第十四話 猫の宿命
「いや~、いい景色だな」
「そうだな」
八頭尾山は木々などがほとんど生えていない岩山だ。登頂するにためには一本しかない道をひたすらに登るしかない。その道は急勾配で登山にはそれなりの体力を要する。しかし、周りには他に山がないためにそこから眺める景色は絶景だ。
今、刹那たちはその道を登り、頂上を目指していた。
「この景色を目に焼き付けておきたいなぁ」
「焼きつければ良いだろう」
「いや、焼きつけるには止まってじっくり眺めないと……」
「動きながらでもできる」
「それはそれとして、そろそろ飯時じゃないかなぁ」
「さっき食ったばかりだ」
「円、ふと立ち止まって自分の人生を振り返ってみたくなることってないか?」
「記憶喪失のくせに何を言っているんだ」
「だァ~っもう!鈍いな!つまり、休憩がしたいんだよ!」
登頂を開始してから早一時間、彼らは全く休憩を挟んでいなかった。
「何を言っているんだ、まだ半分も来ていないんだぞ」
「だって、俺、病み上がりだぜ?」
「お前がもう大丈夫だと言ったんだろうが」
刹那は今、身体中に包帯を巻いていた。凛と戦い負傷した彼は傷を癒すのに三日を費やした。切り傷は多かったが、幸いなことに骨などは折れていなかったため、療養していれば傷は少しずつ塞がっていった。そして、いつまでも休むわけにはいかないと、制止する円を振り切ってここに来たのだった。
「あん時は行ける気がしたんだけどな」
「自分の発言には責任を持て」
「だってぇ~」
「だってじゃない!喋ってる暇があったらさっさと歩け!」
「へいへい」
厳しい円に促されて、刹那はしぶしぶと歩を進めた。それから三十分ほどして……
「もう無理だ。もう歩けない!」
「ふむ、そろそろ半分くらいにはなったか。よし、刹那、そろそろ休憩しよう」
「待ってました!」
刹那は言うが早いか近くの手ごろな石に腰を落とした。軽く足を揉むが、両足ともパンパンだ。
「あ~、座れるって素晴らしい!」
「大げさな奴だ」
円は刹那の近くまで寄ると、その場に座り込んだ。口ではこう言っているが、円も疲れていたのではないかと思う。
「ふぅ~、ん?」
刹那がふと周りに目をやると、自分の左手側の地面に何かが生えているのを見つけた。これは、猫じゃらしか。
「ふ~ん」
何かを思いついたのか、刹那はその猫じゃらしを引き抜くと先を円の方に向けた。
「なんだ?」
「いや、猫じゃらし」
「それがどうした?」
だからどうしたと言わんばかりに円が冷たい視線を向けてくる。対して、刹那は何か悪だくみと考え付いたのか笑みをこぼしていた。
「猫じゃらしってさ、その名の通り――」
「遊ばんぞ?」
即答されてしまった。
「え~」
「え~、じゃない!」
円はふて腐れたように眼を閉じて寝転んでしまった。
「ちぇ……」
刹那はしばらくその猫じゃらしを両手でもてあそぶと、再び円の顔の前にその猫じゃらしを持って行ってみた。ものは試しというやつだ。
「ほれほれ」
猫じゃらしが揺れる。反応は無い。
「ほれほれほれ」
猫じゃらしが円の鼻先に触れ、髭に触れた。まだ反応はない。
「ほれほれほれほれ」
「ふにゃっ」
円の右手が猫じゃらしに伸びだ。
「ふにゃっふにゃっ」
刹那が猫じゃらしを左右に揺らすのに合わせて円の顔が左右に動く。刹那がそれを見てニヤつくと、円はハッと我に返ったように真顔になった。
「オッホン。刹那、これで満足か?」
「あぁ、すごく楽しかった」
刹那はまだニヤニヤしている。あの円が「ふにゃ」だって。これは笑いが止まらない。しばらくは思い出して笑えそうだ。
「本来は誇り高き猫又である俺がこんなことをすることはまずあり得ないんだ。しかし、お前があまりに期待した目を向けるから仕方なくだな――」
「ほれ」
「ふにゃっ」
刹那が振ったねこじゃらしに円は反射的に手を伸ばしてしまった。そして、二人の間に沈黙が訪れる。
「ふ、しょせん猫よのう」
刹那が勝ち誇ったようにほくそ笑んだ次の瞬間、円の瞳が真紅に染まった。
「――ッ!うあっちちち!」
刹那があまりの熱さに手を離すと、刹那の手を離れた猫じゃらしは地面に落ちてあっという間に灰になってしまった。
「そんなにムキになることねぇじゃねかよ」
「ムキになってなどいない!」
「なってるじゃねぇかよ……まあいいけどよ」
どう見てもムキになっていたが、それを言うと今度は自分があの猫じゃらしと同じ目に遭わされてしまいそうなので言わないでおいた。
「もう十分休憩したな。それでは出発するぞ」
「りょ~かい」
休憩を終えた刹那たちは再び頂上を目指して歩き出すのだった。




