどッ?」
「心配するな!万が一の事があったら心臓はもらってやる!」
「お前絶対後で引っ叩くからなッ?」
円への怒りを胸に刹那は走った!このまま死んでたまるか!必ず生き延びてあの黒猫を引っ叩かなければ!
「むっ!いかん!離れ過ぎだ刹那!このままでは接近時のヤツの動きが分からん!速度を落とせ!」
「この野郎!他人事だと思って!」
そう言いながらも指示通りに速度を下げて、刹那は巨人との距離を詰めた。意外と素直な性格なのである。
「うわッ」
巨人の手が頭上をかすめる。首筋を撫でた風に寒気がする。あの手に捕まれば一貫の終わりだ。
「刹那!」
「何か分かったのかッ?」
「恐らくヤツは右利きだ!」
「馬鹿野郎!」
俺が心臓抉り出してやろうかッ?
「話は最後まで聞け!ヤツは先程から右手ばかり使っている!左手を使えん理由があるのかもしれん!ヤツの左側に回れ!」
「なるほどッ!」
円の言葉を信じ、刹那は巨人の左手側に回った。これで多少は攻撃が――
「ッ!」
刹那の頭上を再びかすめたのは巨人の左手だった。
「おい円!話がちげぇじゃねぇか!」
無責任な黒猫を睨み付けると、そこでは明らかに顔を逸らした円の姿があった。
「こっち見ろ円ァァァ!」
「うるさい!過ちは誰にでもある!」
「お?逆ギレかッ?逆ギレかよオイッ?」
「そもそもこうなったのはお前が――刹那!避けろ!」
円の言葉の真意を確かめようと刹那が振り返ると、そこでは巨人が膝をついていた。あの態勢は――また光線が来る!
「ッ!」
一瞬、刹那は躊躇した。振り返った瞬間、巨人のある行動に気付いたのだ。時間にして数秒、しかしその数秒が今の彼には命取りだった。その数秒の間に巨人の光線発射の準備は整い、今まさにそれが打ち出されようとしていたのだ。
「ヤバいッ!」
光線が来る!しかし振り返った状態のために態勢が不安定で横に飛びのくのは困難だ。飛べたとしても充分な距離を稼げず、体の一部は巻き込まれてしまう。
刹那は死を覚悟した。
が――
「燃えろォォォ!」
その叫び声と共に巨人の体が下の方から炎に包まれる。
再び炎の渦が自分を包み始めたことに気付くと、巨人はゴロゴロとのたうち回り体の火を消そうともがいた。先ほどの炎の恐怖がまだ残っているのだろう。
「円!」
「何をボサっとしているんだ!早く逃げろ!」
刹那はそのまま円の方へ走り寄った。今自分が得た情報を円に伝えなければ。
「円、こっちにも勝機があるかもしれない」
「どういうことだ?」
思わぬ言葉に円の目が見開かれる。
「あいつ、光線を放つ時に首のところが開くんだ。その奥に顔があって、そこから光線を出してる」
刹那が一瞬躊躇したのはこのためだ。光線を放つために刹那の方へ体を向けた巨人の首のあたりに穴が開き、その穴の向こうで光る両目と口らしきものを開く顔を刹那は見た。
「あいつ首無しじゃなかったのかッ?」
「円、今驚く所そこじゃない……」
円の見当違いの返答に刹那が困惑する。
「あ……オホン。それで、その顔がどうした?」
「いや、これは俺の勘なんだけど、その顔がアイツの弱点じゃないかな」
「ふむ……確かに、普段隠しているというのは理由があるはずだな。試してみる価値はあるかもしれん」
打撃は効かない、炎もダメ、となれば少しでも可能性があるものに懸けるしかない。
「とりあえず、アイツが次に光線を出した時にその顔を突いてみる」
「しかし、どうやって?」
「俺に作戦がある」
刹那の顔に笑みが浮かぶ。なぜだろう、まったく安心できない笑顔だ。
「どんな作戦だ?」
「次にアイツが光線を放つタイミングでアイツの体を燃やしてくれ」
「それで?」
「たぶんアイツは怯むから、その隙を狙って奥の顔を突く」
「それだけか?」
「うん」
どうだと言わんばかりのその顔は、自分の作戦に一抹の不安も感じていない。
「馬鹿!そんなものは作戦とは言わん!ただの特攻だ!」
失敗すれば十中八九死が待っている。しかも、その作戦はあまりにお粗末で、円の言うとおり作戦とすら呼べるものではない。
「でも、他に方法がねぇだろ」
「しかし……」
確かに、現状巨人の弱点らしきものは見当たらず、その可能性がある顔に近づくにもそのタイミングを狙うしかない。
「大丈夫だって。アイツ、見たところかなり円の炎に参ってるみたいだから。さっきみたいにきっと光線打つの止めちまうよ」
「もし止めなかったら?」
円のもっともな質問に、刹那はしばらく考え、こう答えた。
「……そん時はそん時だ!」
「お前……」
その屈託のない笑顔には、残念ながら円を安心させるだけの説得力はなかった。
「じゃあ、頼んだぜ、円!」
「おい!刹那!」
円の返事を待たずに刹那は再び巨人の元へと走って行ってしまう。対する巨人は体の炎を消し去り怒りの咆哮を上げている。
刹那の決死の作戦が、今始まった。




